No.1071
東京に来ています。5月21日の朝、業界の会議に参加する前にシネスイッチ銀座で日本のドキュメンタリー映画である「104歳、哲代さんのひとり暮らし」を観ました。非常に感動し、何度も涙しました。こういう良質の映画を上映するシネスイッチ銀座の素晴らしさを再認識しました。
ヤフーの「解説」には、「100歳を超えて広島県尾道市で一人暮らしを続ける石井哲代さんの日常を追ったドキュメンタリー。『102歳、一人暮らし。哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方』などの著書で知られる哲代さんの101歳から104歳までの姿を映し出す。監督などを手掛けるのは山本和宏。俳優のリリー・フランキーがナレーションを担当している」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「広島県尾道市。石井哲代さんは小学校の教員として働き、退職後は民生委員なども務めてきた。83歳で夫を見送って以来、哲代さんはめいや近所の人々と助け合いながら過ごし、100歳を超えても自宅で一人暮らしを続けている。いりこでだしをとった味噌汁を作り、家の周りの草をむしり、近所の人々とお茶を飲みながら語り合い、たまには病院の世話になることもあった」
『102歳、一人暮らし。哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方』石井哲代、中国新聞社著(文藝春秋)は、大きな反響を呼びました。アマゾンの内容紹介には、「よく寝てよく食べよくしゃべる。こんなかわいいおばあちゃんになりたい!『中国新聞』に"人生100年時代のモデル"として密着記事が連載され、RCCテレビ『イマナマ!』にも出演し、広島で大人気!」「102歳の哲代おばあちゃん、初めての本。自分らしくご機嫌に老いるためのヒントが満載」と書かれていますが、当時からさらに2年が経過し、哲代おばあちゃんは104歳になりました。
哲代さんは、著書『102歳、一人暮らし。哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方』の中で「老いるとできないことは増えるし、心がふさぐ日もあります。でもね、嘆いてもしょうがない。私は自分を励ます名人になって、心をご機嫌にしておくんです。人を変えることはできませんが、自分のことは操作できますけえな。そんなおばあさんのひとり言を集めたような本でございます。あの世で夫も大笑いして読んでくれとることでしょう」と書いていますが、映画の中でも同じメッセージが繰り返されます。
この映画の主人公である哲代おばあちゃんこと石井哲代さんは、1920年、広島県の府中市上下町生まれ。20歳で小学校 教員になり、56歳で退職してからは畑仕事に勤しむ。近所の人からは、いまも「先生」と呼ばれている。26歳で同じく教員の良英さんと結婚。子どもはおらず、2003年に夫が亡くなってからは親戚や近所の人に支えられながら一人暮らしをしている。100歳を超えても元気な姿が「中国新聞」やテレビなどで紹介されて話題になり、著書やこの映画も生まれました。
この映画を観て、改めて認識することは哲代おばあちゃんの聡明さです。名前には親の願いが込められているといいますが、哲代の「哲」の文字からそのことが窺えます。彼女の言葉には、まさに哲学者の金言のような深みがありました。そんな哲代さんが長男の嫁でありながら子どもに恵まれなかったことに負い目を感じ続けていることを知りましたが、これまでの長い歴史の中で同じ思いをした女性がどれだけいたかを想像すると気が遠くなる思いです。教員仲間だった夫が亡くなるとき、哲代おばあちゃんは腕枕をして看取ってあげたことを知り、泣けました。
子どものいない哲代おばあちゃんですが、姪御さんをはじめ、多くの人々がサポートしてくれます。また、「なかよしクラブ」という高齢者の会を組織し、隣人との交流に努めます。哲代おばあちゃんは小学校の教師でしたが、最初に担任を受け持った生徒たちの同窓会に出席するシーンがあります。生徒たちは2023年当時で米寿を迎えているそうなので、わたしの父と同じ1935年(昭和10年)生まれだと思われます。彼らが哲代先生を前に「仰げば尊し」を合唱するシーンも泣けて仕方がありませんでした。
今年は戦後80年の節目の年ですが、先の戦争が開戦したときのことを小学校教師だった哲代おばあちゃんはよく記憶していました。全校朝礼で「戦争が始まった!」と叫んだ校長先生の狼狽ぶりとともに、「この子たちを戦争に行かせたくなかったので、早く終わってほしいと願いました」と回想する哲代おばあちゃんの言葉は、貴重な歴史の証言でした。ラストシーンでは、哲代おばあちゃんが奏でる大正琴の音色が流れますが、それは「みなさん、どんな辛いことがあっても、最後まで生きてくださいね!」という観客へのメッセージのように思えました。
哲代おばあちゃんには子どもがいませんから、当然ながら孫も子孫もいません。それでも、笑顔で生きていられるのはご先祖様を大事にしているからではないかと思いました。映画の中では、哲代おばあちゃんが仏壇に向かって語りかけるシーンが何度も流れました。「死者とともに生きる」という意識は、彼女を死の不安から解放しているように思えてなりません。死とは、亡くなった夫やご先祖様のところへ行くことにほかならないのです。
『人生の修め方』(日本経済新聞出版社)
拙著『人生の修め方』(日本経済新聞出版社)にも書いたように、「人生100年」時代ですが、この映画は人生を修めるヒントに満ちています。哲代おばあちゃんのように何にでも感謝して、上機嫌に生きることができれば幸せだと痛感します。本当に、素晴らしいドキュメンタリー映画でした。哲代おばあちゃんと同じように広島県で一人暮らしをしている義母のことが心に浮かんできて、泣けて仕方がありませんでしたね。最後に、ナレーションを務めたリリー・フランキーが良かったです。彼は見た目はアレですが、その声は耳に心地よく、優しさに溢れていました。
シネスイッチ銀座にて