No.911


 7月3日、サンレー北陸の本部会議が行われた日の夜、イオンシネマ金沢で日本映画「ディア・ファミリー」を観ました。6月14日公開の作品なのですが、予告編を見た限りでは「お涙頂戴のやつかな?」と思い、観る気がしませんでした。しかし、ネットでの評価があまりにも高いので鑑賞したところ、素晴らしい感動作でした。泣きました。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「心臓の機能をサポートする医療器具・IABP(大動脈内バルーンパンピング)バルーンカテーテルを開発した筒井宣政氏の実録ドラマ。町工場の経営者だった筒井氏が、娘の命を救おうと人工心臓の開発に挑む。監督はドラマ『幽☆遊☆白書』などの月川翔。『月の満ち欠け』などの大泉洋、『明日の食卓』などの菅野美穂、『しあわせのマスカット』などの福本莉子のほか、有村架純、光石研、上杉柊平、徳永えりらが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「1970年代。小さな町工場を経営する筒井宣政(大泉洋)は、生まれつき心臓疾患を持つ幼い娘・佳美の余命が10年しかないと知りがく然とするが、娘のために人工心臓を開発しようと立ち上がる。医療の知識が皆無の筒井は、娘の命を救いたい一心で妻・陽子(菅野美穂)と共に人工心臓について学びながら研究し、有識者のもとへ赴いて意見を仰ぎ、資金を用意して開発を進めていく。しかし、筒井が手掛ける人工心臓が医療器具として承認されるまでにさまざまな障壁が立ちはだかり、研究開発は壁にぶつかる」となっています。
 
 この映画の予告編は劇場で何度も観たのですが、正直言って「これは、お涙頂戴ドラマだな」と感じました。それで鑑賞する気が湧いてこなかったのですが、先述のようにネットでの高評価を知って金沢で観た次第です。非常に感動しましたが、それはひとえにこの物語が実話であることが大きいです。大泉洋が演じた主人公・筒井宣政氏は実在の人物で、愛知県春日井市にある企業「東海メディカルプロダクツ 」の会長です。心臓疾患の娘を救うため、町工場の経営者が私財を投じて人工心臓の開発に挑んだのです。不可能と思われた挑戦は、やがて画期的な医療器具である「バルーンカテーテル」の誕生へと実を結びました。娘を救うことはできなかったものの、筒井氏の発明は後に、世界中で多くの命を救うこととなるのでした。
 
 筒井氏の胸にあったのは「ただ娘の命を救いたい」という一心でした。生まれつき心臓疾患を持っていた幼い佳美は「余命10年」を突き付けられます。筒井氏は「20歳になるまで生きられないだと...」とつぶやきます。日本中どこの医療機関に行っても変わることのない現実。そんな絶望の最中、小さな町工場を経営する筒井氏は「じゃあ俺が人工心臓を作ってやる」と立ち上がるのでした。医療の知識も経験も何もない筒井氏の破天荒で切実な思いつき。娘の心臓に残された時間はたった10年。何もしなければ、死を待つだけの10年。筒井家は佳美の未来を変えるために立ち上がります。そして、絶対にあきらめない家族の途方もなく大きな挑戦が始まったのでした。
 
 映画「ディア・ファミリー」を観て、わたしは他のいろいろな映画を連想しました。まず、父親が必死で娘の命を救おうとする姿から一条真也の映画館「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」で紹介したイギリス映画のことを考えました。死期が迫るかつての同僚クイーニーから手紙を受け取ったハロルド・フライという老人が、ある思いを伝えるために、イギリスを歩いて縦断する800キロの旅に出る物語です。ハロルドはクイーニーのことを想って「君は死なない。死なせない。絶対に君を死なせない」などと言いながら歩きます。でも、これでは、死を完全否定することになり、死ぬ人は敗北者のようではありませんか。そもそも、相手は末期がん患者としてホスピスにいるのです。当然ながら死は避けられないものであり、それを否定することは暴力的に思えました。しかし、「ディア・ファミリー」の場合は父親が余命わずかなわが娘の命を救いたいわけですから、死を否定することは当然だと言えるでしょう。
 
 また、一条真也の映画館「ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命」で紹介したイギリス映画のことも考えました。イギリスの人道活動家ニコラス・ウィントンの伝記ドラマです。ナチスの手からユダヤ人の子供たちを守ろうと、彼らをチェコスロバキアからイギリスに避難させたウィントンの奮闘を描きます。ロンドンに住むユダヤ人のニコラス・ウィントン(アンソニー・ホプキンス)は、アドルフ・ヒトラーが率いるナチスの政策に疑問を抱いていました。チェコスロバキアを訪れたウィントンは、支配を進めるナチスから逃れたユダヤ人を受け入れる難民施設の過酷な状況を目にして、子供だけでも助けようと決意します。チェコキンダートランスポートという組織を立ち上げ、ユダヤ人の子供たちを次々と同国から脱出させるのでした。「ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命」も「ディア・ファミリー」も実話に基づく感動作ですが、何の見返りも求めず、他人の生命を救う人は本当に偉大であると思います。筒井氏の開発したIABPバルーンカテーテルはこれまでに約17万人の命を救い、現在も救い続けています。
 
 そして、一条真也の映画館「月の満ち欠け」で紹介した2022年公開の日本映画を連想しました。この映画は、「ディア・ファミリー」と同じく大泉洋が主演しています。小説家・佐藤正午の直木賞受賞作を実写映画化した作品で、妻子を同時に失い幸せな日常を失った男が数奇な運命に巻き込まれていく物語です。小山内堅(大泉洋)は愛する家族と幸せに暮らしていましたが、予期せぬ事故で妻・梢(柴咲コウ)と娘・瑠璃を同時に亡くします。深い悲しみに暮れる彼のもとに、ある日三角哲彦(目黒蓮)と名乗る男がやって来ます。彼は瑠璃が、事故当日に面識のないはずの自分を訪ねようとしていたことや、かつて自分が愛した女性・正木瑠璃(有村架純)との思い出を話しだすのでした。有村架純といえば、「ディア・ファミリー」にも女性記者役で登場していますが、ラスト近くで彼女が告白した内容はとても感動的で、わたしはハンカチを濡らしました。そして、もし「月の満ち欠け」と「ディア・ファミリー」が同じ時間軸で交差しながら進行していたら、と想像しました。女性記者(有村架純)は、じつは「月の満ち欠け」のように亡くなってしまった佳美の生まれ変わりではないか。彼女は、生まれ変わって両親の前に現れたのではないのだろうか。そんなことを考えてしまいました。
ロマンティック・デス』(オリーブの木)



 月といえば、「ディア・ファミリー」の中で「人工心臓が実現するのは、あと何十年もかかる」という東大医学部の学生に対し、筒井氏が「あなたは、人間が月に行けると思っていましたか? 人類の進歩は凄いんです。わたしは10年で人工心臓は完成できると思います」というシーンがありました。改めて、1969年のアポロ11号の月面着陸が世界中の人々に夢と希望を与えたことを再確認しました。そして、月といえば、わたしは33年前から月に死者の霊魂を送る「月への送魂」というセレモニーを提案しています。映画「月の満ち欠け」のメッセージと同じく、月こそは人間の輪廻転生のシンボルという考えからです。その考えを改めて記した『ロマンティック・デス』(オリーブの木)を今年4月に上梓しました。また、能登半島地震の犠牲者の方々の鎮魂の儀式として、わが社では、今年10月14日に能登半島の珠洲にある「ラポルトすず」の中庭で「月への送魂」を行うことを決定しました。
 
「ディア・ファミリー」の話に戻します。いつもTOHOシネマズでの映画鑑賞の上映前にスクリーンに映し出される福本莉子の女優としての成長ぶりに目を見張りました。彼女が演じた生まれつき心臓疾患を持つ佳美が健気に生きる姿は涙なくしては観れなかったです。どうしても人工心臓が完成できないとわかったとき、筒井家は悲しみに包まれましたが、悲劇の当事者である佳美は死の恐怖を感じたことだと思います。しかし、彼女は2つの行動で死の恐怖を乗り越えたように思いました。1つは、「感謝」に意識を集中することです。彼女が大学ノートに記していた日記には、父や母や姉や妹に対する感謝の言葉がたくさん綴られ、最後には「大好き!」と書かれていました。家族への感謝の想いに意識を集中することで、彼女は死の恐怖を軽くしたように思えます。もう1つは、「私の命は、もう大丈夫だから」と自分の延命より心臓病を患う人々の命を救ってほしいと父に依頼したことです。人工心臓からバルーンカテーテルへの目標の変更です。これを父娘は「新しい夢」と呼びましたが、わたしは「志」そのものであると思いました。自分が救われたいというのは「夢」ですが、多くの人たちを救いたいというのは「志」です。夢が志に変わった瞬間、父娘の想いは実現に向けて動き始めます。
「リビング北九州」2015年4月25日号



 志に生きる者を「志士」と呼びます。幕末の志士たちはみな、青雲の志を抱いていました。吉田松陰は、「人生で最も基本となる大切なものは、志を立てることだ」と日頃から門下生たちに説きました。そして、「志というものは、国家国民のことを憂いて、一点の私心もないものである」と訴えました。わたしは、志というのは何よりも「無私」であってこそ、その呼び名に値するのであると考えています。松陰の言葉に「志なき者は、虫(無志)である」というのがありますが、これをもじれば、「志ある者は、無私である」と言えるでしょう。平たく言えば、「自分が幸せになりたい」というのは夢であり、「世の多くの人々を幸せにしたい」というのが志です。夢は私、志は公に通じているのです。自分ではなく、世の多くの人々。「幸せになりたい」ではなく「幸せにしたい」、この違いが重要なのです。真の志は、あくまでも世のため人のために立てるものなのであり、「志」に通じている「夢」ほど多くの人々が応援してくれるために叶いやすいのでしょう。
この日、一緒に映画鑑賞した大谷部長



 ちなみに、映画「ディア・ファミリー」を一緒に鑑賞した上級グリーフケア士で、 サンレー北陸の大谷賢博部長がLINEメッセージを送ってくれました。そこには、「あらためて医療の発展の根底には、誰かの『想い』があるのだと思いました。一体どれだけの長い年月、どれだけの多くの人達の深い悲しみの上に今の医療があるのだろうと考えました。想い。社長のグリーフケアへの想いを持ち続けて、資格認定制度が生まれたこと。上級グリーフケア士が誕生したこと。この映画を観ながら『あぁ、バルーンカテーテルとは私たち上級グリーフケア士ではないか』と思いました。バルーンカテーテルが多くの病気の人達を救うように、上級グリーフケア士が、これから悲嘆を抱えた多くの人達を救っていくのだ、と。その『想い』から私たちは生まれたのだと」と書かれていました。ちなみに、彼が「想い」と表現しているものこそ「志」そのものです。
 
 多くの人々の命を救ったバルーンカテーテルの開発後、筒井佳美さんは1991年に23歳の若さで亡くなりました。映画では、20歳になって成人式を迎えた佳美さんを囲んで筒井ファミリーが記念の家族写真を撮影するシーンがありました。大泉洋が演じた父親は紋付袴の正装で堂々たる姿でしたが、感極まって涙を流します。この場面はさすがに貰い泣きをしました。父親の心中にはもちろん「あと何年生きられるのか」という娘を不憫に思う気持ちもあったでしょうが、一方で「よくぞ二十歳まで生きてくれた」という感謝の念もあったように思います。そして、成人式というセレモニーそのものが生命への感謝、家族への感謝の場であるということを再確認しました。
 
 この映画を観れば、誰でも成人式がどれほど大事なものであるかを痛感するでしょう。思えば、今年の成人式では、「修羅の国」などと呼ばれている某政令指定都市の新任市長が何を血迷ったか、ヤンキーたちが愛用している下品な衣装を着るという信じられない事件が起こりました。この市長にこそ、映画「ディア・ファミリー」を観てほしいと思うのはわたしだけではありますまい。