No.923


 台湾のホラー映画「呪葬」をコロナシネマワールド小倉で観ました。死者の魂が戻ってくるといわれる「初七日」の風習をモチーフに、久々に帰った実家で想像を絶する恐怖に襲われる母娘を描いています。台湾発のホラーということで、一条真也の映画館「哭悲/THE SADNESS」一条真也の映画館「呪詛」で紹介した作品のような超弩級の怖さを期待していたのですが、まあまあでしたね。
 
 映画ナタリーの「解説」には、「葬儀における初七日の風習をベースに、元大人気アイドルグループ S.H.Eのセリーナ・レンが主演を務めた台湾ホラー。優しかった祖父の葬儀のため、疎遠だった実家に娘と帰省した女性が、叔父に支えられながら初七日を過ごそうとするが、想像を絶する恐怖に直面していく。監督はシェン・ダングイ。共演はチェン・イーウェン、ナードウら」とあります。
 
 映画ナタリーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「チュンファは実家と疎遠だったが、優しかった祖父の葬儀のために娘と実家へ戻る。両親たちから歓迎されない中、叔父に支えられて彼女は初七日を実家で過ごしていく。しかし、悪夢や奇妙な物音などが家にはびこるようになり、チュンファと娘は疲弊していく」
 
 祖父の葬儀に参列したチュンファは、実家で怪異に遭遇します。幽霊が出現したのです。しかし、拙著『唯葬論』(三五館、サンガ文庫)の「幽霊論」にも書いたように、「葬儀」と「幽霊」は基本的に相容れません。葬儀とは故人の霊魂を成仏させるために行う儀式です。葬儀によって、故人は「死者」となるのです。幽霊は死者ではありません。死者になり損ねた境界的存在です。つまり、葬儀の失敗から幽霊は誕生するわけです。しかし最近では、「慰霊」「鎮魂」あるいは「グリーフケア」というコンセプトを前にして、怪談も幽霊も、さらには葬儀も、すべては生者と死者とのコミュニケーションの問題としてトータルに考えることができると思っています。
唯葬論』(サンガ文庫)



 この映画は、初七日をテーマとしたホラーです。拙著『決定版 冠婚葬祭入門』(PHP研究所)にも書きましたが、初七日とは仏教儀式で、命日も含めて7日目に行います。故人が三途の川のほとりに到着する日とされていますが、故人が激流か急流か緩流かのいずれを渡るかがお裁きで決まる大切な日で、緩流を渡れるように法要をします。日本では、初七日は骨上げから2〜3日後となります。本作「呪葬」では、主人公のチュンファと娘は、故人の初七日まで実家に滞在しようとしますが、日本では、葬儀の日に遺骨迎えの法要と合わせて行うことが多くなっています。遠来の親戚に葬儀後、再び、集まっていただくのは大変だからです。今では一般化しましたね。
『決定版 冠婚葬祭入門』(PHP研究所)



 一般には四十九日までが忌中で、この期間は結婚式などのお祝いごとへの出席や、神社への参拝は控えるようにします。近年、日本では葬儀と一緒に初七日や四十九日の法要も済ませるのが一般的です。本来、「初七日」とは命日を含めて7日目の法要であり、以後、7日ごとに法要が営まれ、命日から数えて49日目に「四十九日」の法要が営まれていました。なぜ、7日ごとに法要が営まれたのか。それは、亡くなった人に対して閻魔大王をはじめとする十王からの裁きが下され、49日目に死後に生まれ変わる先が決められるという信仰があったからです。故人が地獄、餓鬼、畜生、修羅などの世界に堕ちることなく、極楽浄土に行けることを祈って法要が行われました。「四十九日」の法要までが忌中で、神社への参拝や慶事への出席などは遠慮する習わしです。
「サンデー毎日」2018年3月18日号



 しかし、現代社会では親類も遠くに住んでおり、仕事などの都合もあって、7日ごとに法要するのが困難になってきました。49日目に再度集まるのも大変である。葬儀の日に「四十九日」の法要まで済ませてしまうというのは、合理的な考え方かもしれません。でも、それは、伝統的に信じられてきた閻魔大王の裁きのスケジュールを人間の都合に合わせてしまうことでもあり、じつは仏教の教義から言えば、トンデモないことなのだ。それこそ実際の裁判での被告が、裁判長に対して「自分は忙しいので、一審、二審、三審を同じ日にやってくれませんか」と要求するのと同じこと。こんな無法がまかり通っている時点で、すでに日本の仏教は破綻しているとの見方もあります。
葬儀のようす(映画「呪葬」より)



 仏式葬儀の場合、葬儀の後、遺骨、遺影、白木の位牌を安置し、花や灯明、香炉を置くための中陰壇(後飾り壇)を設けます。中陰の49日間、家族は中陰壇の前に座り、故人が極楽浄土に行けるように供養します。7日ごとの法要が無理な場合でも、この期間は中陰壇の前にできるだけ座り、お線香をあげ手を合わせておまいりしたいものです。特に閻魔大王のお裁きを受けるという35日は、丁寧に法要を営むことが多いです。基本的にこの作法は日本だけでなく、台湾などの東アジア各国でも共通しています。
不気味な遺族(映画「呪葬」より)



 それにしても、映画「呪葬」に登場する遺族は不気味でしたね。セリーナ・レンが演じたチュンファは祖父を慕って父を嫌っていました。父もチュンファに向かって「何しに来たんだ?」とか「ここには、お前の居場所はない!」などと厳しい言葉ばかり吐くので、「もしかして、チュンファは父ではなく祖父の娘なのでは?」と思ってしまいました。実際、そういう複雑な関係の家族というのは実在するからです。祖父が息子の嫁と間違いを犯して生まれた子どもを、父親が自分の子どもとして育てるというパターンです。みなさんの身近にもあるかもしれませんよ。
 
 さて、台湾ホラーといえば、「哭悲/THE SADNESS」(2021年)の怖さが忘れられません。人が感染すると凶暴化する未知のウイルスがまん延した台湾で、決死のサバイバルに挑む人々の姿を描く。謎の感染症"アルヴィン"に対処してきた台湾。感染しても風邪に似た軽い症状しか現れないことからアルヴィンに対する警戒心が緩んでいたが、突如ウイルスが変異する。感染者たちは凶暴性を増大させ、罪悪感を抱きながらも殺人や拷問といった残虐な行為を行い始める。こういった状況の中でジュンジョーとカイティンの2人は離れ離れになる。感染者の群れから逃れて病院に立て籠もるカイティンからの連絡を受け取ったジュンジョーは、たった1人で彼女の救出に向かう。ネタバレにならないようにギリギリの線で書くと、「哭悲/THE SADNESS」と「呪葬」にはゾンビ・ホラー的な要素が共にありますね。
 
 また、ネットフリックス映画「呪詛」(2022年)も、大ヒット台湾ホラーです。「台湾史上最も怖い」と称され、台湾のホラー映画としては興収が歴代1位。ネットフリックスの日本ランキング1位にもなりました。台湾で実際に起きた事件をモチーフに、恐ろしい呪いから娘を守ろうとする母親の運命を、ファウンドフッテージの手法を盛り込みながら描いたホラー映画です。かつて山奥の村で仲間たちとともに宗教的禁忌を破り、恐ろしい呪いを受けた女性ルオナン。関わった者は全員が不幸に見舞われ、ルオナンも精神に異常をきたし、幼い娘ドゥオドゥオは施設に引き取られた。6年後、ようやく回復したルオナンはドゥオドゥオを引き取って2人きりの新生活をスタートさせる。しかし新居で奇妙な出来事が続発し、ドゥオドゥオにも異変が起こり始めるのでした。「哭悲/THE SADNESS」「呪詛」に比べると「呪葬」の怖さは今ひとつでしたが、今後の台湾ホラーに期待したいと思います!