No.1057
4月25日の午後一番、岐阜から京都経由で小倉に戻りました。その夜は、当日公開されたばかりのアメリカ・カナダ映画「異端者の家」をシネプレックス小倉で観ました。ヒュー・グラント主演のサイコスリラーですが、内容が来月刊行のわたしの対談本のテーマと丸かぶりだったので驚きましたね。とても怖くて面白い映画でした。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『ノッティングヒルの恋人』『ラブ・アクチュアリー』などのヒュー・グラントが謎めいた主人公を演じるサイコスリラー。ある男性の家を訪れた二人のシスターが、さまざまな恐ろしい仕掛けが張り巡らされた家でサバイバルを繰り広げる。監督を務めるのは『クワイエット・プレイス』の原案・脚本や『65/シックスティ・ファイブ』の監督などを担当したスコット・ベックとブライアン・ウッズ。『ブギーマン』などのソフィー・サッチャーや『フェイブルマンズ』などのクロエ・イーストが共演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「二人のモルモン教宣教師のシスターが、大雨の降る中、ある家を訪ねる。玄関に現れたミスター・リード(ヒュー・グラント)は、雨に濡れるからと二人を家の中へ誘う。妻が中にいるという言葉を信じて、家へと入っていった二人だったが、そこは一度入ったら脱出不可能な仕掛けの張り巡らされた家だった」
まず、この映画、ものすごく怖いです。その怖さも一般的なホラー映画のそれとは違って、人間の心の奥底に潜んでいる闇を覗き見るような怖さです。そのような心理的恐怖に加えて、スプラッター的な要素もある。「異端者の家」を製作したA24の作品では、一条真也の映画館「ミッドサマー」で紹介した2019年のアメリカ・スウェーデン合作映画がまさにそんな映画でした。アリ・アスター監督の北欧ホラーですね。ちなみに、ヒュー・グラントはホラー映画が大の苦手で、スウェーデン出身の夫人とともに「ミッドサマー」のDVDを観たところ、カウンセリングが必要なほどの精神状態になったとか。
「異端者の家」を観て驚いたのは、宗教問答がメインの映画だったことです。それも、ガチの宗教問答でした。モルモン教の宣教師のシスターが監禁される話というのは予告編で知っていたのですが、それはあくまで登場人物のキャラ設定にすぎないと思っていました。それが待ち受けていたヒュー・グラント演じるミスター・リードはモルモン教徒を論破せんと企んでいる宗教通のオヤジで、外見や話しぶりはソフトなのですが、その中身はものすごくダークな怪人でした。天才的な頭脳を持つリードは、「どの宗教も真実とは思えない」と持論を展開します。
「異端者の家」は、脱出サイコスリラーです。布教のため森に囲まれた一軒家を訪れた2人の若いシスターがドアベルを鳴らすと、気さくな男性リードが姿を現します。妻が在宅中と聞いて安心した2人は、家の中で話をすることにします。しかし、不穏な空気を感じた彼女たちは密かに帰ろうとしますが、玄関の鍵は閉ざされており、助けを呼ぼうにも携帯の電波は繋がりません。わたしは、宗教の布教でなくても、女性が他人の家を訪問する危険性を想像しました。この映画を観た前日は、互助会の募集キャンペーンの表彰式に参加し、若い女性社員が入賞したことを大いにお祝いしたのですが、彼女たちが危険な目に遭うことを考えると、心配性の父親のような気分になりました。
「異端者の家」の2人のシスターが信仰しているモルモン教徒とは、いかなる宗教なのか? 正式名称は「末日聖徒イエス・キリスト教会」で、イエス・キリストの元の教会の復元を主張する非三位一体派のキリスト教会です。本部はユタ州ソルトレイクシティにあり、全世界で1700万人以上の会員と62544人のフルタイムのボランティア宣教師を擁しています(2022年12月統計)。宗教学上ではキリスト教系の新宗教に分類されています。プロテスタントの一派と定義する見解もあるようですが、一般的には異端視されています。
モルモン教の創始者ジョセフ・スミス・ジュニアによれば、スミスが受けた神の啓示によって原始キリスト教会が現代に回復されたといいます。キリスト教の聖書の他に『モルモン書』など独自の聖典を持ち、教義においては三位一体説の否認、キリストおよび死者の復活、キリストの再臨、千年王国(至福千年)を説いています。かつて一夫多妻を認めていた時期があり、創始者スミスもそうでした。「異端者の家」のリードはこの点を最初に糾弾するのですが、物語が進んでいくうちに、そんな彼もまた歪んだ形で一夫多妻を実現しようとしていたことがわかります。
『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』
宗教通であるリードは、三大一神教であるユダヤ教・キリスト教・イスラム教について言及します。彼いわく、「ユダヤ教は最初のバージョン」「キリスト教は一番大きなバージョン」「イスラム教は一番新しいバージョン」などと表現して、ユダヤ教をパクったものがキリスト教とイスラム教だと訴えます。さらに彼は、「マクドナルドをパクったバーガーキングやウェンディーズと同じだ」などと暴言を吐き、イエス・キリストも世界各地の神話に登場する神のパクリだなどと言うのでした。わたしには『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(だいわ文庫)という著書がありますが、三大一神教のルーツが同じことは確かでも、もちろん3つの宗教には違いもあります。また、宗教だけでなく、先に登場した存在から影響を受けながら変化を加えていくのがあらゆる文化ジャンルの本質であり、「パクリに過ぎない」というリードの主張は的外れです。
サイコパスな宗教オタクを演じたヒュー・グラントは、インタビュー映像の中で、リードについて「彼は孤独だけど自分は面白いと信じてて、人気のある教授のような存在だと思い込んでいるんだ。実際は嫌われてるけどね。だからこそ演じてみたいと思った。魅力的で恐ろしいキャラクターなんだ」とその魅力を語っています。映画「異端者の家」は会話劇の要素も強いですが、リードの膨大な知識量に基づいた圧倒的な長台詞も見どころです。あるシーンの台本は10ページ分を1カットで撮影したというから凄まじいですが、グラントは「長台詞のシーンは楽しめた」と余裕のコメントを残しています。流石ですね!
近刊『宗教の言い分』(弘文堂)
映画「異端者の家」を観て、何より驚かされたのは、東京大学名誉教授で宗教学者の島薗進先生と小生の対談本である『宗教の言い分』(弘文堂)の内容とシンクロしていたことです。同書は、宗教を学問として研究してこられた島薗先生と、宗教を儀式として提供してきたわたしが「宗教とは何か」「宗教は人を救うのか」といった問題をさまざまな視点で語り合った一冊で、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教から世界平和家庭連合(旧統一教会)・創価学会・幸福の科学まで、ありとあらゆる宗教の本質を語り尽くしています。宗教を布教したい人も、布教されるのを避けたい人も必読の書だと自負しています。5月29日に発売が決まりました。どうぞ、お楽しみに!