No.922
7月12日から公開されたアメリカ映画「メイ・ディセンバー ゆれる真実」をシネプレックス小倉で観ました。実際の事件に着想を得ながらも、まったく違う物語になっています。ジュリアン・ムーアとナタリー・ポートマンという二大女優の競演には魅了されましたが、ポートマンの怪演がすさまじく、ほとんどホラー映画のようでした。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「36歳の女性と13歳の少年の不倫スキャンダルを、実在のモデルを基に描く人間ドラマ。23歳の年齢差を超えて結婚した男女が家庭を築き、20年の歳月が流れたころ、二人のかつてのスキャンダルを映画化することが決まる。メガホンを取るのは『キャロル』などのトッド・ヘインズ。『ポップスター』などのナタリー・ポートマン、『僕らの世界が交わるまで』などのジュリアン・ムーアのほか、チャールズ・メルトンらがキャストに名を連ねる」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「20年前、36歳のグレイシー(ジュリアン・ムーア)と13歳のジョー(チャールズ・メルトン)は恋に落ち、大きなスキャンダルになる。そのことで服役したグレイシーは、ジョーとの間にできた長女を獄中で出産し、出所後結婚した二人はさらに双子の兄妹を授かる。ある日、二人を題材にした映画が製作されることが決まり、グレイシーを演じる女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)が、役作りのリサーチのために彼らが住む街へとやって来る」
この映画は、1990年代に実際にアメリカで起きた通称「メイ・ディセンバー事件」から着想を得て作られています。「メイ・ディセンバー」とはMay(5月)とDecember(12月)と離れた月のことで、つまり「親子ほど年の離れたカップル」を意味します。1996年、30代の女性教師メアリー・ケイ・ルトーノーが、教え子の少年と性的関係を持ち、逮捕されました。彼との子を妊娠していた彼女は実刑を受け、刑務所で子を出産。出所後に結婚した2人は、仲睦まじい姿をテレビ番組などで披露しますが、後に離婚。その数年後にメアリーは病死しました。映画「メイ・ディセンバー ゆれる真実」はこの実話を再現するものではありません。主人公は教師と教え子の関係ではなくペットショップの店員同士であり、名前も現実の事件とは異なります。
実際の事件を下敷きとしながらも、映画の構造はフィクションとして作られています。そのポイントとなるのは、ナタリー・ポートマンが演じる女優エリザベスです。この架空のキャラクターを中心にすえ、彼女の視点からグレイシーとジョーの現在の関係を観察し、彼らの過去を探っていきます。女優であるエリザベスは、グレイシーの考え方や行動を真似しようとしますが、だんだんメイクを含めた外見まで似ていきます。そして、(ネタバレにならないようにギリギリで書くと)エリザベスはグレイシーの人生をシミュレートするためにある一線を超えるのでした。観客は、エリザベスと共にグレイシーとジョーの人生を探索し、スキャンダルな物語を考察するわけですが、エリザベスの女優魂には狂気さえ感じられるのでした。
トッド・ヘインズ監督は、「ザ・ニューヨーク・スタイル・マガジン・ジャパン」のインタビューで、「本作の設定は事件の発端から23年後で、当時を振り返り一体何が起こったのか? メアリー・ケイを投影した映画の主人公グレイシーとかつての少年が結ばれて誕生した家族の周りに壁が築かれ、周囲の人たちから孤立してしまった状況に目を向ける。その距離感をこの映画で突き詰めたかった。世間からの過酷な批判を受けて、家族はどんな生活をしていたのか、いかに彼らが団結し努力したか。いかに家族として普通の生活を送ろうとしたかなどを描いた」と語ります。また、「現代は誰もが確固としたモラル感を持っていると感じている。映画を観るにしても、その価値観によって同意したり否定したり......けれど、この作品ではそれができない。映画とは僕にとってそういうものだ。自分の価値観に問いかけてくれる」とも語ります。
「メイ・ディセンバー ゆれる真実」は、ヘインズ監督にとって、デビュー作の「ポイズン」(1991年)以来10作目となる長編映画です。彼の作品の中では、わたしは「キャロル」(2015年)が一番好きです。パトリシア・ハイスミスのベストセラー小説『ザ・プライス・オブ・ソルト』(1952年刊行)が原作で、1950年代ニューヨークを舞台に女同士の美しい恋を描いた恋愛ドラマです。主演はケイト・ブランシェットとルーニー・マーラの2人が務めました。52年、冬。ジャーナリストを夢見てマンハッタンにやって来たテレーズ(ルーニー・マーラ)は、クリスマスシーズンのデパートで玩具販売員のアルバイトをしていました。ある日テレーズは、デパートに娘へのプレゼントを探しに来たエレガントでミステリアスな女性キャロル(ケイト・ブランシェット)にひと目で心を奪われてしまうのでした。
「キャロル」での主演女優2人は本当に美しかったですが、「メイ・ディセンバー ゆれる真実」のジュリアン・ムーアとナタリー・ポートマンの2人も美しかったです。ムーアは現在63歳ですが、まったく年齢を感じさせません。体型もキープしていますが、何より女性としての色気が衰えていません。一方のポートマンがこれまたセクシーでした。彼女は現在43歳ですが、36歳のエリザベスをまったく違和感なく演じきっていました。ヘインズ監督は「本作の軸となっているのは、女性の欲望だ」と語っていますが、ムーアもポートマンも「女性の欲望」を見事に表現していました。ムーアが演じるグレイシーと、彼女のスキャンダラスな人生を映画化するにあたりグレイシーを観察・取材するポートマン演じるエリザベス。ハリウッドを代表する2人の大物女優が演じる2人のやりとりは究極の心理戦で、緊張関係に溢れていました。互いにサングラスをかけて語り合うラストシーンには戦慄しましたね!