No.984


 中山美穂さんが亡くなって、2週間あまりが経過。彼女の大ファンだったわたしは、いまだに喪失感が消えません。そんな中、彼女の女優としての代表作とされる日本映画「Love Letter」(1995年)をU-NEXTで観ました。約四半世紀ぶりの再鑑賞で、この作品がまさに"THEグリーフケア映画"であることに気づきました。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「深夜のTVドラマで若者を中心に注目を集め、フジテレビのドラマ枠『ifもしも』のスペシャル『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』でTVドラマでは異例の日本映画監督協会新人賞を受賞した岩井俊二監督の長編デビュー作。婚約者を亡くした渡辺博子は、忘れられない彼への思いから、彼が昔住んでいた小樽へと手紙を出した。すると、来るはずのない返事が返って来る。それをきっかけにして、彼と同姓同名で中学時代、彼と同級生だった女性と知り合うことになり......」
 
 もともと、この映画は、わたしの公式サイトの「私の20世紀」の中にある「20本の邦画」にも選んだほど大好きな作品です。映画「Love Letter」は、恋文から始まる、雪の小樽と神戸を舞台にしたラブストーリー。第19回日本アカデミー賞にて、作品が優秀作品賞を、秋葉茂を演じた豊川悦司が優秀助演男優賞と話題賞(俳優部門)を、少年時代の藤井樹を演じた柏原崇と、少女時代の藤井樹を演じた酒井美紀が新人俳優賞を、REMEDIOSが優秀音楽賞を受賞。一人二役を演じた中山美穂は、ブルーリボン賞、報知映画賞、ヨコハマ映画祭、高崎映画祭などで主演女優賞を受賞。1995年度『キネマ旬報』ベストテン第3位、同・読者選出ベストテン第1位にもなっています。日本映画史上に燦然と輝く名作です。
 
 製作はフジテレビ、韓国では1999年に映画を公開しました。韓国で140万人の観客を動員する興行記録を打ち立てました。韓国政府が1998年10月に日本大衆文化の流入制限を段階的に開放し始めて以来、初めて韓国で大ヒットした日本映画とされます。それ以前に公開された「HANA-BI」「影武者」「うなぎ」などは、いずれも2週間で打ち切り・観客動員は5万〜9万人(韓国文化観光省調べ)と奮わなかったそうです。1999年に韓国と台湾で公開されると人気を博し、韓国では劇中に登場する「お元気ですか?」という台詞が流行語となりました。舞台となった小樽には韓国人観光客が大勢訪れました。なお、韓国ドラマ「甘い人生」は、序盤、本作の影響で主人公が小樽に行く設定となっています。
 
 劇場公開からもう30年近く経っている有名な作品なので、少し詳しい「あらすじ」を紹介します。神戸に住む渡辺博子(中山美穂)は、婚約者で山岳事故で亡くなった藤井樹(柏原祟)の三回忌に参列したあと、彼の母・安代(加賀まりこ)から彼の中学時代の卒業アルバムを見せてもらいます。博子はそのアルバムに載っていた、彼が昔住んでいたという小樽の住所へ「お元気ですか」とあてのない手紙を出すのでした。博子の手紙は、小樽の図書館職員で同姓同名の女性・藤井樹(中山美穂:二役)のもとに届きます。樹は不審に思いながら返事を出すと、博子からも返事が来ます。奇妙な文通を続けていましたが、博子の友人・秋葉茂(豊川悦司)の問い合わせで事情が判明します。博子は樹に謝罪し、婚約者だった藤井のことをもっと知りたいと手紙を出すのでした。
 
 樹は藤井とクラスメイトだった中学時代の思い出を手紙に綴ります。同姓同名の二人の藤井樹はクラスで囃し立てられ、図書委員にされてしまいます。女子の樹は、誰も借りない本ばかり借りるなどの風変わりな男子の藤井に戸惑います。博子から樹に学校を撮ってきてほしいとインスタントカメラが送られてきました。樹は久しぶりに母校を訪ね、図書委員の女子生徒たちから、図書カードに残る「藤井樹探しゲーム」が流行っていると聞かされます。秋葉茂は博子を連れて、藤井樹が死んだ山のふもとの山小屋に泊まります。小樽の樹は風邪をこじらせて倒れます。樹の父親は救急車が間に合わず亡くなっていました。祖父の剛吉(篠原勝之)は吹雪の中、樹を背負って病院に運びます。一命をとりとめた樹は祖父とともに入院するのでした。
 
 山小屋に泊った翌朝、秋葉は藤井が死んだ山に向かって「博子ちゃんは俺がもろたで」と叫びます。博子は「お元気ですか。私は元気です」と繰り返し呼びかけて号泣し、ようやく藤井への思いを断ち切るのでした。小樽の樹も病床からうわごとで「お元気ですか」とつぶやきます。小樽の樹は中学3年の正月に父親を亡くしましたが、なぜか藤井が訪ねてきて図書室で借りた本を樹に預けて引っ越していきました。博子は退院した樹に今までもらった手紙を「あなたの思い出だから」と送り返し、藤井は図書カードに樹の名前を書いていたのではないかと問う手紙を添えます。その直後、樹の家に図書委員の女子生徒たちが訪ねてきます。藤井が樹に預けた本の図書カードの裏には、樹の似顔絵が描かれていました。樹は藤井の初恋に気付き照れながら涙ぐむのでした。
婚約者の三回忌で墓参する博子

葬儀で父の遺影を見つめる樹

葬儀の帰りの樹と母と祖父

氷漬けになったトンボの死骸



 映画「Love Letter」は、「死」のイメージに満ちています。冒頭から神戸に住む渡辺博子の婚約者だった藤井樹の三回忌のシーンが登場しますし、小樽の女性・藤井樹の父親が亡くなったときの葬儀のシーンも登場します。葬儀の帰りに、真冬の小樽で氷漬けになったトンボの死骸を見ながら、少女・樹は「パパは死んだんだね...」と母と祖父につぶやくのですが、非常に印象的な場面でした。ちなみにトンボは霊魂のシンボルとされており、拙著『ハートフル・ソサエティ』(三五館)の表紙写真にも使われています。このとき樹を演じた酒井美紀の背後に母親役の范文雀がいますが、当時47歳だった彼女は54歳で亡くなっています。この映画の主演女優である中山美穂も54歳で逝去したことを考えると、悲しい偶然の一致ですね。それとも必然だったのでしょうか。
婚約者の母親と泣き合う博子

死別のグリーフを抱えて生きる博子
雪山で「お元気ですか?」と叫ぶ博子
映画史に残る「グリーフケア」の瞬間
 
「死」には「死別の悲嘆」が付きものですが、深い悲嘆のことを「グリーフ」といいます。グリーフを抱えたまま生きるのは辛いので、悲嘆者は「ケア」を求めます。それが「グリーフケア」です。小樽の樹は、中学3年生のときに父親を亡くしましたが、神戸の博子は婚約者を亡くしました。ともにグリーフを抱えて生きてきたのです。その意味で映画「Love Letter」は、ダブル・グリーフの物語なのですが、彼女たちの近くにはその悲しみをケアする人々がいました。博子は亡くなった婚約者・樹の親友だった秋葉から山へ連れて行かれます。その山は藤井樹が命を失った山でした。元恋人が眠る山に向かって、博子は「お元気ですか?」と叫びます。このシーンは、映画史に残るグリーフケアの名場面であると思います。
 
 かくいうわたしも、現在もまだ中山美穂さんが亡くなったグリーフの中にあります。これまでは芸能人が亡くなっても他人事でしかなかったのですが、今回はかなり落ち込みました。彼女が元夫だった作家・辻仁成との離婚後、10年間も愛する息子さんに会えなかった事実を知り、さらに哀しくなりました。それでも、故人に対する最高の供養とは「その人のことを忘れないことである」と多くの著書に書き続けてきたわたしとしては、「大好きだった彼女のことを忘れないでおこう」と思いました。そして、彼女が主演した映画、それも代表作を観ようと思った次第です。結果、わたしの心は少し軽くなり、「この映画がある限り、中山美穂は永遠に生きている」と思えました。
 
 俳優や女優の死を悲しむ人は幸いだと思います。なぜなら、その人は故人が出演した映画やドラマを観れば、故人に再会できるからです。しかも最近は配信システムも充実しており、自宅にいても気軽に映画やドラマを鑑賞することができるようになりました。実際わたしも今回、持っているはずの「Love Letter」のDVDが見つからなかったので、U-NEXTで観ました。じつは、わたしは映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の「不死」と「死者との再会」への願望があると思っています。
 
 映画と写真という2つのメディアを比較してみましょう。写真は、その瞬間を「封印」するという意味において、一般に「時間を封印する芸術」と呼ばれます。一方で、動画は「時間を生け捕りにする芸術」であると言えるでしょう。かけがえのない時間をそのまま「保存」するからです。それは、わが子の運動会を必死でデジタルビデオで撮影する親たちの姿を見てもよくわかります。「時間を保存する」ということは「時間を超越する」ことにつながり、さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。だからこそ、映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画が作られてきたのでしょう。
 
 さらに、時間を超越するタイムトラベルを夢見る背景には、現在はもう存在していない死者に会うという大きな目的があるのではないでしょうか。拙著『唯葬論』(三五館・サンガ文庫)でも述べたように、わたしは、すべての人間の文化の根底には「死者との交流」という目的があると考えています。そして、映画そのものが「死者との再会」という人類普遍の願いを実現するメディアでもあると思っています。そう、映画を観れば、わたしは大好きなヴィヴィアン・リーやオードリー・ヘップバーンやグレース・ケリーにだって、三船敏郎や高倉健や菅原文太にだって会えるのです。そして今回、訃報に接して以来、グリーフを抱いてきた中山美穂に会うことができました。「Love Letter」以外にも、彼女は多くの映画やドラマに出演しているので、それらの作品をDVDやブルーレイや配信で鑑賞すれば、いつでもミポリンに再会できます!

「一目惚れ」と「恋に落ちる」の違いとは?



 最後に、映画「Love Letter」のテーマは「死」や「グリーフケア」の他にもあります。それは何かというと、「恋」であり、「愛」です。なぜ、中山美穂が一人二役を演じたように、神戸の渡辺博子と小樽の藤井樹の顔は似ていたのか? 映画の最後でそのミステリーが解き明かされるのですが、この映画は人が「一目惚れ」あるいは「恋に落ちる」の違いとその本質を描いていると思いました。一目惚れするというのは、はっきり言って、相手の容姿が自分の好みだったからでしょう。

ラストシーンは何度見ても泣ける 

 

 

でも、恋に落ちるというのはちょっと違います。そこは外見だけでなく、相手の内面が重要な問題になってくるからです。ミポリンの大ファンだったわたしが彼女に似た女性と出会えば、確実に一目惚れすると思います。でも、恋に落ちるかどうかはその人の内面を好きになる必要があるのです。四半世紀ぶりに「Love Letter」を観て、そんなことを考えました。最後に、あまりにも美しく、あまりにも魅力的だった女優・中山美穂さんの御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。