No.951
アメリカ映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」をシネプレックス小倉で観ました。アメリカが分断され、内戦が起こるというSFサスペンスです。けっこう期待していたのですが、想像していた内容とは違いました。
ヤフーの「解説」には、「近未来のアメリカを舞台に、分断された国内で内戦が勃発するさまを描くスリラー。多くの州が連邦政府から離脱し、内戦状態に陥る中、ある戦場カメラマンたちがワシントンD.C.を目指す。監督などを手掛けるのは『MEN 同じ顔の男たち』などのアレックス・ガーランド。『アップサイドダウン 重力の恋人』などのキルステン・ダンスト、『セルジオ:世界を救うために戦った男』などのワグネル・モウラのほか、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニーらがキャストに名を連ねる」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、「近未来のアメリカ。19の州が連邦政府から離脱する中、国内では大規模な分断が進み、カリフォルニア州とテキサス州が同盟を結んだ『西部勢力』と『政府軍』による内戦へと突入する。戦場カメラマンのリーをはじめとする4人のジャーナリストチームは、戦場と化した道をニューヨークから1000キロメートル以上も走り続け、大統領が立てこもるホワイトハウスがある首都・ワシントンD.C.へと向かう」です。
今年の11月5日に行われるアメリカ大統領選挙を控えて、タイムリーな公開となった本作ですが、カリフォルニア州とテキサス州の同盟が政府軍を追い詰めるという設定に違和感を抱きましたが、よく考えたら、日本の明治維新だって薩摩藩と長州藩の「薩長同盟」が幕府軍を打ち破ったわけですから、荒唐無稽な話ではありません。ただ、明治維新の場合は「大政奉還」によって将軍の命だけは救いましたが、アメリカの場合はどうでしょうか? 大統領のいるホワイトハウスの防衛対策については、「いくら何でも、それはないだろう!」と思いましたが、ネタバレになるので、ここまでにしておきます。
最初、この作品をドンパチ連続の戦争映画かと思いましたが、予想は外れました。サスペンス映画としての要素が強かったです。この映画の主人公は軍人や政治家ではなく、ジャーナリストでした。それも、取材のために首都を目指す4人の「戦場ジャーナリスト」チームです。彼らが道すがら遭遇するいくつかの戦闘場面は、死がすぐそこにあるという緊迫感に満ちていました。観客も、その緊迫感と死の恐怖を同時に体感します。ジャーナリストチームの友人たちを射殺する西部勢力の兵士が不気味でしたが、ブログ「憐みの3章」で紹介した映画で主人公を演じたジェシー・プレモンスが演じていました。彼は、「シビル・ウォー アメリカ最後の日」で有名女性写真家のリー・スミスを演じたキルステン・ダンストの夫ですね。
戦闘シーンはド迫力で、特に音の大きさが印象的でした。YouTubeには「【映画予告史上初!イヤホン必須】360°体感!立体音響予告」の動画がアップされていますが、ものすごい迫力です。すぐ横を通り抜けるような銃撃音、爆音、耳をつんざくような音......本当にそこにいるような感覚に陥ってしまい、恐怖を感じます。「これはIMAXで観たかったな」と思いましたね。視界外から降り注ぐライフルやマシンガンの雨や、目の前で血を吹き出しながら命を落とす兵士の姿がリアルでした。また、23歳の新人女性写真家のジェシーを演じたケイリー・スピーニーが死体の山の上でのたうち回る場面は強烈でしたね。映画史に残るショッキング・シーンだと思います。
「シビル・ウォー アメリカ最後の日」を観て、連想した映画がありました。「ハート・ロッカー」(2008年)です。イラクに駐留するアメリカ軍の中でも、最大の危険を伴う爆発物処理班の兵士を描いた作品で、2009年の賞レースを席巻しました。監督はキャスリン・ビグロー、イフ・ファインズやガイ・ピアースらが脇を固め、ジェレミー・レナーが任務に命を懸ける主人公を熱演しました。この映画では、迫力ある戦場の描写とともに、帰還兵の病んだ心を繊細に描いていました。この映画は六本木ヒルズの映画館で鑑賞したのですが、わたしの座席のすぐ近くに超大物作詞家(現在は故人)がいました。彼は映画が終わった後、連れの女性に「やっぱ、アメリカ人って戦争キ○ガイだよね」と言っていたのが印象的でした。たしかに、アメリカ人には戦争好きなイメージはありますね。
『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)
「シビル・ウォー アメリカ最後の日」に登場する戦場ジャーナリストたちは、文字通り「ジャーナリズムに命を懸ける」命知らずチームで、ドンパチの最前線にもカメラを構えて飛び込んでシャッターを切り続けます。しかし、交渉の途中で相手を射殺したり、映画のラストシーンである重要人物が死ぬ直前に言い残した言葉などは写真には記録されません。わたしは、「本当に歴史を記録する場合は、写真より動画だな」と思いました。写真と動画を比較してみましょう。写真は、その瞬間を「封印」するという意味において、一般に「時間を殺すメディア」と呼ばれます。一方で、動画は「時間を生け捕りにするメディア」であると言えます。二度と戻らない時間をそのまま「保存」するからです。そのあたりは拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)に詳しく書きました。興味のある方は、ぜひご一読下さい!