No.1113
8月10日、ブログ「アントニオ猪木展」で紹介したイベントへの参加後、日本のホラー映画「近畿地方のある場所について」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。豪雨の中、劇場に何度もスマホの警戒アラームが鳴り響くという異様な雰囲気の中で、異様な物語を堪能しました。グリーフケアの闇の部分について考えさせられました。
ヤフーの「解説」には、「作家・背筋の小説を実写化したミステリー。行方のわからなくなったオカルト雑誌の編集長を捜索する編集者と記者が、近畿地方のある場所が事件に関わっていることを知る。メガホンを取るのは『サユリ』などの白石晃士。『明日の食卓』などの菅野美穂、『366日』などの赤楚衛二らが出演する」とあります。
ヤフーの「あらすじ」は、「幼女の失踪や中学生の集団ヒステリー事件、都市伝説、心霊スポットでの動画配信騒動など、過去の未解決事件や怪現象を調査していたオカルト雑誌の編集長が行方不明になる。彼を捜す編集部員・小沢(赤楚衛二)と記者の千紘(菅野美穂)は、編集長が調査していた事件や現象がすべて近畿地方のある場所につながっていることを知る。その場所へ向かった二人は、そこで思いも寄らぬ事態に見舞われる」となっています。
原作はわたしも読みましたが、大変面白かったです。アマゾンには、「"新しい"情報をお持ちの方はご連絡ください。私、小澤雄也は本書の編集を手掛けた人間だ。収録されているテキストは、様々な媒体から抜粋したものであり、その全てが『近畿地方のある場所』に関連している。なぜこのようなものを発表するに至ったのか。その背景には、私の極私的な事情が絡んでいる。それをどうかあなたに語らせてほしい。私はある人物を探している。その人物についての情報をお持ちの方はご連絡をいただけないだろうか」と書かれています。角川文庫版もあります。
原作小説は面白かったですけど、複数のエピソードの合体といった印象で、それぞれのエピソードは過去に読んだり聞いたりした経験があるような話もありました。原作者の背筋氏も語っていますが、この作品にはアンソロジー小説のような性格があるのかもしれません。でも、映画では白石晃士監督が力技でまとまりのあるホラーとしてのストーリーを与えていました。この映画、ネットでの評価は低いのですが、それは短編ホラーを無理やり繋げたようなストーリーに対しての違和感なのかもしれませんね。
映画「近畿地方のある場所について」の冒頭は、ビデオなどに録画された映像をたどっていくのですが、基本的にフェイクドキュメンタリーであると思いました。フェイクドキュメンタリーとは、架空の人物や事件といったフィクションを"ドキュメンタリータッチ"で描く映像作品です。「モキュメンタリー」などとも呼ばれます。擬似を意味する「モック」と、「ドキュメンタリー」のかばん語であり、「モックメンタリー」「モック・ドキュメンタリー」ともいいます。フェイクドキュメンタリーのジャンルの起源は明確には分かりませんが、映像作品以前では1938年に放送され、オーソン・ウェルズによる実況中継風の演出が話題となったラジオドラマ「宇宙戦争」が有名です。
映画では、フェイクドキュメンタリーは1950年代に登場していますが、なんといっても魔女伝説を扱った低予算映画「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999年)の存在が大きいです。この映画は興行収入の面で大きな成功を収めました。以来、フェイクドキュメンタリーは、アイデアさえあれば低予算であってもヒットを狙える作品として若手作家の登竜門となりました。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」以後も、ある家族に起こる怪奇現象を扱った「パラノーマル・アクティビィティ」(2007年)など、多くの作品が制作されています。
日本では、白石晃士監督がフェイクドキュメンタリーの第一人者として知られています。白石監督は1973年生まれ、2005年に「ノロイ」で劇場作品デビュー。以降、フェイクドキュメンタリーの手法を使った作風が評価され、2012年からリリースを開始したオリジナルビデオシリーズ「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」では、ホラー映画ファンを中心に大きく話題を集めました。また、劇場公開監督作としても多くの作品がありますが、わたしは「オカルト」(2008年)、「カルト」(2013年)、韓国との合作「ある優しき殺人者の記録」(2014年)などが傑作であると思っています。本作「近畿地方のある場所について」は、白石監督のデビュー作である「ノロイ」の雰囲気に似ていると思います。
「CINRA」のインタビューでは、「原作は、ネット掲示板の書き込みや雑誌記事、インタビューの録音データなど、さまざまな媒体に掲載された文章が集積した物語になっており、映像化が難しい作品だと思います。映画化するにあたり、原作のどんな部分を大事にしたいと思いましたか?」との質問に対して、白石監督は「どんなスタイルにするか脚本家やプロデューサーとも話し合ったんですが、全体をフェイクドキュメンタリーのようにする案もあれば、劇映画のドラマにする案もありました。原作にあった生っぽいドキュメント感をなくしたくなかったので、全体は劇映画として菅野美穂さんと赤楚衛二さん演じる2人の主要キャラクターに物語を引っ張ってもらいながら、ドキュメント性を持ったPOV(カメラの視線と登場人物の視線が一致した撮影手法)を取り入れていくことで、フェイクドキュメンタリーと劇映画を両立させようと思いました」と答えています。
主演の菅野美穂は良かったですね。彼女はもともとホラー・クイーンであり、「富江」(1999年)という傑作ホラー映画で主演しています。伊藤潤二の漫画が原作ですが、主人公の富江を不気味に演じ切りました。泉沢月子は3年前の交通事故以来、記憶障害に遭い、精神科医の細野辰子のもとで催眠療法を受けていました。催眠中の月子の口から「トミエ」という言葉が漏れます。そんな細野を、ある刑事が訪れます。彼は月子の元友人・川上富江に関わる謎の怪事件を追い続けていると言うのです。一方、月子の住むアパートに1人の青年が越して来ます。彼が大事そうに抱える鞄の中身は女の生首。彼が愛おしそうに育てるその首は、やがて再生を遂げて1人の美少女の姿となります。彼女こそが富江でした。やがて彼女を巡る男たちが、次々と狂気に囚われてきます。
菅野美穂は「富江」が公開された1999年、もう1本のホラー映画である「催眠」にも出演しています。「催眠」という映画です。松岡圭祐の小説『催眠シリーズ』の映画化です。やや理知的で催眠を真面目に考証した原作と異なり、異常な事件が起こるサスペンスホラー映画として製作されました。東京都内で奇妙な自殺による変死事件が多発。死亡者はいずれも「緑の猿」という謎の言葉を残していました。刑事の櫻井孝典(宇津井健)は心理カウンセラーの嵯峨敏也(稲垣吾郎)に捜査の協力を求める。捜査を続けていると、エセ催眠術師の実相寺則之に捕らわれた入絵由香(菅野美穂)という女性が「緑の猿」に怯えていることがわかります。 やがて、由香と事件の調査が進む内に嵯峨は自分が底知れない恐怖に襲われることになるのでした。菅野美穂が演じたヒロインの入絵由香は特に映画「リング」シリーズの山村貞子のような描写も登場します。
「富江」と「催眠」でホラー・クイーンとなってから、じつに26年。菅野美穂は「オリコン・ニュース」のインタビューで「最初にこの作品の話を聞いたとき、どんな印象を持ちましたか?」との質問を受け、「まず原作の背筋さんの原作小説を読ませていただいて、淡々と状況説明が続くのに、それが積み重なることで高揚感を覚えるような、不思議な読書体験でした。静かなのに熱を感じるような、これまでにないタイプの小説で、『今』という時代と呼吸している作家さんだなと。そんな作品が映像化されると聞き楽しみでしたし、オファーをいただけたことはとても光栄でした」と答えています。「原作と完成した映像作品で、印象の違いはありましたか?」との質問には、「大きな乖離はなかったですね。原作の読後感と、映画を観たあとの感覚がとても近くて。ホラーではあるんですが、ラストまで観ると"現実とは違う世界だな"と感じられて、少し安心できる。途中のほうがむしろ怖いかもしれません(笑)」と語ります。わたしとしては、ホラー・クイーンの四半世紀ぶりの復活が嬉しかったです。
この「近畿地方のある場所について」という映画で特筆すべきは、グリーフケアが持つ危険性を描いている点です。この映画には、ある宗教団体が登場します。あまり詳しく書くとネタバレになってしまいますが、かつて映画の主要な登場人物がその団体に所属していました。愛する人を亡くした人たちが集ったその団体は、集団で狂ったように踊る「あまのいわとや」という名のカルト教団でした。死別の悲嘆の淵にある人々は最も「こころ」が弱っている人々です。そういった人々に忍び寄るカルト宗教は多いです。それを防ぐためにもグリーフケアというものがあるわけですが、気をつけなければいけないのはグリーフケアには、ケアを行う者が悲嘆者の「こころ」を操ることができる危険性を孕んでいるということです。そのため、わたしが理事長を務める一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団では「グリーフケア資格認定制度」を運営していますが、最近、倫理綱領や倫理規定を設けました。
映画「近畿地方のある場所について」の最後は、神社というか、鳥居や祠のある場所でとんでもない怪異が起こります。それを見て、9月19日公開の映画「男神」を連想しました。この映画はまさに神道ホラーなのです。全国各地で母と子の失踪事件が発生していたある日、新興住宅地の建設現場に深い穴が出現します。同じ頃、建設現場で働いている和田(遠藤雄弥)の息子が突然姿を消してしまいます。穴の先には森が広がり、巫女たちが男神を鎮めるための儀式を行っているといいます。息子が穴に迷い込んだと知った和田は、禁忌を破り、息子を助けるために穴に入ることを決意するのでした。この映画には恥ずかしながら小生も出演しており、予告編にも登場します。ホラーにうるさいわたしから見ても怖い映画なので、ぜひご覧下さい!