No.1032
3月9日の日曜日、ネットで非難の嵐となっているカナダのホラー映画「マッド・マウス~ミッキーとミニー~」をシネプレックス小倉で観ました。ホラー映画にはうるさいわたしですが、噂通りの駄作でした。まったく面白くはないですが、いろいろ考えさせられる映画ではありました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「ウォルト・ディズニー社が製作し、2024年に著作権保護期間が終了した短編アニメ『蒸気船ウィリー』をホラー映画化。同作に登場するミッキーマウスが凶悪な殺人鬼と化し、若者たちを血祭りに上げる。メガホンを取ったのは『デスNS/インフルエンサー監禁事件』などのジェイミー・ベイリー。『エア・ロック 海底緊急避難所』などのソフィ・マッキントッシュをはじめ、本作の脚本・製作も務めた『人肉村』などのサイモン・フィリップス、マッケンジー・ミルズ、カラム・シウィックらが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、「21歳の誕生日を間近に控えたアレックスは、アルバイト先のゲームセンターで店長から残業を頼まれる。自分しかいないはずの店内で不審な人影を見かけて恐怖におののくが、実は友人たちが誕生日祝いのサプライズパーティーを仕掛けたのだった。楽しいひとときを過ごしていた彼女たちの前に、ミッキーマウスの姿をした殺人鬼が出現する」となっています。
この作品は、2024年に著作権保護期間が終了した短編アニメ「蒸気船ウィリー」をホラー映画化したものです。「蒸気船ウィリー」は世界初のトーキー・アニメーション、つまり音声つきのアニメーション作品であるとされていますが、正確にはこれは間違いです。この作品以前にマックス・フライシャーが経営していたインクウェル・スタジオの「ソング・カー・テューンズ」やポール・テリーの「ディナー・タイム」などが既に音声つきアニメーションとして制作されています。「蒸気船ウィリー」の価値は、サウンドトラック方式を世界で初めて採用したところにあります。一般的には、この作品がミッキーマウスとミニーマウスのデビュー作とされているため、公開日の11月18日はミッキーとミニーの誕生日、もしくはスクリーンデビューの日となっている。ちなみに、この日はサンレーの創立記念日でもあります。
「マッド・マウス ~ミッキーとミニー~」の冒頭には、「スター・ウォーズ」のオープニングシーンパロディのような断り書きが流れました。内容は「この映画はディズニーとは一切関係がない」「ディズニーと関係を持とうとして連絡したが、完全にスルーされた」「ディズニーには敬意を抱いている」「ちなみに、この映画はジョージ・ルーカスとも関係ない」といった、じつに下らないメッセージでした。本編の中でも2人の男性が「『蒸気船ウイリー』の著作権が切れたよな」「じゃあ、ホラー映画でも作るか」「ミッキーのポルノを作ったらどうだ?」「そんなの変態しか観ないよ」といった、これまた下らない会話を交わすのですが、その直後に惨劇が起こります。
ホラーとしての「マッド・マウス ~ミッキーとミニー~」は、「13日の金曜日」シリーズや「ハロウィン」シリーズの名場面の切り貼りといった感じで、まったくオリジナリティが感じられません。そもそも、なぜ殺人鬼がミッキーの仮面をつけているのか、その理由がまったく見えてきません。殺人鬼が危なくなると瞬間移動するのも、ストレスが溜まりました。これは、ミッキーマウスは1匹しか存在せず世界中のテーマパークを瞬間移動しているという都市伝説に基づく設定なのでしょうが、物語が展開しそうになると、パッと消えるのでイラっとしました。あと副題にあるミニーがまったく出てこないので不審に思い、ネットで調べたところ、最後に一瞬だけ出たみたいですね。わたしは、気づきませんでしたけど...。
こんな下らない映画が作られたのは、「パブリックドメイン」のせいです。著作物や発明などの知的創作物について、知的財産権が発生していない状態または消滅した状態のことをいいますが、日本では「公有(こうゆう)」という言葉を使われることがあります。パブリックドメインに帰した知的創作物については、その知的財産権を行使しうる者が存在しないことになるため、知的財産権の侵害を根拠として利用の差止めや損害賠償請求などを求められることはありません。その結果、知的創作物を誰でも自由に利用できると説かれることが多いです。著作権法第51条では、著作の保護期間は著作者が作品を生み出してから死後 70 年としています。 この期間が過ぎると著作物はパブリックドメインとなります。
ディズニーでアニメ化もされ、世界中で親しまれているA・A・ミルンの児童小説『くまのプーさん』がパブリックドメインに帰したため製作されたホラー映画が「プー あくまのくまさん」(2023年)です。大学へ進学するクリストファー・ロビンに森に置き去りにされ、野生化したプーと仲間のピグレットが人間狩りを繰り広げる物語です。監督・脚本などはリース・フレイク=ウォーターフィールドが担当しまいsた。プーにしろ、ミッキーマウスにしろ、現在のディズニーで使っているキャラクター・デザインに似せることはできないため、ホラー映画にした方が安全という著作権上の問題があるようですね。しかし、プーにしろ、ミッキーマウスにしろ、世界中の子どもたちから愛されているキャラクターを殺人鬼にするとは何事かという意見は多いです。それは、まあ当然ですよね。
「プー あくまのくまさん」をヒットさせてブームの火付け役となった「ジャグド・エッジ・プロダクション」では、今後、『ピーター・パン』『ピノキオ』『バンビ』のホラー映画化を計画しており、最終的には「プーニバース」という世界観のシリーズ化を企んでいるそうです。「パブリックドメインを悪用して、けしからん!」という声も聞こえてきそうですが、考えてみればディズニーだって、ミッキーマウスこそオリジナルにしろ、『くまのプーさん』『ピーター・パン』『ピノキオ』『バンビ』をアニメ化したわけですし、もうすぐ実写版が日本公開される「白雪姫」だって『グリム童話』、「シンデレラ」は『ペロー童話』、「リトル・マーメイド」は『アンデルセン童話』といった具合に、世界中で愛されてきた名作児童文学を利用してきたという事実があります。
「マッド・マウス ~ミッキーとミニー~」のプロデューサーのサイモン・フィリップスは、「プーのホラー映画ができたらしいという話になって、じゃあミッキーの映画を撮らないとねというような流れになった」と語り、ジェイミー・ベイリー監督は影響を受けたホラー映画について、「サム・ライミの『死霊のはらわた』シリーズが大好きなんだ。『エルム街の悪夢』『ハロウィン』とかのクラシックがね。だから僕たちも怖い映画を撮りたいと思ったんだ。怖いといっても面白い怖さだけどね。どのぐらい怖くできるかと考えた時、『死霊のはらわた』のトーンが僕たちの目指すところだった」と、インタビューで語ります。
ミッキーの殺人の理由が定かではない点については、ジェイミー監督は「マイケル・マイヤーズの『ハロウィン』が典型的な良い例で、なぜ人々を殺すのか理由が描かれていない。殺人鬼はただ殺人鬼であって、ただ恐ろしいだけなんだ。『蒸気船ウィリー』のミッキーを観ると恐ろしいよ。非常にサディスティックだ。ミニーを笑わせるためだけに他の動物を拷問するからね。1920年代の感覚が今のものと違うということだけど。それが僕の考えで、ミッキーが人を殺すのは彼が『蒸気船ウィリー』のミッキーでサディスティックだからだよ」との考えを明らかにしました。それはそうかもしれませんが、それにしても「マッド・マウス ~ミッキーとミニー~」はショボいホラー映画でした。わたしは、「おいおい、せっかくミッキーマウスのパブリックドメイン化に乗じたのなら、もっと怖い映画をしっかり作ってくれよ!」と言いたいです。