No.971
11月21日の夜、TOHOシネマズシャンテでリバイバル上映されたフランス・西ドイツ映画「ベルリン・天使の詩」の4Kレストア版を観ました。これまでに2回ほど観た作品でしたが、今回はいろいろと新しい発見がありました。
映画.comの「解説」には、「『パリ、テキサス』のヴィム・ベンダース監督が10年ぶりに祖国ドイツでメガホンをとり、1987年・第40回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した傑作ファンタジー。壁崩壊前のベルリンを舞台に、人間に恋してしまった天使の運命を、美しく詩的な映像でつづる。人間たちの心の声を聞き、彼らの苦悩に寄り添う天使ダミエルは、サーカスの空中ブランコで舞う女性マリオンに出会う。ダミエルは孤独を抱える彼女に強くひかれ、天界から人間界に降りることを決意する。ブルーノ・ガンツが主演を務め、テレビドラマ『刑事コロンボ』のピーター・フォークが本人役で出演。脚本には後にノーベル文学賞を受賞する作家ペーター・ハントケが参加した。1993年には続編『時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!』が製作された」とあります。
ヤフーの「あらすじ」は、「天使ダミエルの耳には、様々な人々の心の呟きが飛び込んでくる。フラリと下界に降りて世界をめぐる彼は、空中ブランコを練習中のマリオンを見そめる。彼女の"愛したい"という呟きにどぎまぎするダミエル......。マリオン一座は今宵の公演を最後に解散を決めた。ライブ・ハウスで踊る彼女にそっと触れるダミエル。人間に恋すると天使は死ぬというのに......。そこへ、撮影のためベルリンを訪れていたP・フォーク(本人役で出演)が、見えない彼にしきりに語りかける。彼もかつては天使だったのだ......」となっています。
映画評論家の町山智浩氏の解説動画で知ったのですが、この映画の撮影に入る前に、ヴィム・ベンダース監督は出演者たちに覚書を渡しました。そこには、この映画がドイツの詩人リルケの代表作『ドゥイノの悲歌』(1922年)の世界観に基づくと書かれていたとか。『ドゥイノの悲歌』は人間の無力さやはかなさと現世社会の皮相さに対する嗟嘆のトーンで貫かれています。十全な存在である「天使」(リルケはこの天使がカトリックの天使とは無関係であることに注意を促しています)や英雄、動物や草木の見せるさまざまな兆し、青年の恋愛、市井の営みや死といったさまざまな事物との多様な連関の中で人間存在の運命をとらえ、緊密で象徴的な語法によって歌い上げています。最後は、有限性を持つ人間存在への希望を見出します。
すなわち、天上の存在である天使が、人間として地上で生きることは偉大であるというのです。完全なる存在である天使が、不完全な存在である人間に憧れる。「永遠」に生きる天使ではなく、人間として「今この一瞬」を味わいたいというわけです。今回、この名作を観直してみて、この「地上で生きることは偉大である」というリルケの思想に触れ、わたしは非常に感動しました。というのも、人間として生きることは確かに辛く大変なことが多いですが、そんな人生そのものを肯定する営みが七五三、成人式、結婚式、長寿祝い、葬儀といった冠婚葬祭であると思います。冠婚葬祭とは、地上で生きる人間への応援歌なのです。
「ハートライフ」
ブログ「祝日」にも書きましたが、天使の本質は「天国からの使い」です。わたしは、この地上と天国に通路が開けるのは結婚式と葬儀のときではないかと考えています。花はもともと天国に咲いているものだと思います。そうでないと、花の美しさを理解することができません。花はこの世のものにしては美し過ぎます。その美しさの一部がこの世に表出しているのでしょう。だからこそ、天国をダイレクトに表現する結婚式と葬儀では「天国のメディア」である花をふんだんに飾るのでしょう。1995年(平成7年)、わが社は「天使でありたい」というCMキャンペーンを展開しました。結婚式のスタッフは「紅の天使」、葬儀のスタッフは「紫の天使」として打ち出したのです。そこで、結婚は「結魂」、葬儀は「送魂」と定義しました。
「ハートライフ」1995年12月1日号より
結局、天使とは「魂のケア」をする存在なのです。そのときの「紫の天使」のモデルは、現在わが社の専務である東孝則さんでした。わが サンレーには、30年前から天使がいたのです! 考えてみれば、悲しみや苦しみの中にある人が求めている「天使」とは、現在でいえば「グリーフケア士」のことではないでしょうか。そうであれば、すでに1000人以上誕生したグリーフケア士たちは背中の羽をもっと大きく育てて、1人でも多くの悲しみの中にいる人達の元へ向かってほしいと思います。また、全国に32名しかいない上級グリーフケア士は天使の中の天使、すなわち大天使かもしれませんね。
映画「ベルリン・天使の詩」には、詩人リルケだけでなく、ドイツの文芸批評家ヴァルター・ベンヤミンの思想、特に彼の著書『歴史哲学テーゼ』の内容が色濃く反映されています。ベンヤミンは、ベルリンの裕福なユダヤ人家庭に生まれ、幸福な少年時代を送りました。エッセイのスタイルで書いた彼の文章には、自由闊達なエスプリの豊かさと文化史、精神史に通暁した思索の深さがあります。彼は1940年に亡くなりましたが、20、21世紀の都市と人々の有り様を冷徹に予見したような分析で知られます。「ベルリン・天使の詩」に登場する"人類の語り部"としての老人は、ベンヤミンがモデルとされています。また、老人が調べ物をするベルリンの図書館は、ベンヤミンが仕事場としたパリ図書館をイメージしたようです。
「ベルリン・天使の詩」の主人公である天使ダミエルの耳には、さまざまな人々の心の呟きが飛び込んできます。ふらりと下界に降りて世界をめぐる彼は、空中ブランコを練習中のマリオンを見そめます。彼女の「愛したい」という呟きにどぎまぎするダミエル。マリオン一座は今宵の公演を最後に解散を決めました。ライブハウスで踊る彼女にそっと触れるダミエル。人間に恋すると天使は死ぬというのに......。ダミエルは人間から姿が見えません。ですから、マリオンの部屋にも平気で入っていけます。目に見えませんから、ダミエルの目の前でマリオンは着替えたりします。世の助平な男性たちにはたまらない憧れのシーンでしょうが、天使であるダミエルにはそんな劣情はなかったはずです。たぶん。
ダミエルがマリオンに恋をした瞬間、モノクロだった画面がカラーに一変するのですが、ラスト近くでダミエルとマリオンが地上でようやく会うことができ、愛を確かめ合うという感動的なシーンが登場します。ここは全編カラーなのですが、わたしの大好きなシーンです。まさに「地上に在る」ことの醍醐味だと言えるでしょう。「ベルリン・天使の詩」は、もともとヴェンダース監督の次回作として予定されていた「夢の涯てまでも」(1991年)の撮影開始が遅れることになり、その間を埋めるため、ドイツ語でドイツの街ベルリンで撮影することを条件に作られた作品です。ヴェンダース監督はベルリンの街をロケハンするうちに、街のあちこちに天使の意匠があることを発見し、好きだった画家のパウル・クレーの天使のイメージとそれが重なり、天使を主人公とした映画というアイデアに結びついたそうです。その結果、名作が生まれました。
「ベルリン・天使の詩」には、「時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!」(1993年)という続編が作られました。第46回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ受賞しています。天使カシエルは友人のダミエルが人間になって下界に下った後、ひとりで毎日ぼんやりと東西統一後のベルリンの街を見下ろしていました。やがてカシエルは、自分もダミエルと同じように人間になりたいと思い始めます。そんなある日、カシエルはアパートのバルコニーから誤って転落した少女を助けたことで、望みがかない人間になりました。しかし、カシエルはやがて人間界の様々な悪徳を知り、苦悩するようになります。そして、堕天使エミットに誘惑され、商社社長のヤクザまがいの悪行に手を染めるようになってしまうのでした。
映画史に残る名作である「ベルリン・天使の詩」は、ハリウッドでリメイクもされました。「シティ・オブ・エンジェル」(1998年)です。天使のセス(ニコラス・ケイジ)は死者の魂を天国に導く役目を担っていました。そんな彼は、ある日医者のマギー(メグ・ライアン)に出会い、恋に落ちてしまいます。しかし、天使である彼は、色を感じる視覚、臭覚、味覚、触覚などの感覚が備わっていないため、彼女を抱きしめることも出来ません。思い悩んだ末、永遠の命を犠牲にして天使から人間になることを決意します。人間になったセスの体からは血が流れ、マギーと愛を交わす仲になっていくのでした。「ベルリン・天使の詩」ではラブストーリーの要素は全体の三分の一くらいなのですが、この「シティ・オブ・エンジェル」は完全にラブストーリー映画として作られていました。
「ベルリン・天使の詩」は反ナチス映画の側面がありますが、同作に主演したブルーノ・ガンツですが、2007年のドイツ・オーストリア・イタリア映画「ヒトラー~最期の12日間~」でアドルフ・ヒトラーを演じました。1945年4月のベルリン市街戦を背景に、ドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーの総統地下壕における最期の日々を描いた作品です。混乱の中で国防軍の軍人やSS(親衛隊)の隊員が迎える終末や、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス一家の悲劇、老若男女を問わず戦火に巻き込まれるベルリン市民の姿にも焦点が置かれています。
ヨアヒム・フェストによる同名の研究書、およびヒトラーの個人秘書官を務めたトラウドゥル・ユンゲの証言と回想録『私はヒトラーの秘書だった(英語版)』を土台として生まれた作品です。撮影はベルリン、ミュンヘンおよび当時のベルリンに近い雰囲気を持つロシアのサンクトペテルブルクで行われました。ベルリンに降り立った天使とアドルフ・ヒトラーを共に演じた名優ブルーノ・ガンツは2019年2月16日に77歳で亡くなりました。