No.1091
日本映画「でっちあげ~殺人教師と呼ばれた男」をシネプレックス小倉で観ました。実話に基づく作品ですが、非常に考えさせられました。自身の妄想で真実を捻じ曲げる人が実在することに恐怖を感じるとともに、「やっていないことは、やっていない」と言い続ける主人公の勇気に感動しました。法廷映画としても最高傑作だと思います。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「2003年に教師による児童へのいじめが認定された体罰事件の真相を追った福田ますみのルポルタージュを映画化。児童への体罰を行ったとして告発された小学校教諭が、メディアの過熱報道などによって追い詰められていく。監督は『悪の教典』などの三池崇史、脚本は『咲-Saki-』シリーズなどの森ハヤシが担当。殺人教師に仕立て上げられる小学校教諭を『楽園』などの綾野剛が演じ、三池監督作『着信アリ』などの柴咲コウ、同じく『怪物の木こり』などの亀梨和也のほか、木村文乃、光石研、北村一輝、小林薫らが共演する」
ヤフーの「あらすじ」は、「2003年。小学校教諭・薮下誠一(綾野剛)は、児童・氷室拓翔(三浦綺羅)にいじめ同然の体罰を行ったとして彼の母親・律子(柴咲コウ)から告発される。その情報をかぎつけた週刊誌記者・鳴海三千彦(亀梨和也)が実名報道に踏み切り、記事の過激な内容に世間は騒然とする。史上最悪の殺人教師と呼ばれメディアの標的となった誠一は、誹謗中傷や裏切り、停職処分などによって日常が崩壊し、絶望に押しつぶされていく。一方で律子を支持する声は多く、550人もの大弁護団が結成され民事裁判へと発展する」となっています。
この映画の原作は、ノンフィクション作家の福田ますみが書いた『でっちあげ』という本です。アマゾンの内容紹介には、「先生がねえ、死ねって、ぼくに言いよった......ある日突然『殺人教師』にされた――恐怖の実話ドキュメント!『早く死ね、自分で死ね。』2003年、全国で初めて『教師による児童へのいじめ』と認定される体罰事件が福岡市で起きた。地元の新聞報道をきっかけに、週刊誌やワイドショーが大々的に報じ、担当教諭は『史上最悪の殺人教師』と称され、停職処分に。児童側はさらに民事裁判を起こし、舞台は法廷へ映り、正義の鉄槌が下るはずだったが、待ち受けていたのは予想だにしない展開と、驚愕の事実であった......。第六回新潮ドキュメント賞受賞。累計13万部突破、恐怖のロングセラー」と書かれています。
原告である児童の母親(柴咲コウ)によれば、教諭の薮下(綾野剛)が家庭訪問の際、児童の曽祖父がアメリカ人であることを聞き、児童の「血が穢れている」などの人種差別発言を行ったといいます。翌日以降、児童らが帰り支度をしている際、教諭は児童に対し、教諭が10数える間に帰りの準備をするように命令。できないと「ミッキーマウス(両耳を掴んで持ち上げる)」「ピノキオ(鼻をつまんで振り回す)」などの「刑」の中から児童に選ばせ、実行するという体罰を行うなどしたといいます。これにより、児童は耳を切るなどの怪我をしました。さらに教諭は児童に対して「お前は生きる価値がないから、死ね」などと発言。教諭によるこれらの虐待行為により、児童はPTSDと診断されたというのです。
児童とその両親は、500人を超える弁護団を結成、福岡市と教諭個人を被告として、民事訴訟を提起します。しかし、訴訟では「児童の曽祖父がアメリカ人」という原告児童・両親の当初の主張が虚偽と判明しました。さらに、開示された児童のカルテの記載からは、児童のPTSDの症状が認められないなどとして、被告は事実関係を激しく争いました。結局、言い渡された福岡高等裁判所判決では、原告らの主張のほとんどが認められず、市の児童に対する330万円の支払いが命じられるにとどまりました。その後、教諭の不服申し立てを受けていた福岡市人事委員会が、市教委の行った懲戒処分を審査。2013年1月、教諭によるいじめの事実は認められないとして、懲戒処分をすべて取り消す裁決がなされたのです。
わたしは、この映画はホラーだと思いました。何よりも原告である児童の母親を演じた柴咲コウの目が怖かった。彼女は、まったく事実と違う妄想を信じて(それとも意図的に?)、無実の人間を殺人教師呼ばわりしたわけですが、世の中には彼女と同じような被害妄想の人間は多いと思います。たとえば最近、事実上は会社から辞職するように仕向けられたのに、まったく関係のない第三者の圧力で辞めさせられたという妄想を抱く人がいるという話を聞きました。彼はその無実の人間をSNSなどで攻撃し続けていますが、ついには肖像権の侵害などに走って一線を踏み越え、彼の実名や元の勤務先の社名も明らかとなり、会社だけでなく社会からもドロップアウトする恐れがあるとか。
わたしも会社の社長をしていると、いろいろ身に覚えのない憶測で物を言われることがあります。普段は相手にせずスルーしますが、あまりにも行き過ぎて、会社のブランドやわたし自身の名誉を棄損する場合は、やはり看過できません。それでも、ブログやXやYouTubeなどで論戦を繰り返すなどの行為は子どもの喧嘩以下。そのような場合は、やはり法律のプロに任せるのが一番。この映画には、小林薫が演じるベテラン弁護士が登場しますが、まさに弁護士の鏡というべき素晴らしいプロフェッショナルでした。わが社にも優秀な顧問弁護士さんがおられますので安心しています。そもそも、社長の立場として言うなら、たとえどんな圧力があったとしても、会社は必要な社員を辞職に追い込んだりはしません。絶対に守りますし、本人が「辞める」と言った場合は絶対に慰留します。慰留がないのはその社員が必要ではなかったということで、それを他人に責任転嫁しても自分がみじめになるだけでしょう。
映画には「朝日新聞」や「週刊文春」などの誤報が社会的に「殺人教師」というイメージを拡散する様子が描かれていましたが、マスコミの責任も大きいですね。「マスゴミ」という言葉もありますが、確かに一時の過熱報道は行き過ぎたものがありました。裏取りをしない取材で記事を書いたり、放送したりするメディアは社会の害悪でしかありません。最近は、マスコミの世界もコンプライアンスが重視されており、結構なことだと思います。情報過多の時代を生きるわたしたちにとって何よりも重要なのは、一方通行の発信を受けたとき、そのまま受け取らずに今一度「考える」ことではないでしょうか。