No.956


 10月18日、この日から公開された韓国映画「破墓/パミョ」を観ました。墓や儀式がテーマというので、これは観なければなりません。韓国ホラーはけっこう怖い作品が多いですが、この映画もなかなかの傑作でした。ホラーとしては空前の大ヒットを記録。なんと1200万人以上を動員し、2024年の韓国映画で最大のヒット作だとか。
 
 ヤフーの「解説」には、「ある墓に隠された恐ろしい秘密を描くサスペンススリラー。代々不運に見舞われる家族からの依頼により、彼らの先祖の墓を掘り返した巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンと風水師、葬儀師たちが奇怪な出来事に巻き込まれる。『オールド・ボーイ』などのチェ・ミンシク、『コインロッカーの女』などのキム・ゴウン、『マルモイ ことばあつめ』などのユ・ヘジン、ドラマ「ザ・グローリー ~輝かしき復讐~」などのイ・ドヒョンらが出演。『プリースト 悪魔を葬る者』などのチャン・ジェヒョンが監督・脚本を務めた」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンのファリム(キム・ゴウン)と弟子のボンギル(イ・ドヒョン)は、跡継ぎが代々謎の病気にかかるという家族から先祖の墓の改葬を頼まれる。破格の報酬に釣られて風水師のサンドク(チェ・ミンシク)と葬儀師のヨングン(ユ・ヘジン)も加わり、彼らはおはらいと改葬を同時に行なうことにするが、墓を掘り返して儀式を進めるうちに奇怪な出来事に遭遇する」です。
 
「破墓/パミョ」は墓の改葬にまつわる物語です。いくら韓国が死者儀礼を重んじる国であるとはいえ、ここまで墓を基軸に物語を構築した映画は珍しいと思います。そもそも、墓とはどういうものなのでしょうか。墓とは供養の場所、祈りの対象だとわたしは考えています。それは、必ずしも石の墓である必要はありません。その形態は時代に合わせて変化してかまいません。遺された人のライフスタイルによって「お墓参り」のスタイルが変わっても何の問題もありません。直筆の手紙ではなく、手軽な「メール」を使う場合もあるのと同じです。ただそこには礼を失しない、マナーや心配りがあればいいわけです。
墓じまい・墓じたくの作法』(青春出版社)



 わたしには、『墓じまい・墓じたくの作法』(青春出版社)という著書があります。「墓じまい」にせよ「墓じたく」にせよ、要は「かたち」ではなく「こころ」の問題でしょう。みんな先祖代々守ってきたお墓を自分の代で失いたくない気持ちから、お墓を守ってきました。しかし、それがさまざまな理由でできなくなってきているわけです。それはお墓があった故郷を離れてしまったことが最大の原因ではないでしょうか。お墓に対して大切なことは感謝の気持ち、先祖を供養するこころです。それさえあれば、祈りの場所である「墓」の形態はどう変わってもかまいません。先祖に感謝する、死者を弔い、供養する気持ちがあれば、お墓のかたちにこだわる必要はありません。
 
 墓には、3つの特性があります。まず墓を聖なるものとして崇拝の対象化とすることから「尊厳」が抽出されます。次に、この崇拝は子孫が先祖を祀る現象であり、これを代々に継承させようと想定されていますから「永続性」を持ち合わせています。そして子孫はこの墓所と観念してきますから、他への移転を容易に考えにくく、この点ら「固定性」を持ちます。すなわち、墓の特徴とは「尊厳性」「永続性」「固定制」の3つだといえます。この墓には儀礼が伴いますが、映画「破墓/パミョ」のテサルお祓いシーンは、供えられた豚の死体が並ぶ中、巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンのファリムによる舞踏シーンが迫力満点でした。儀式には音楽とダンスとマントラ(真言・呪文)、そして供え物が付きものですが、"儀式バカ一代"であるわたしを満足させる濃密なシーンでした。
 
「破墓/パミョ」には、いくつかのキーワードがあり、それを知っていた方が鑑賞を楽しめるでしょう。まず、「風水師」は生者と死者のために土地を探す者です。墓地を見る者でもあります。次に「巫堂(ムーダン)」は科学の迷信の狭間にいる者であり、お祓いを行う者です。「葬儀師」は改葬を仕切る者。「風水」は、土地や方位に関する神秘学的思想で、宗教であり、科学であるといえます。「陰宅」は死者の家であり、墓を意味します。「改葬」は墓や遺骨を移すことです。「墓の反乱」は、墓の場所が悪く、子孫が不運に遭うこと。「テサルお祓い」は動物を殺し、神に捧げるお祓い。「経文」は神との間の問題を解決する祈り。「動士(トンティ)」は、地の神を怒らせ、災いを受けること。そして、「破墓(パミョ)は、改葬のため、墓を掘る行為です。
 
「破墓/パミョ」には、さまざまなキャラクターが登場し、いずれも非日常的な雰囲気を醸し出す人々です。サンドクは、墓地を見る風水師。ヨングンは、改葬を仕切る葬儀師。ファリムはお祓いを行う、ボンギルは祈祷を捧げる、ともに巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンです。風水師、葬儀師、巫堂......これだけでも儀式をめぐるプロが揃っていますが、この映画には日本の陰陽師まで登場するので驚きました。そこまで出すなら、わたしは日本が誇るグリーフケア士も登場させてほしかったです。グリーフケア師とは死別の悲嘆に寄り添う者で、わたしが 一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の副会長時代にグリーフケア・プロジェクトチームの座長として立ち上げた資格認定制度から生まれ、現在では1000名以上を数えます。現在は、わたしが理事長を務める一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団が同制度を運営しています。
 
 この映画の監督・脚本を務めたチャン・ジェヒョンは、2015年公開の「プリースト 悪魔を葬る者」というホラー作品を作っています。女子高校生ヨンシン(パク・ソダム)は、ひき逃げ事故に遭った直後から不可解な症状に見舞われ、自殺未遂を起こして昏睡状態に陥っていました。多くの聖職者が救済をためらうなか、少女の肉体が何者かに乗っ取られたことを確信したキム神父(キム・ユンソク)だけが「悪魔祓い」を執り行うと宣言。補助司祭として、除霊の知識や儀式用の多言語を話せる神学校生アガト(カン・ドンウォン)が選ばれた。魔物と化した少女を救う準備を整え、二人は人知を超えた危険な領域に足を踏み入れるのでした。「プリースト 悪魔を葬る者」も、「破墓/パミョ」も、儀式ホラーとでもいうべき映画です。
 
 儀式ホラー映画の最高傑作としては、一条真也の映画館「ヘレディタリー/継承」で紹介した2018年のアメリカ映画が挙げられます。鬼才アリ・アスター監督作品で、家長の死後、遺された家族が想像を超えた恐怖に襲われるホ物語です。ある日、グラハム家の家長エレンがこの世を去ります。娘のアニーは、母に複雑な感情を抱きつつも、残された家族と一緒に葬儀を行います。エレンが亡くなった悲しみを乗り越えようとするグラハム家では、不思議な光が部屋を走ったり、暗闇に誰かの気配がしたりするなど不可解な現象が起こるのでした。この映画の冒頭には、グラハム家の家長である老女エレンの葬儀の場面があります。予告編の印象から、わたしはエレンが魔女か何かで、その血統を孫娘が受け継ぐ話かなと思っていたのですが、「継承」にはもっと深い意味がありました。
儀式論』(弘文堂)



「ヘレディタリー/継承」には葬儀の他にも、さまざまな儀式が登場します。それは死者と会話する「降霊儀式」であったり、地獄の王を目覚めさせる「悪魔召喚儀式」であったりするのですが、『儀式論』(弘文堂)を書いたほどの"儀式バカ一代"を自認するわたしとしては、これらの闇の儀式を非常に興味深く感じました。そのディテールに至るまで、じつによく描けています。儀式は、地域や民族や国家や宗教を超えて、人類が、あらゆる時代において行ってきた文化です。哲学者のウィトゲンシュタインが語ったように、人間とは「儀式的動物」であり、社会を再生産するもの「儀式的なもの」であると思います。ちなみに、映画「破墓/パミョ」は墓を中心とした葬送儀礼を描いていますが、ラストシーンでは結婚式の幸せな様子が流れました。結婚式も、葬儀も、ともに血縁を強化するセレモニーです。まさに、この映画は"THE儀式映画"でした。
 
「ヘレディタリー/継承」が西洋儀式ホラー映画なら、和製儀式ホラー映画の代表は一条真也の映画館「来る」で紹介した2018年の作品です。 一条真也の読書館『ぼぎわんが、来る』で紹介した第22回日本ホラー小説大賞に輝いた澤村伊智の小説を映画化。謎の訪問者をきっかけに起こる奇妙な出来事を描きます。幸せな新婚生活を送る田原秀樹(妻夫木聡)は、勤務先に自分を訪ねて来客があったと聞かされます。取り次いだ後輩によると「チサさんの件で」と話していたというが、それはこれから生まれてくる娘の名前で、自分と妻の香奈(黒木華)しか知らないはずでした。そして訪問者と応対した後輩が亡くなってしまいます。2年後、秀樹の周囲でミステリアスな出来事が起こり始めるのでした。
映画「男神」の地鎮祭のシーン



「来る」は「これほど儀式のダイナミズムを表現した映画がこれまで存在したか!」と思えるほどの空前の儀式エンターテインメント映画でしたが、最近、それを超える傑作の予感がする映画を知りました。2025年公開予定の「男神」です。縄文から続く荒ぶる神。年少の男子を生贄として捧げた事から、「男神」と呼ばれ、その実態は誰も知らず、伝説の神として言い伝えられていました。新興住宅地の日星市、建設会社で働く和田は建設途中で埋蔵文化財を見つけます。その数日後、不思議なことが起こりました。工事現場に深い穴が出来、街の少年、和田(遠藤雄弥)の息子も神隠しのようにいなくなってしまったのです。その穴の先は不思議な森に繋がり、そこでは美しい女性達が着物や巫女の姿で男神を鎮めるための怪しげな儀式をしていました。息子がその森に迷い込んだことを知った和田は、連れ戻すためにその穴に入ることを決意します。
映画「男神」に出演しました



 ブログ「映画『男神』に出演しました」で紹介したように、わたしは同作に出演しました。主演の遠藤が和田勇輝、山下工務店の社長令嬢を須田亜香里、木曽田浩司をカトウシンスケ、梓巫女を彩凪翔、ククリヒメを沢田亜矢子、和田守を子役の塚尾桜雅が演じます。当初、わたしの役柄は儀式を司る神主でしたが、喪中なので、さすがに神主の役はまずいと辞退しました。すると、商工会議所会頭の佐久間進一郎(!)役に変更となりました。映画の益田祐美子プロデューサー、志賀司共同プロデューサーとは懇意の仲であり、これも何かのご縁と思い、お引き受けした次第です。恥ずかしながら、わたしは5回目の映画出演で、すでに6作目の出演作も決まりました。「破墓/パミョ」に通じる描写も多く、同作が韓国で空前のヒットを記録したのなら、「男神」も大ヒットするかもしれません。
 
 さて、「破墓/パミョ」のジャパンプレミアが10月10日に東京・新宿ピカデリーで開催され、キャストのチェ・ミンシク、キム・ゴウン、監督のチャン・ジェヒョンが登壇しました。最初の話題は役作りについて。サンドク役のチェ・ミンシクは「サンドクは自然と人間の調和について考えてきた人物なので、山や川、木を見るときは平凡な人よりも視線が深いんです。深みを持って見つめて、心で感じようと考えていました」と語り、巫堂(ムーダン)のファリムを演じたキム・ゴウンは「若いけれど巫堂としてプロフェッショナルな姿をお見せしたいと思い、小さな所作やディテールから滲み出るオーラにも気を配りました」と撮影を振り返りました。キャスティングについて問われたチャン・ジェヒョンは「本作に登場する人々は、非常にプロフェッショナルな専門家。韓国を代表する各世代の俳優に演じてほしい、とずっと祈っていたんです」と明かした後、「その祈りが叶いました!」と笑顔を見せました。
 
 続いて、MCが韓国のコンテンツの人気に触れながら「日本に来て、その人気を実感されましたか?」と質問すると、チェ・ミンシクは「私が入ってきたときは、それほど歓声は大きくなかったような......」とジョークを飛ばし、観客からの大歓声を浴びて「とっても幸せです」と照れ笑いを浮かべました。さらに彼は「初めて日本に来たのは『シュリ』のプロモーション時でした。そのときの感動は今でも忘れることができません。(観客が)私たちが意図していたことを感じ取って、言葉にしてくださったのが本当にうれしかったんです。『破墓/パミョ』では、あのときの感動を皆さんともう一度共有できればうれしいです」と真摯に言葉を紡いでいく。日本で楽しみにしていることを聞かれたキム・ゴウンは「皆さんから、この作品へのいい反応や温かい応援をいただだけること。......興行的な成功も!」といたずらっぽく笑いながら話しました。ネタバレにならないように気をつけますが、じつはこの映画、日本をものすごく悪く描いています。それなのに日本での興行的成功を願うという発言には引きました。正直言って、図々しいですね!