No.1038


「春分の日」の夜、英国アカデミー賞で作品賞を含む4冠に輝き、米国アカデミー賞では8部門にノミネートされ、脚色賞を受賞したアメリカ・イギリス映画「教皇選挙」をシネプレックス小倉で観ました。ラストのどんでん返しには度肝を抜かれました。ちなみに、このレビューではネタバレは一切していませんので、ご安心下さい!

 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「ロバート・ハリスの小説『CONCLAVE』を原作に、ローマ教皇選挙を題材に描くミステリー。ローマ教皇の死去に伴い枢機卿たちが新教皇を決める教皇選挙(コンクラーベ)を取り仕切る中で、ある秘密が浮かび上がる。監督を務めるのは『西部戦線異状なし』などのエドワード・ベルガー。『ザ・メニュー』などのレイフ・ファインズ、『ザ・サイレンス 闇のハンター』などのスタンリー・トゥッチのほか、ジョン・リスゴー、イザベラ・ロッセリーニらがキャストに名を連ねる」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「カトリックの最高指導者であると同時にバチカン市国の元首でもあるローマ教皇が死去し、新教皇を選ぶ教皇選挙(コンクラーベ)が行われる。ローレンス枢機卿(レイフ・ファインズ)が、新教皇を決定する教皇選挙のまとめ役を務めることになり、100人を超える候補者たちが世界中から集まる中で、密室での投票が始まる」

 わたしは、上智大学の客員教授に就任したときから、全世界に14億人以上のの信者がいるカトリックの最高司祭たるローマ教皇を枢機卿による投票で選出する「コンクラーべ」に強い関心を抱いていました。コンクラーべは、「教皇選挙」を意味する言葉。Conclave とはラテン語で "cum clavi"(鍵がかかった)の意味ですね。教皇として選ばれるためには、投票総数の3分の2以上を得る必要があります。 投票は無記名で、選挙初日の午後に1回目が行われる。 決まらない場合、2日目以降は午前と午後に各2回ずつ1日合計4回を3日目まで行い、それでも決まらない場合は、最大1日間の祈りの期間をとった後、同様の方法で投票が行われます。日本語の「根競べ」に比喩されるのは有名ですね。
 
 コンクラーベのシステムは、カトリック教会の歴史の中で何世紀もかけて、他国の干渉を防止し秘密を保持するため練り上げられてきたものです。歴代の教皇たちは、選挙の方法を変更することや望むなら枢機卿団を総入れ替えすることも認められていましたが、後継者を指名することだけは許されませんでした。初代教会の司教たちは、その共同体の創始者によって指名されていたと考えられています。やがて、ローマやそのほかの地域で、司祭と信徒、近隣教区の司教たちが集まって司教を決定する方法がとられるようになりました。歴史に揉まれてきたわけです。

 教皇に選ばれる権利のあるのは聖職者のみでしたが、彼らには投票権は与えられませんでした。その代わりに彼らには教皇を決定し承認する権利が与えられていました。司教はそのプロセスの監視の任を負っていたのです。教皇候補者が決定すると信徒の同意が求められ、同意を受けて新教皇が決定しました。民衆が大声で同意(あるいは不同意)を示すのは古代以来のローマの習慣でした。選出の過程で不透明な部分があると候補者認可が紛糾し、対立教皇が立つというのも古代ではよくあることだったそうです。
 
 769年に行われた「ラテラン教会会議」で正式にローマの信徒による承認が廃止されましたが、862年に行われた「ローマ司教会議」では貴族に限ってその権利を復活させました。1059年、ニコラウス2世は教令を発し、枢機卿就任のためにローマの聖職者と信徒の同意を必要とした上で、教皇は枢機卿団から選ばれることと初めて決定しました。当時は司教枢機卿たちが最初に集まって誰が次の教皇にふさわしいか討議し、話がまとまったところで司祭枢機卿・助祭枢機卿が呼ばれて投票を行う形でした。1139年、ラテラン教会会議で教皇や枢機卿の選出における信徒と下級聖職者の同意が完全に廃止されました。
 
 1059年以来、枢機卿団が教皇選出の任務を担っていますが、1268年のクレメンス4世死去後の教皇選挙が紛糾して3年近く空位が続いたことに怒った民衆が選挙者たちを会場から出られないように閉じ込めたという故事があり、これがコンクラーべの起源といわれています。現在のコンクラーべの原型は1274年の第2リヨン公会議での議決に基づいている。このように長年行われてきたコンクラーベですが、映画「教皇選挙」でその様子がよくわかりました。ちなみに「教皇選挙」という日本語タイトルよりも原題通りの「コンクラーベ」の方が良かったです。

「教皇選挙」のストーリーを追うとネタバレになるので控えますが、コンクラーベの内情が描かれたことは興味深かったです。2015年のイタリア映画「ローマ法王になる日まで」を思い出しました。中南米出身者として初めてローマ法王に選出された、ホルヘ・マリオ・ベルゴリオの波乱に満ちた半生を追った人間ドラマです。イタリア移民の子としてブエノスアイレスに生まれた男が20歳で神と共に歩み始め、軍部による恐怖政治下で苦悩しながらも必死に光を追い求める姿を描きます。コンクラーべのためにバチカンを訪れたベルゴリオ枢機卿は、運命の日を前に自身の半生を振り返るのでした。
 
 また、2011年のイタリア映画「ローマ法王の休日」も思い出しました。ナンニ・モレッティ監督が贈る、法王版「ローマの休日」です。ローマ法王死去――。この一大事を受けヴァチカンで開催されるコンクラーベ。聖ペドロ広場には、新法王誕生を祝福しようと民衆が集まり、世紀の瞬間を心待ちにしていました。そんな中、投票会場のシスティーナ礼拝堂に集められた各国の枢機卿たちは、全員が心の中で「神様、一生のお願いです。どうか私が選ばれませんように――」と、必死に祈っていました。こうして新法王に選ばれてしまったのは、ダークホースのメルヴィル。メルヴィルは早速バルコニーにて大観衆を前に演説をしなければならないが、あまりのプレッシャーからローマの街に逃げ出してしまうのでした。

 さらには、2019年のアメリカ・アルゼンチン・イギリス・イタリア映画の「2人のローマ教皇」があります。名優アンソニー・ホプキンスとジョナサン・プライスを主演に迎え、カトリック教会における歴史的転換点の裏側を描き出す。2012年、カトリック教会の方針に納得できないベルゴリオ枢機卿(ジョナサン・プライス)は、ベネディクト教皇(アンソニー・ホプキンス)に辞任の意思を伝えます。しかし、スキャンダルの問題で苦悩するベネディクト教皇は辞任を許可せず、ベルゴリオ枢機卿をローマに呼び寄せます。正反対の考え方を持つ2人は、時間を共有する中で理解を深めていくのでした。
 
 わたしはカトリック信者ではありませんが、映画「教皇選挙」はミステリー要素もあって、とても面白かったです。監督は、「世界にはいろんな宗教、宗派がありますが、その中で人類が探求したいことは共通していると思います。それは「生きることの意味を見出したい」「なぜ自分はこの世に産み落とされたのかを知りたい」「自分の幸福をどう追求していけばいいのかを知りたい」ということ。願いはみんな一緒ですから、異なる宗教観の間でも共通項はきっとあると思います」と語っています。この映画を観て、正直、「教皇選挙というのは結局は権力闘争だな」と思いました。この日の昼間、ブログ「春彼岸法要」で紹介した儀式に参加したのですが、「やっぱり、日本人として仏教が馴染むなあ」と感じました。そのとき一緒だった長女夫妻とシネプレックス小倉でバッタリ会って、3人で一緒に「教皇選挙」を観ました。キリスト教の映画なのに、仏様に導かれた「ご縁」を感じましたね