No.1184
NETFLIX製作のドキュメンタリー映画「私の父は、連続殺人鬼BTK」を観ました。"BTK"の名でかつて恐れられた連続殺人犯。そんなおぞましい"もうひとつの顔"を持った父に育てられた娘が、父の事件について自身の視点から語っていく犯罪ドキュメンタリーです。犯罪加害者家族のグリーフについて考えさせられました。
この映画は、悪名高き連続殺人犯デニス・レイダーの娘であるケリー・ローソンの経験と苦悩を描いたドキュメンタリーです。ごく普通の家庭人であり、教会で役員を務める模範的な市民だった父親が、裏では10人もの人々を「縛って(Bind)、拷問して(Torture)、殺す(Kill)」という残忍な手口で手にかけたシリアルキラー「BTK」だったという衝撃的な事実が描かれています。
ローソンは、2005年に父親が逮捕されるまで、父親の恐ろしい「もう1つの顔」について全く知りませんでした。彼女にとって父は優しい家族でした。心理的葛藤: 映画や書籍では、愛する父親が凶悪な殺人鬼であったという事実を受け入れるまでの彼女の深い苦悩、喪失感、そして向き合いのプロセスが描かれています。「私の父は、連続殺人鬼BTK」では、事件の捜査の経緯、デニス・レイダーが警察やメディアに送りつけた挑発的な手紙、そして現代の科学捜査によって彼が逮捕されるまでの詳細も同時に追及されます。
デニス・リン・レイダーは1945年生まれ。1974年から1991年の間にカンザス州ウィチタ近郊で10人を殺害し、逮捕されるまで30年以上にわたって地元民を恐怖に陥れました。BTKまたはBTK 絞殺魔として知られるアメリカのシリアルキラーです。「シリアルキラー」という英単語は、元FBI捜査官のロバート・K・レスラーが、テッド・バンディ(米国で36人以上の女性を殺害した連続殺人犯、1989年死刑執行)を表すために1984年9月に提唱したとされています。
シリアルキラーは、一般的に異常な心理的欲求のもと、1か月以上にわたって一定の冷却期間をおきながら複数の殺人を繰り返す連続殺人犯に対して使われる言葉です。ほとんどの連続殺人は心理的な欲求を満たすためのもので、被害者との性的な接触も行われますが、動機は必ずしもそれに限りません。猟奇殺人や快楽殺人を繰り返す犯人を指す場合もあります。自らの犯行であることを示す手口やなんらかの固有のサインを残すこともあり、その被害者たちの外見や職業、性別などに何らかの共通点が見られる場合もあります。
デニス・レイダーは1945年3月9日に、デンマーク人、ドイツ人、スイス人の祖先を持つ一家の4人息子の長男としてカンザス州ピッツバーグで生まれ、ウィチタで育ちました 。1966年アメリカ空軍に入隊し、1970年の除隊後、パークシティに引っ越し、そこで母親が簿記係だったスーパーマーケットの食肉部門で働きました。1971年5月22日にはポーラと結婚し、2人の子供をもうけました。エルドラドのバトラー郡コミュニティカレッジに入学し、1973年に電子工学の準学士号を取得。その後、ウィチタ州立大学に入学し、1979年に司法の学士号を取得しています。
レイダーは1974年から1988年までウィチタに本拠を置くADTセキュリティサービスで働き、そこで仕事の一環としてセキュリティ警報を設置する仕事に就きました。当時、多くの人がBTK連続殺人に怯えていたといいます。その後、ウィチタ地域の国勢調査員としても働いています。1991年5月に、彼はパークシティで野良犬保護員とコンプライアンス担当官になりました。近所の人々の評判によれば、非常に厳格で時折熱心になりすぎることがあり、中には彼が理由もなく他人の犬を殺したと訴える者もいました。
レイダーはキリスト教のルーテル教会のメンバーであり、教会では評議会の議長に選出されていたほか、カブスカウトのリーダーでもありました。連続殺人を行っていたあいだ、レイダーは自らの犯罪の詳細を説明する挑発的な手紙を警察と新聞に送りつけています。10年間の潜伏の後、2004年に書簡の送付を再開し、2005年に逮捕、そして自供、有罪判決を受けました。現在彼はカンザス州の刑務所で10回の終身刑に服しています。2005年7月26日、レイダーの逮捕後、彼の妻は「(通常の待機期間を放棄する)緊急離婚」が認められました。
BTK事件は多くのメディア作品を生んでいます。ノンフィクション作家で法医学心理学者のキャサリン・ラムズランドは、レイダーとの5年間のやり取りを元に、『Confession of a Serial Killer(シリアルキラーの告白)』を出版。"ホラーの帝王"と呼ばれる作家スティーヴン・キングは、『A Good Marriage(素晴らしき結婚生活)』およびその映画版はBTKキラーに触発されたと述べています。小説家のトマス・ハリスは、1981年の小説『レッド・ドラゴン』に登場するフランシス・ドレイハイドの性格は、当時犯人が特定されてなかったBTKキラーに部分的に基づいていると述べました。
2005年のテレビ用映画「The Hunt for the BTK Killer」は、 31年間事件を扱ったウィチタ探偵の観点から物語を扱っています。NETFLIXのドラマシリーズ「マインドハンター」には、レイダーと思しきキャラクターが登場します。マイケル・ファイファー脚本・監督、ケイン・ホッダー主演の2008年の映画「B.T.K.」はレイダーを題材としています。ミュージシャンのスティーヴン・ウィルソンが2011年に発表したアルバム"Grace for Drowning"に収録されている"Raider Ⅱ"はレイダーをモデルとしています。
チャーリー・プラマー主演の2018年の映画「クローブヒッチ・キラー」に登場する殺人鬼は、レイダーをモデルとしています。2019年のドキュメンタリー「BTK:A Killer Among Us(BTK-我々の中に居る殺人者)」が公開されました。これほど有名なBTK事件ですが、2019年には本作「私の父は、連続殺人鬼BTK」誕生のきっかけとなった本が出版されています。レイダーの実の娘であるケリー・ローソンが執筆した『A Serial Killer's Daughter: My Story of Faith, Love, and Overcoming(シリアルキラーの娘)』です。彼女は、スティーブン・キングの著作に対して強い怒りをおぼえ、自ら筆を取ったそうです。
ケリー・ローソンは、殺人犯の娘という立場から世間の目に晒され、新たな苦しみを経験します。映画「私の父は、連続殺人鬼BTK」は犯罪被害者だけでなく、加害者の家族が直面する困難にも焦点を当てています。 この作品は、単なる犯罪ドキュメンタリーではなく、極限の状況に置かれた1人の女性の個人的な旅路と、「人は見知らぬ人の恐ろしい側面には気づくことができるが、身近な人の闇には気づけないことがある」というテーマを探求しています。父親の逮捕後、地獄のような人生を送った彼女は「それでも父を愛している」など、映画の中で大胆な発言もしています。
このドキュメンタリー映画を観て、わたしは、犯罪加害者の家族のグリーフケアについて考えました。事件によって「加害者の家族」という社会的な立場を強いられ、想像を絶する困難に直面します。彼らが経験する苦痛は、身内の犯罪行為によって生じた「公認されない悲嘆」を伴うグリーフ(悲嘆)として捉えることができ、適切なケアの必要性があると考えられます。公認されないということは、社会でその悲しみを分かち合えないということでありこの案件に関しては特に社会的に公認されにくいことだと考えられます。
「私の父は、連続殺人鬼BTK」より
公認されないことによって、悲しみを抱えていても誰にも相談できず、1人で抱え込むことになり、孤独・孤立に陥る、社会と断絶するという状況にもつながります。犯罪加害者家族に対するグリーフケアは、彼らの人権を守り、社会的な孤立を防ぎ、最終的に再犯防止にも寄与する重要な社会課題です。彼らの悲嘆が「非公認の喪失」として無視されることなく、精神的、経済的、社会的な側面から包括的な支援体制を確立することが急務と言えます。
「私の父は、連続殺人鬼BTK」より
犯罪加害者家族が直面するグリーフと困難には、まず「社会からの孤立・バッシング」があります。世間からの強い非難や偏見、誹謗中傷にさらされ、人間関係や地域社会から孤立します。「加害者の家族だから仕方ない」「償うべきだ」といった二次加害を受けることも少なくありません。次に「公認されない悲嘆」とは、犯罪行為者との関係性(家族としての絆や愛着)を失うこと、あるいは関係性が一変することによる悲嘆です。この悲嘆は、社会的に公認されにくく、「悲しむ資格がない」と感じてしまう傾向があります。
「私の父は、連続殺人鬼BTK」より
「経済的困窮」もあります。被害者への賠償や、事件の影響による失職、住居の退去などで経済的に困窮するケースが多く、「自殺を選択する事態が考えられる」ほどの状況に追い込まれることもあります。さらに「自責の念と精神的苦痛」があります。「なぜ気づいてあげられなかったのか」「自分にも責任があるのではないか」といった強い自責の念や、PTSD(心的外傷後ストレス障害)様の症状、うつ状態など、深刻な精神的苦痛を抱えます。犯罪加害者家族に対するグリーフケアは、単なる精神的なサポートに留まらず、社会的な孤立を防ぎ、生活再建を支える多角的な支援が求められると言えるでしょう。
「私の父は、連続殺人鬼BTK」より


