No.1027


 3月2日の日曜日、アメリカ映画「ANORA アノーラ」をシネプレックス小倉で観ました。いよいよ現地時間3日に授賞式が開催される第97回アカデミー賞で6部門ノミネートの話題作です。ネットでの評判も高いですが、なかなか面白かったです。ストレスのたまる箇所もありましたが、ラストシーンはとても良かったですね。

 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「自ら幸せをつかもうとするロシア系アメリカ人のストリップダンサーを描くコメディー。ニューヨークを舞台に、ロシア人の御曹司と知り合い結婚したストリップダンサーが、自らの結婚を無効にしようとする存在に立ち向かう。監督などを手掛けるのは『レッド・ロケット』などのショーン・ベイカー。マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリソフらが出演している。第77回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した」

 ヤフーの「あらすじ」は、「ニューヨークでストリップダンサーとして働くアノーラ(マイキー・マディソン)は、勤め先のクラブでロシア人の御曹司イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)と出会う。彼がロシアに帰国するまでの7日間、アノーラは多額の報酬でイヴァンの契約彼女になる。パーティーやショッピングなどを楽しんだ二人はラスベガスの教会で電撃結婚するが、イヴァンの両親は彼らの結婚を認めようとしなかった」となっています。
 
「ANORA アノーラ」という映画を一言でいうと、ロシア人の金持ちの馬鹿息子と娼婦の物語です。主人公アノーラは自分のことを「娼婦」ではなく「エロティック・ダンサー」だと言いますが、お金でセックスわけですから立派な娼婦です。映画の冒頭シーンからは、ニューヨークの風俗店で繰り広げられるセクシーなシーンが延々と展開されます。18歳未満は見ちゃダメといったところですが、現在25歳のマイキー・マディソンがアノーラを生き生きと演じています。彼女は。第97回アカデミー賞で主演女優にノミネートされていますが、取るような気がします。
 
 マーク・エイデルシュテインが演じたロシアの御曹司イヴァンは、ものすごい豪邸に住んでいます。風俗店でアノーラに初めて会ったときはチップをはずみ、彼女と1週間の恋人契約をするときも大金をチラつかせます。ラスベガスに行ったときも散財の限りを尽くし、とにかく絵に描いたような馬鹿息子。そんなに贅沢ができるなんて父親は何の仕事をしているか知りたいですが、イヴァンは「薬物のエージェント」とか「銃のエージェント」とか冗談を言いますが、結局わかりませんでした。でも、父親の言動には100パーセント好感が持てましたね。何の仕事をしているにしろ、父親は風格もありますし、苦労して現在の地位を築いたということがわかります。

 苦労してロシアの新興財閥を立ち上げた父親の立派さに比べて、息子のイヴァン(イワン)はまるでダメです。勉強も仕事もしないで、風俗嬢に入れあげているイヴァンは馬鹿そのもの。わたしは童話の「イワンのバカ」を連想しました。アノーラもイヴァンもともに愚かではあるのですが、ストリップダンサーのアノーラが幸せを夢見て"玉の輿"に乗ろうとするのは当然のことであり、責められる筋合いはありません。悪いのはイヴァンです。ロシアに帰国するのが嫌でグリーンカード取得のためにアノーラを利用しようとした疑いも強く、まったく許せません。特に、アノーラに謝罪するべきときにしなかったのはクズの極みでした。イワンの馬鹿ならぬイワンの屑です。
 
「ANORA アノーラ」は、1990年のアメリカ映画「プリティ・ウーマン」と比較されることが多いようです。シンデレラ・ストーリーの王道であり、「マイ・フェア・レディ」(1964年)の現代版として、女性たちに絶大な人気を誇り、1990年の全米興行第1位となった作品ですね。ウォール街きっての実業家ルイス(リチャード・ギア)が気まぐれに1週間のアシスタント契約を結んだコールガールのビビアン(ジュリア・ロバーツ)。しかし、彼女は瞬く間にエレガントな女性に変身。その美しさと勝気な性格にルイスは次第に心魅かれてい物語です。親のすねをかじっているイワンのバカと比べて、ルイスは自身の実力で金持ちなわけですからカッコいいですね。映画に登場するイチゴとシャンパンの組み合わせもよく真似したものです。主題歌は、「マイ・フェア・レディ」が公開された1964年に発売され、全米、全英1位に輝いたロイとビル・ディーズの共作曲「オー・プリティ・ウーマン」ですが、わたしの大好きな曲です。

 当初、「プリティ・ウーマン」にはまったく異なる結末が用意されていたそうです。エドワードとビビアンはリムジンでホテルを一緒に出発しますが、オリジナルの脚本では、エドワードは彼女をビバリーヒルズの街角で降ろし単身でニューヨークへ帰ることになっていたのです。最初の脚本は今よりもずっと暗くて重たいものでした。ビビアンは身体を壊し、オリジナルストーリーでは道端で最期を迎えることになっていたのです。撮影を担当していたプロダクションは資金不足で作業を中止せざるを得なくなり、ディズニーが本企画を引き受けることを申し出ました。ただし、元のストーリーではなくハッピーエンドに変えることが条件だったのです。こうして現在の明るいストーリーが誕生しました。いわば、ディズニーは「現代のシンデレラ・ストーリー」を作るように圧力をかけたわけです。「ANORA アノーラ」はディズニーとは無関係ですから、無理にハッピーエンドにはしませんでした。

 映画の中で、わたしが特に興味を抱いたのは、アノーラとイヴァンがラスベガスの「ドライブスルー教会」で結婚式を挙げるシーンでした。わたしはこれまでラスベガスのインスタント結婚式に法的効果はなく、遊びや洒落のようなものと誤解していたので、本物の結婚式だった事実にちょっと驚きました。酔っぱらった勢いで結婚してしまうカップルもカップルですが、最初からそれを狙ってラスベガスを訪れる者もいるのでしょうね。日本でもこんなインスタント結婚式が実現すれば、もっと結婚件数が増えるかもしれませんね。披露宴は増えないでしょうけど。北九州市もトンチンカンな結婚式場の挙式サポートなどより、結婚そのものが増加するアイデアを出してほしいものですね。
 
「ANORA アノーラ」の監督を務めたショーン・ベイカーは、全篇iPhoneで撮影した「タンジェリン」(2015年)、サブプライム住宅ローン危機の余波に苦しむ貧困層の人々を6歳の主人公の視点から描写した「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(2017年)など、アメリカ社会の「声なき声」をすくいあげ、性産業従事者やマイノリティの等身大の生きざまを、丁寧かつユーモラスに描写し、世界中で称賛を浴びてきました。どの作品においても、「観客に楽しんでもらうのと同時に、映画が扱う題材について議論してもらうことを念頭において、作品を作っている」といいます。長編8作目となる「ANORA アノーラ」では、セックス、美、富というパワーゲームの中で利用されながらも、自らの幸せを勝ち取ろうと全力で奮闘するアノーラの等身大の生きざまを、丁寧かつユーモアを交えながら真摯な眼差しで描いています。さて、現地時間3日にハリウッドで授賞式が行われる第97回アカデミー賞で、「ANORA アノーラ」は作品賞、ショーン・ベイカーは監督賞に輝けるでしょうか?