No.1095


 東京に来ています。一条真也の映画館「夏の砂の上」で紹介した日本映画をTOHOシネマズ日比谷で観た後、雷光を伴う豪雨の中をヒューマントラストシネマ有楽町に移動して、アメリカ映画「フォーチュンクッキー」を鑑賞しました。主人公が思い悩む背景を知って、重い気分になりました。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「2023年のサンダンス映画祭で上映されたドラマ。おみくじクッキーの工場で働く女性が、クッキーに入れるメッセージに自分の電話番号を書き込んだことから、代わり映えのない日々に変化が訪れる。メガホンを取るのはババク・ジャラリ。アナイタ・ワリ・ザダ、『アントマン』シリーズなどのグレッグ・ターキントン、『アイアンクロー』などのジェレミー・アレン・ホワイトらが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「カリフォルニア州フリーモントにあるフォーチュンクッキー工場で働くドニヤは、工場とアパートを行き来するだけの代わり映えのない生活を送っている。彼女は母国アフガニスタンのアメリカ軍基地で通訳として働いていたときのある経験がもとで、慢性的な不眠症に悩まされてもいた。工場でクッキーに入れるメッセージの記載を任されたドニヤは、そのうちのひとつに自分の電話番号を書く。ほどなくして、彼女のもとに一人の男性から『会いたい』と連絡が届く」となっています。
 
 映画の冒頭、フォーチュンクッキー工場で働くアフガニスタン難民の女性であるドニヤが映りますが、顔に表情はなく、つまりは生気というものがまったく感じられません。さまざまな事情からPTSDを発症し、不眠症に悩まされている彼女は、精神科医のもとへ通うのでした。いわば、不幸を絵に描いたようなドニヤが人々に幸福を売るフォーチュンクッキーを作っているというのが皮肉そのものだと言えます。ドニヤを演じたアナイタ・ワリ・ザダは映画初出演のアフガニスタン人で、演技はまったくできないド素人です。表情豊かな演技というものができないので、無表情なドニヤはある意味で適役でした。
 
「フォーチュンクッキー」のメガホンを取ったババク・ジャラリ監督は、イラン人です。イランといえば、同じヒューマントラストシネマ有楽町のシアター2で一条真也の映画館「TATAMI」で紹介したイラン人の女子柔道選手が主人公の映画を観ました。「TATAMI」は、「フォーチュンクッキー」と同様にモノクロ映画です。柔道の国際試合で起きた実話をベースに、イラン代表の柔道選手と監督が自国の政府に受けた圧力やそれによる葛藤を描いたヒューマンドラマです。イスラエル代表選手との対戦を控えた主人公が、政府から棄権を強要されます。両作品にはイスラム社会の不条理な政治的背景がありますが、その不条理さや不穏さをモノクロ画面が見事に表現しています。
 
「フォーチュンクッキー」のドニヤが背負っている不条理とは、タリバン政権に由来するものです。1996年にアフガンで政権を握ったタリバンは、極端なイスラム法の解釈をもとに全身を覆うブルカの着用を女性に強制しています。就労や教育を禁止するなど、女性たちにとっては"暗黒時代"となっています。2001年、最初のタリバン政権が崩壊すると女性たちは抑圧から解放され、学校には、男性と一緒に学ぶ女性の姿もみられるようになりました。しかし、2021年、タリバンが復権。暗黒時代に逆戻りするかのように、女性たちはさまざまな権利を奪われていきました。女性が写る看板の設置は禁止され、目以外の顔を出すことも禁じられました。女性だけでは、遠出すらできない。タリバン側は、こうした命令について「女性を守るもの」だと一方的に主張しています。
 
 女性の権利を弾圧するタリバンは、女子教育についても厳しい考えを持っています。「女性たちは、もし勉強したいというならイスラム教の聖典である『コーラン』を勉強するべきだし、それで十分だ。宗教学校に行く以外に外出はダメだ」と言うのです。女性に教育は必要ないというわけです。2001年にアメリカがカブールを解放して、アフガンの女性も大学に行けるようになりました。しかし、20年後にタリバンが復権して、再び女性の暗黒時代が訪れたのです。タリバン復権後、女子教育の環境も悪化する一方です。"男女別学"を条件に大学には女子学生の姿が戻るも、多くの教員が国外に脱出し、十分な講義を受けられていません。じつは、ドニヤはアメリカが女性解放を果たした20年の間に大学教育を受け、通訳の資格を取った才媛でした。それがタリバン復権をきっかけに難民としてアメリカ移住。故郷では「裏切り者」扱いされるのでした。

 そんなアフガン難民のドニヤは、フォーチュンクッキーのおみくじの内容を書く仕事が与えられます。工場のオーナーは、おみくじを書く心構えを述べますが、これがなかなか難しい。あまり楽観的なことを書いてもいけないし、逆に悲観的なことを書いてもいけない。要するに大吉も大凶もダメだということですが、格言がもっとも適しているといいます。また、フォーチュンクッキーの書かれたメッセージは、意識的にしろ、無意識的にしろ、それを読んだ者の精神に必ず影響を与えるといいます。親切なオーナーからそんなアドバイスを受けた後、ドニヤはおみくじ作家となるのでした。わたしは、ドニヤがおみくじを作るシーンを見て、「面白そうだな。やってみたいな」と思いました。たとえば、拙著『心ゆたかな言葉』(オリーブの木)で紹介したようなハートフル・キーワードを駆使したおみくじを作ってみたいです。いや、ほんとに。
 
 フォーチュンクッキーは「おみくじクッキー」とも呼ばれますが、その中に運勢が表記されている紙片(おみくじ)が入っている菓子です。実際はクッキーではなく南部煎餅です。というのも、このお菓子のルーツは日本なのです。二つ折りにして中に短い言葉を表記した紙を入れた形状は、日本の北陸地方などにおいて新年の祝いに神社で配られていた辻占煎餅に由来するもの。1910年から1914年の間に、サンフランシスコのゴールデン・ゲート・パーク内にある日本庭園(ジャパニーズ・ティー・ガーデン)を設計・運営した庭師の萩原眞によって持ち出されアメリカで普及したものと考えられているのです。少し前に、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」が大ヒットしましたが、非常にPOPで明るいナンバーでした。映画「フォーチュンクッキー」のドニヤにも明るい未来が待っていますように......。