No.957
10月20日の日曜日、日本映画「まる」をシネプレックス小倉で鑑賞。今年観た130本目の映画です。タイトル通りに、すっかり顔が丸くなった主演の堂本剛が不思議な存在感を放っていました。いかにも「世にも奇妙な物語」みたいな話でしたが、仏教的な深いメッセージも感じました。
ムービー・ウォーカー・プレスには、「『金田一少年の事件簿 上海魚人伝説』以来27年ぶりとなる堂本剛の単独主演映画。事故で腕を負傷し職を失った芸術家のアシスタントが、蟻に導かれるように描いた○(まる)をきっかけに、日常が○に浸食され始める奇想天外な物語。監督と脚本を『彼らが本気で編むときは、』の荻上直子が務める。『カラオケ行こ!』の綾野剛、『ハケンアニメ!』の吉岡里帆のほか、森崎ウィン、戸塚純貴、柄本明、小林聡美らが出演する」と解説されています。
ムービー・ウォーカー・プレスの「ストーリー」は、「人気現代美術家のアシスタントとして働く沢田は、美大卒だがアートで身を立てられず、独立する気や気力を失い、言われたことを淡々とこなす日々を送っていた。ある日、通勤途中の事故で腕を負傷し職を失う。帰宅した沢田は床の蟻に導かれるように描いた○(まる)が知らぬ間にSNSで拡散され、正体不明のアーティスト『さわだ』として一躍有名になる。誰もが知る存在となったさわだは、徐々に○に囚われ始めていく」となっています。
この映画、大きな欠陥が1つあります。というのは画面がとにかく暗いのです。室内ならともかく、晴天の屋外であっても暗かったです。これでは登場人物の表情や、この映画の重要な小道具であるアート作品(特に署名部分)がよく見えず、かなりストレスを感じました。この映画、コンビニ店内のシーンも多かったのですが、これも暗かった。日本のコンビニというのは世界一照度の高い店舗とされているので、きわめて不自然でした。こんな暗い画面で映画を作った意図はわかりませんが、もし監督に何らかの狙いがあったとしても完全にズレていたと思います。
俳優陣は良かったです。映画主演は27年ぶりという堂本剛もブランクを感じさせない力の抜けた演技でしたし、ブログ「地面師たち」で紹介した大人気ドラマとは打って変わってエキセントリックな演技をした綾野剛も「さすが、うまいなあ!」と感じさせました。さらには、格差社会を糾弾する女性活動家に扮した吉岡里帆の狂気じみた演技も迫力満点でしたね。柄本明とか小林聡美といった渋いバイ・プレイヤーの存在も作品に厚みを与えていました。
映画のテーマの○(まる)にはさまざまな意味があるでしょうが、主人公の沢田と一緒にコンビニで働くミャンマー人青年が「福徳円満」「円満具足」という言葉を口にします。このミャンマー人青年、なんと森崎ウィンが顔を黒塗りにして演じているのですが、仏教国であるミャンマー生まれらしく、何かというと仏教にまつわる言葉を語ります。わたしは亡き父とともに、ミャンマー仏教の支援を続けてきましたので、そんな場面を見て、父のことを思い出しました。ちなみに、沢田も仏教への関心が深いらしく、映画の冒頭から「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」という『平家物語』の冒頭文を口にしています。
「福徳円満」ですが、福も徳もめでたい良い言葉であり、仏教にも道教にもよく用いられます。仏教では「福徳」というと、善行によって得た幸福を意味します。道教の方では福徳神という神がいて幸福を授ける。また仙人の世界を「福地洞天(ふくちどうてん)」といいます。現在は、人柄や人相をいうのに用いることが多いですね。精神的にも物質的にも恵まれていて、穏やかで明るくいつもニコニコしている人です。七福神の一柱である布袋(ほてい)がシンボル的存在で、じつに福々しい顔をしています。映画「まる」には、茶器とか電灯とか、その他さまざま丸いものがメタファーとして登場しますが、最も印象的だったのは、夜空に登った満月と、ラストシーンの夕日でした。
太陽と月はまさに円形で、しかも同じ大きさに見えますが、そのために起こる現象が「皆既日食」で、地球から見た太陽が月の影に完全に隠れます。地球から眺めた月と太陽が同じ大きさに見えることは最大の謎で、人類は長いあいだ、このふたつの天体は同じ大きさだとずっと信じ続けてきました。しかし、月が太陽と同じ大きさに見えるのは、月がちょうどそのような位置にあるからです。月は太陽の400分の1の大きさですが、地球から月までの距離と地球から太陽までの距離も不思議なことに、400分の1なのです。こうした位置関係にあるので、太陽と月は同じ大きさに見えるわけです。それにしても、なんという偶然の一致! ○(まる)には宇宙の秘密が隠されていると思いますが、それは太陽と月が示しています。
そんな宇宙の神秘を表現する手段がアートではないでしょうか。アートといえば、 一条真也の映画館「ブルーピリオド」で紹介した日本映画を思い出します。充実した日々の一方でむなしさも抱える高校生が、1枚の絵をきっかけに美術の面白さに目覚め、国内最難関として知られる東京藝術大学美術学部絵画科の油画専攻を目指して奮闘する物語です。成績優秀で世渡り上手でありながら、どこか空虚な思いを抱える高校生・矢口八虎(眞栄田郷敦)。あるとき苦手な美術の課題で一枚の絵を描いた際、初めて本当の自分を表現できたような感覚を抱きます。アートに興味を持ち始めた彼は、国内最難関の美術大学の受験を決断。経験も才能もない中で、才能あふれるライバルたちやアートという正解のない壁に葛藤しながらも、八虎は情熱だけを武器に困難に立ち向かっていくのでした。
映画「ブルーピリオド」で印象的だったシーンは、薬師丸ひろ子演じる高校の美術教師・佐伯昌子に、眞栄田郷敦演じる八虎は「美大に行って将来性があるんですか?」と問う場面です。女教師は微笑みながら、「あなたにとって価値のあるものって何ですか?」と静かに問い返すのでした。それから、八虎が通う予備校(東京美術学院)で江口のりこ演じる講師の大葉真由が性とたちに与えた絵のテーマが「縁」でした。八虎は赤い糸を描くのですが、大葉講師からは「ありきたりねぇ」と一刀両断にされます。この場面を見て、わたしは「縁を可視化するなら、まさに冠婚葬祭のことだな」と思いました。それはともかく、次に八虎が描いたのは太陽のような深紅の○(まる)でした。「ブルーピリオド」と「まる」が繋がった瞬間です!
最後に、主役のアーティスト・沢田を演じた堂本剛は元ジャニーズ事務所(現・スマイルアップ)のタレントでしたが、「まる」の上映前に「オートレーサー森且行 約束のオーバル 劇場版」の予告編が流れました。1996年にトップアイドルからオートレーサーへと転身した森且行が、2020年に悲願の日本選手権初優勝を果たした直後、落車による大けがを負い、復活へ向けて懸命に奮闘する姿を追ったドキュメンタリーです。2023年に開催されたTBSドキュメンタリー映画祭にて上映された「オートレーサー森且行 約束のオーバルへ」をもとに、大幅な追加撮影映像を交えて再編集されたまったく新しい作品だそうです。森且行は元SMAPのメンバーであり、当然、元ジャニーズ事務所の所属タレントでした。
そして、続けて映画「グランメゾン・パリ」の予告編が流れたので、ビックリ! この映画の主演俳優である木村拓哉も元SMAPで、現在もスマイルアップに所属しているからです。「グランメゾン東京」が日本で"三つ星"を獲得してから時が経ち、尾花夏樹(木村拓哉)は早見倫子(鈴木京香)と、フランス料理の本場・パリで、新店舗「グランメゾン・パリ」を立ち上げ、アジア人初となるミシュラン"三つ星"を獲得するために奮闘していました。かつてカリスマシェフと称された尾花夏樹は、挫折や国境の壁を乗り越え、仲間と共に世界最高峰の"三つ星"を手に入れることは出来るのか? チーム・グランメゾン、熱き≪最後の挑戦≫が今始まるのでした。それにしても、森且行と木村拓哉の主演映画の予告が続けて流れるとは! 「もしかして、SMAP再結成のサインでは?」と思ったのは、わたしだけではありますまい。