No.898


 東京に来ています。各種出版関係の打ち合わせの後、夜は角川シネマ有楽町で日本映画「蛇の道」を観ました。ものすごく期待していた作品なのですが、観終わって、ものすごくガッカリしました。正直、つまらなかったです!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「1998年に公開された同名映画を、黒沢清監督自らリメイクした復讐劇。幼い娘の命を何者かに奪われた父親が、謎の精神科医の力を借りてリベンジを果たそうとする。俳優、歌手、実業家として活動する『青天の霹靂』などの柴咲コウが出演するほか、『レ・ミゼラブル』などのダミアン・ボナールらがキャストに名を連ねる」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「8歳の娘を何者かに殺害された父親のアルベール・バシュレ(ダミアン・ボナール)は、娘を殺した犯人を突き止めて復讐を果たすことを望み、それを支えにして生きていた。精神科医の新島小夜子(柴咲コウ)と偶然出会い、彼女の協力を得たアルベールは、ある財団の関係者ら二人を拉致するが、やがてある真相が明らかになる」
 
 黒沢清監督は「世界のクロサワ」として今や映画界の大御所として知られていますが、キャリア初期の作品に「蛇の道」(1998年)があります。幼い娘を殺された男と、彼に手を貸した謎の男が繰り広げる復讐劇を描いたバイオレンス・ドラマで、映画ファンや批評家のあいだで熱狂的支持を集めていました。幼い愛娘を暴行の末、殺害された宮下(香川照之)は、偶然知り合った塾の講師・新島(哀川翔)の協力を得て、犯人への復讐を企んでいた。ある組織の幹部・大槻を拉致監禁した彼らは、拷問にも似たやり方で実行犯を暴こうとするのでした。
 
 今回の「蛇の道」は、1998年版のセルフリメイク版です。「復讐」をテーマとしたサスペンスが、26年の時を超え、国境をまたいで蘇りました。物語の舞台は日本からフランスへ。哀川が演じた塾講師の主人公は、フランス在住の心療内科医・新島小夜子へと設定が大きく変更されました。出演者には小夜子役の柴咲コウをはじめ、殺された娘の復讐に燃える男・アルベール役にダミアン・ボナール、さらにマチュー・アマルリック、グレゴワール・コラン、西島秀俊、青木崇高といった日仏の演技派が結集しています。しかし、監禁してトイレにも行かさず拷問するなどの不快な場面が目立ちました。ものすごくストレスフルな作品でしたね。最後まで救いもありませんでしたし。
 
 なぜ、黒沢監督は初めて自分の過去作をリメイクすることになったのか。「映画.com」のインタビューで、黒沢監督は「じつは、これといって深い理由があったわけではないんです。フランスのプロダクションから、『いままでにつくった映画のなかで、もう一度自分で撮り直したい作品はあるか?』と提案されたので、「それなら『蛇の道』をやりたい」と答えたのが始まりでした。そのときは迷わず即答しましたが、それまで自分の映画をつくり直すことを具体的に考えたことはなかったので、本当に偶然のきっかけをもらった感覚でしたね。けれど僕に限らず、ほとんどの映画監督には『機会があれば撮り直してみたい映画』があると思うんですよ』と答えています。
 
 主演の柴咲コウは「なぜ自分にオファーが来たのかと思った」と話しています。彼女は、「根本的には共感しているからお引き受けできたと思っています。確かに、お芝居のなかで細かなところで分からない部分があったり、『黒沢さんがどう考えているのか』は終始考えていた部分ではありましたが、小夜子の動機については理解できないと演じられません。そうした意味では、共感はしていました。小夜子は自転車に乗ったり日常を普通に過ごしている部分もあれば、その一方で人を脅したりマリア様のように優しいときもあったり、かと思えばドライにアルベールを突き放したりと様々な面がある人です。その時々に『こういう一面もあるのか、でもそういうものだよな』と違和感なく取り入れられました」と語っています。

「映画.com」のスペシャルインタビューで、「黒沢監督は柴咲さんの"目"に惹かれたともおっしゃっていましたが、初タッグで驚かれたことなどございますか?」という質問に対して、黒沢監督は「もちろん演技ではありますが、本当に動きが獰猛でした。柴咲さんは『バトル・ロワイアル』では動いていらっしゃったかもしれませんが、それ以外の日本の映画やドラマで激しく動いている印象を僕が持っていなかったものですから、どこまで動けるかは未知でした。本作では小夜子が大柄な男相手に立ち回りをするシーンがありますが、日本の観客の方がまだ知らない『こんなに動ける柴咲コウ』を観られるのではないかと思います」と語っています。

「おふたりは初対面時など、どういう話をされたのでしょう?」という質問に対して、黒沢監督は「取り立ててすごい会話はしていないと思います。他の監督の方がどういったアプローチをされているのかはわかりませんが――自分はワンシーンだけ出てくれるような方にはある程度説明しないとわかりづらいかと思い説明をすることもありますが、主役ともなると事前に細かい話は行いません。先ほど柴咲さんがお話しされたように、まずは脚本を読んでいただいたうえでお会いしているわけですから、それで十分といいますか。撮影に入るまでは特にこちらから言うことがないのです。もちろん書かれていないことも山のようにありますが、撮影に入ってから必要があれば話す、といった感じでしょうか」と答えています。
 
「蛇の道」は復讐劇ですが、黒沢監督は「復讐ものにおいてハッピーエンドはあり得ないように思います。社会的には犯罪に手を染めているわけですし、『忠臣蔵』なども最終的には犯罪者として処刑されてしまいますよね。復讐自体がそういった性質を持っているように思います」と語ります。一方の柴咲コウは「黒沢さんのおっしゃる通り虚無感しか残らないかと思いますが、同時に『やらないという選択肢はない』ものだとも感じます。ルールや法律でいったら悪者になるけれど、傷つけられた者の心は『そうですか』では終わらせられませんよね。じゃあどうやったら救われるのか、きっと誰も答えられないと思います。悪に手を染めたとして『この憤りをどうにかしたい。その後に答えはない』というところにまで行ってしまう人の気持ちに共感はできます」と語るのでした。
 
 フランスでの撮影といえば、黒沢監督には「ダゲレオタイプの女」(2016年)という外国人キャストを迎えてフランス語で撮り上げたホラーロマンスがあります。ダゲレオタイプという撮影手法で肖像写真を撮影するカメラマンの屋敷に隠された秘密を、不穏なタッチで描く幻想的かつ耽美的な作品で、わたしの大好きな映画です。今回の「蛇の道」のスタッフは「ダゲレオタイプの女」を経験しているメンバーも多く、黒沢監督がどういうものを狙っているのかを理解していたようです。しかしながら、映画の完成度としては「ダゲレオタイプの女」と「蛇の道」では大きな格差があると言わざるを得ません。
 
 黒沢清監督といえば、ホラー映画の巨匠! これまで、わたしが日本映画史上最恐と思っている「降霊」(1999年)をはじめ、「回路」(2000年)、「叫」(2007年)、そして「ダゲレオタイプの女」(2016年)などの黒沢作品にはいずれも幽霊が登場し、観客を震え上がらせてきました。しかしながら、一条真也の映画館「岸辺の旅」で紹介した2015年の黒沢映画は怖いというより感動的でした。3年間行方不明となっていた夫(浅野忠信)がある日ふいに帰ってきて、妻(深津絵里)を旅に誘う物語ですが、帰ってきた夫は3年前にすでに死んでいる幽霊でした。つまりジェントル・ゴースト・ストーリーである「岸辺の旅」は、グリーフケア映画の大傑作だったのです。「蛇の道」はホラー映画ではないので、幽霊は登場しません。やはり、黒沢映画は幽霊が出ないと物足りませんね!