No.912
7月5日、この日から公開された映画「ブリーディング・ラブ はじまりの旅」をシネプレックス小倉で観ました。父と娘のロードムービーですが、2人とも重い問題を抱えていて、考えさせられました。死別ではない悲嘆をテーマにしたグリーフケア映画の佳作だと言えるでしょう。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『トレインスポッティング』シリーズなどのユアン・マクレガーと彼の実娘であるクララ・マクレガーが親子として共演したドラマ。長年疎遠だった父と娘が関係修復のための旅を共にする中で、ぶつかり合いながらも互いが抱える問題と向き合う。ユアンとの間に一時確執があったというクララが、彼に送った脚本をきっかけに制作された。ミュージックビデオなどに携わってきたエマ・ウェステンバーグが監督を務める」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「ある出来事をきっかけに、長らく疎遠だった娘(クララ・マクレガー)をロードトリップに連れ出した父親(ユアン・マクレガー)。二人は関係修復を図るものの、どうしたら溝を埋められるのか分からないでいるのだった。娘は父との大切な記憶に思いをはせながらも、自分を捨てた父を許せず二人は反目し合う。旅の目的地であるアメリカ・ニューメキシコ州が近付くにつれ、二人は互いが抱える問題と向き合っていく」
ユアン・マクレガーとクララ・マクレガーの主演2人は実際の父娘ですが、けっこう重い過去を背負っているという設定で、「どこまでが実話なの?」と思ってしまいました。2人がCMのクラシック車に乗っている冒頭シーンから、娘が「オシッコに行きたい」と言います。「おいおい、年頃のお嬢さんがオシッコとか言いなさんな」と思ったのも束の間、この娘は映画の中で何度も「オシッコ」と言うのでした。それも父親に対してだけではなく、知らない他人にまで言うのですから、ちょっと引きましたね。そんな娘に向かって、父は「頻尿はママに似て、甘党なのはパパ似だな」などと言うのでした。
そのオシッコするために車から降りて、野外で用を足しているとき、彼女は下腹部を何かに噛まれます。車の中で噛まれた患部を気にする娘に「どうした?」と声をかける父。娘は「何かにアソコを噛まれたの」と答えます。父は「毒蛇かもしれない。大変だ!」とパニックになって薬局を探すのですが、田舎町なので午後7時には閉店。困り果てていたら、ある娼婦が現れて娘の患部を見てくれます。彼女は、ある意味で「アソコのプロ」なのでした。結果、蜘蛛に噛まれただけで命には別状はないことがわかり、父娘は安心します。このシーン、一見おかしな印象はありますが、わたしは情報が人の心に与えるエネルギーの偉大さに感心しました。「もしかすると毒蛇に噛まれて死ぬかもしれない」と不安に怯えるのと、「蜘蛛に噛まれただけだから、冷やせば大丈夫」という情報を得るのとでは天地の差があります。医療にしろ、法律にしろ、税務や経理にしろ、正しい情報を得ることの大切さを痛感しました。
じつは、この娘、アルコールや薬物の過剰摂取で、病院に担ぎ込まれていました。それを離婚した父親が引き取りに行き、彼女をリハビリ施設にまで連れて行く物語でした。途中、娘は何度も父の目を盗んで酒を飲み、薬を摂取しようとします。そんな娘の姿を見るのは父親にとってグリーフですが、もともとは彼女がそんな状態になったのは幼い頃に父親が自分と母親を捨てて家を出て行ったというグリーフが原因でした。父には新しい妻がいて、子どもがいます。父は自分が捨てた娘の前でも、新しい家族への愛情を隠そうとしません。このあたりは「この親父、デリカシーに欠けるな」と思いました。そして、じつは彼自身もかつてはアルコールや薬物の過剰摂取をしていたという過去があったのです。それで妻に愛想を尽かされて離婚に至ったという経緯なのですが、まさに「グリーフがグリーフを生む」といった感じです。終盤、ユアン・マクレガーの出世作であるイギリス映画「トレインスポッティング」(1996年)へのオマージュシーンがありました。
「トレインスポッティング」は、「スラムドッグ$ミリオネア」(2008年)などのダニー・ボイルが、アーヴィン・ウェルシュの小説を映画化した異色青春ドラマです。ドラッグ中毒の主人公と仲間たちのハチャメチャな日々を、スタイリッシュな映像で活写します。今や大スターとなった若き日のユアン・マクレガーが主演を務め、「ビザンチウム」(2012年)などのジョニー・リー・ミラーらが共演。イギリスをはじめ世界中が熱狂したポップな感性に魅了されます。ドラッグ中毒のマーク(ユアン・マクレガー)と悪友たちは常にハイ状態か、あるいはドラッグを手に入れるため盗みに精を出しているというていたらく。ある日、マークはこのままではいけないと更生するためにロンドンに行き職に就きます。ところが、彼らの仲間が会社に押し掛けたことが原因で、マークはクビになってしまいます。「ブリーディング・ラブ はじまりの旅」では、父が娘に「お前は私に似ている。私の方がもっと酷かったけどな」と言います。かつての父親の姿とは、まさに「トレインスポッティング」のマークなのでした。