No.1034
日中の気温が20度を超えた13日、昼からの出版関係のランチ・ミーティングの前に、朝一番で日本映画「敵」をTOHOシネマズシャンテで観ました。面白くて、恐ろしい映画でした。
ヤフーの「解説」には、「筒井康隆の小説『敵』を実写化したドラマ。妻に先立たれた元大学教授が、徹底した自己管理のもと穏やかな生活を送る中で、不測の事態に襲われる。メガホンを取るのは『騙し絵の牙』などの吉田大八。『ひまわり ~沖縄は忘れない、あの日の空を~』などの長塚京三、『由宇子の天秤』などの瀧内公美、『ナミビアの砂漠』などの河合優実のほか、黒沢あすか、中島歩、カトウシンスケらが出演する」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「77歳の元大学教授・渡辺儀助(長塚京三)は、妻に先立たれたものの自らの起床時間を厳格に守り、食事や衣類、文房具などを丁寧に扱いつつ、預貯金の残高を確認しては生活費があと何年持つかを計算するなど、自己管理を徹底した生活を送っていた。その一方で、時には晩酌を楽しみ、かつての教え子・鷹司靖子(瀧内公美)のことが気になるなど、人間臭い面もあった。そんな彼に、思いも寄らぬ出来事が降りかかる」
原作小説の『敵』を筒井康隆が書いたのは1998年。アマゾンの内容紹介には、「思い出そうとすればするほど消えてゆく夢のように、書き綴ろうとすればするほど非現実化する現実――」として、「渡辺儀助、75歳。大学教授の職を辞して10年。愛妻にも先立たれ、余生を勘定しつつ、ひとり悠々自適の生活を営んでいる。料理にこだわり、晩酌を楽しみ、ときには酒場にも足を運ぶ。年下の友人とは疎遠になりつつあり、好意を寄せる昔の教え子、鷹司靖子はなかなかやって来ない。やがて脳髄に敵が宿る。恍惚の予感が彼を脅かす。春になればまた皆に逢えるだろう......。哀切の傑作長編小説」とあります。
映画「敵」は、2024年に開催された第37回東京国際映画祭において、東京グランプリ/東京都知事賞、最優秀監督賞(吉田大八)、最優秀男優賞(長塚京三)の3部門を受賞しました。日本映画が最高賞に輝くのは第1回(1985年)の相米慎二監督「台風クラブ」、第18回(2005年)の根岸吉太郎監督「雪に願うこと」以来、19年ぶり3回目となります。ずっと観たかった作品ですが、シャンテで朝一の上映だけなので、なかなか鑑賞の機会を得ることができませんでした。今回やっと観れたわけですが、恐ろしい映画でした。老人の性欲、老人の妄想、老人の孤独、老人の絶望......本当に、どんなホラー映画よりも恐ろしかったです。
鬼才・吉田大八監督が筒井康隆の原作をもとに作り上げた恐るべき老人映画「敵」ですが、映画の完成後にDVDを筒井康隆に送った吉田監督は老作家から「傑作です」というメールを受け取り、感動で震えたそうです。長塚京三は俳優デビュー50周年、12年ぶりの主演作となりました。見事に最優秀男優賞を受賞した長塚は、「年をとり、ひとりぼっちで助けもなく"敵"に閉じ込められてしまう役柄でしたが、実際には味方もいるんですね。味方でいてくれた人、ありがとう」と受賞の喜びをコメント。「引退しようかなと思っていた矢先なので、うちの奥さんは大変ガッカリするでしょうけど、もうちょっと(笑)」とさらなる俳優道に意欲を燃やしました。
長塚京三は、1945年(昭和20年)、東京都世田谷区出身。早稲田大学第一文学部演劇科中退。早大では演劇サークル劇団木霊に入り、当時の部の仲間には久米宏や田中眞紀子がいた。タモリと若本規夫とは、同じ大学の同窓であり、同学年です。のち、渡仏してパリのパリ大学に留学。1974年、同大学留学中にジャン・ヤンヌ監督作品「パリの中国人(原題:fr:Les chinois à Paris)」の主役に抜擢されて俳優デビューを果たしました。パリ大学には6年間留学しており、今回、外国人記者クラブで外国特派員に流暢なフランス語で挨拶したのは本場仕込みでした。フランス文学専攻の元大学教授も適役でしたね。
長塚京三の若手の頃は悪役・エリート役・恋敵役が多かったのですが、1995年の「サントリーオールド」のCM出演をきっかけに、中年以降は「理想の上司像」とされる役柄をこなすようになります。「ナースのお仕事」シリーズや「篤姫」などのTVドラマでも好演、幅広い層から人気を博すようになりました。舞台でも読売演劇賞優秀賞受賞作品「オレアナ」に主演して話題を呼びました。私生活では2児をもうけたのち1982年に離婚して以降は長らく独身を貫いていましたが、2009年10月20日に息子の長塚圭史が女優の常盤貴子と結婚した翌日の10月21日に個人事務所の女性マネジャーと再婚しています。
長塚京三といえば、1997年公開の日本映画「恋と花火と観覧車」が思い起こされます。企画・脚本は秋元康でした。 男やもめの中年男(長塚京三)と、結婚情報サービスで知り合った年下の女性(松嶋菜々子)の恋愛模様を描いたロマンティック・コメディです。 長塚が出演した「サントリーオールド」のCMの役柄を踏襲しており、それまでの悪役のイメージを転換させ、「理想の上司」像を体現する俳優として脱皮するきっかけになった作品です。このとき52歳だった彼ですが、映画では48歳の設定でした。現在は79歳ですが、「敵」では75歳の役を演じています。「敵」では、瀧内公美、黒沢あすか、河合優美といった女優陣も印象深い演技を見せてくれましたね。存在感のある彼女たちと絡む長塚京三演じる渡辺儀助の存在感のなさに哀切を感じました。