No.1221

 
 2月21日、イギリス・スウェーデン・デンマーク・ドイツ・ノルウェー・フランス合作映画「センチメンタル・バリュー」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。第98回アカデミー賞で8部門9ノミネートという大変な話題作ですが、劇場の観客は少なかったです。でも、家族の絆を描いた素晴らしいヒューマンドラマでした。グリーフケア映画としても大傑作で、一条賞大賞の有力候補作!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『わたしは最悪。』などのヨアキム・トリアー監督による人間ドラマ。幼少時に家族を捨てた父親を許せない娘と、俳優である娘を主演に新作を撮ろうとする映画監督の父親との関係を描く。『わたしは最悪。』にも出演したレナーテ・レインスヴェが主人公、彼女の妹を『ビューティフル・ライフ』などのインガ・イブスドッテル・リッレオース、姉妹の父親を『奇跡の海』などのステラン・スカルスガルドが演じるほか、エル・ファニングらが共演。カンヌ国際映画祭グランプリなどを受賞した」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。「ノルウェー・オスロで俳優として活動するノーラ(レナーテ・レインスヴェ)と、その妹で夫や息子と穏やかに暮らしているアグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)。ある日、幼いころに家族を捨てて以来疎遠だった映画監督の父・グスタヴ(ステラン・スカルスガルド)が現れ、自身にとって15年ぶりとなる新作映画の主演をノーラに打診する。今も父に対して複雑な感情を抱く彼女は断るが、ほどなくしてアメリカの人気若手俳優・レイチェル(エル・ファニング)が主演に決定。さらに撮影場所がかつて家族で暮らした実家であることが分かり、ノーラは動揺する」
 
 この映画には、映画監督の父、俳優の姉、歴史学者の妹が登場します。母の死をきっかけに、映画監督で幼い頃に家を出て行った父グスタヴ(ステラン・スカルスガルド)がノルウェーを代表する舞台女優であるノーラ(レナーテ・レインスベ)と妹アグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)の前に現れます。グスタヴはかつて自分が生まれ育ち、自身の母親を失い、娘たちを育てたこの家で、ノーラを主演に映画を撮りたいと打ち明けます。しかし、ノーラは突然帰ってきて勝手なことを言う父に反発。毅然と、父からのオファーを断ります。その後も父娘の関係はギクシャクしますが、本当は心の深い部分で繋がっていることがわかりました。それゆえ、ラストシーンは大きな感動をおぼえました。
 
 父が新作映画のために書いた脚本には「神の不在」というテーマが貫かれていました。これが、スウェーデンを代表する偉大な映画監督であるイングマール・ベルイマンが生涯追求したテーマでした。ベルイマンは艶福家というか恋多き男でもあり、1942年には映画会社のスヴェンスク・フィルム社に入社し、1943年にはエルセ・フィシェルと結婚。なお、1945年にエルセとは離婚し、その後も多くの女性と結婚と離婚を繰り返して、ベルイマンは通算で5度の結婚を行いました。さらには、自作で主演したほとんどの女優と関係を持ったとされています。「センチメンタル・バリュー」に登場する映画監督グスタブは明らかにベルイマンをモデルにしていると思います。
 
 この映画は、家の映画でもあります。わたし自身、築90年という古い家に住んでいますが、主人公の実家は魅力的に思えました。ちなみに、「センチメンタル・バリュー」とは「思い入れのある品々」といった意味です。わが家にも、思い入れのある品々がたくさんあります。そして、この家で2人の娘たちが育ち、巣立っていきました。「センチメンタル・バリュー」は姉妹の物語でもあり、終盤でベッドの上で姉妹が会話する場面は感動的でした。「どうして、あんただけが人生をうまくやれたんだろう?」と問う姉に対して、妹は「私には、お姉ちゃんがいたからよ。お父さんがいなくなって、お母さんがおかしくなっても、お姉ちゃんはいつも私の髪を梳かしてくれて、一緒に学校に行ってくれた。どんなに安心だったことか」と言うのです。その後、姉妹は抱き合いますが、非常に感動的なシーンでした。
 
 1つの家をめぐる歴史を紐解くという意味では、一条真也の映画館「HERE 時を越えて」で紹介した2024年のアメリカ映画を連想しました。「フォレスト・ガンプ/一期一会」(1994年)などのロバート・ゼメキス監督とトム・ハンクスが再び組み、リチャード・マグワイアのグラフィックノベルを原作に描くヒューマンドラマです。地球上のある場所に固定されたカメラを通して、そこで生きるある家族の物語を中心に映し出します。1945年、戦地から戻ったアル(ポール・ベタニー)と妻のローズ(ケリー・ライリー)は家を購入し、やがて息子のリチャード(トム・ハンクス)が誕生する。絵を描くのが上手でアーティスト志望のリチャードは、別の高校に通学するマーガレット(ロビン・ライト)と出会い恋に落ちます。マーガレットは高校卒業後に大学へ進学して弁護士を目指すはずでしたが、予想外の人生が彼らを待ち受けていました。
 
「センチメンタル・バリュー」では、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたレナーテ・レインスヴェが素晴らしいです。これまで彼女の代表作は、本作と同じヨアキム・トリアー監督がメガホンを取った「わたしは最悪。」で(2022年)でした。第94回アカデミー賞の脚本賞と国際長編映画賞にノミネートされたラブストーリーです。30歳になったユリヤ(レナーテ・レインスヴェ)は人生の方向性が定まらず、これまでさまざまな才能を無駄にしてきました。一方、年上の恋人アクセルはグラフィックノベル作家として成功し、最近は家庭を持ちたがっています。ある夜、招待されていないパーティーに紛れ込んだ彼女は、若く魅力的な青年アイヴィンと惹かれ合います。その後アクセルと別れ、新たな恋に踏みだしたユリヤは、その恋に人生の新たな展望を見いだそうとするのでした。
 
 イングマール・ベルイマンはキリスト教を背景に「神の沈黙」に苦しむ人々の不安や信仰の揺らぎ、愛を描きました。一方、ヨアキム・トリガーは無神論者を自認し、神なき人生を描きます。「センチメンタル・バリュー」に登場する姉妹も信仰深い家庭では育っていません。母の葬式を教会で挙げたのも敬虔な信者だったからではなく、「教会が綺麗だったから」と言っています。長女ノーラは、父のグスタヴに対して「神は信じない、私たちの家はそう言うのとは一切無関係」と言います。 トリガー監督の代表作の1つである「オスロ、8月31日」(2011年)の主人公は両親に「信仰は弱さだ」と教わったと回想しています。「映画チャンネル」で、映画ジャーナリストの上條葉月氏は「裏を返せば信仰を持たずに生きることには強さが必要ということになる。神を信じないなら、自分という頼りない存在を信じて生きるしかないのか」と述べています。
 
 ヨアキム・トリアーは、2006年に「Reprise」で長編監督デビューを果たし、ノルウェー国内ではアマンダ賞などを受賞し、さらにトロント国際映画祭、インタンブル、ロッテルダム、ミラノ、カルロヴィヴァリで上映され、国際的知名度を得ました。長編監督2作目「オスロ、8月31日」は第64回カンヌ国際映画祭の「ある視点部門」でプレミア上映され、第84回アカデミー賞外国語映画賞のノルウェー代表候補の3本のうちの1本にもなりました。 上記2作は「オスロ三部作」の内の1作目と2作目に当たります。2015年に公開された第3作目の「母の残像」は第68回カンヌ国際映画祭 のコンペティション部門に出品され、2016年のアマンダ賞では監督賞、脚本賞、撮影賞、編集賞を受賞。同年に本作が日本で初めて公開となりました。2021年の第4作目にして「オスロ三部作」の最終章に当たるのが「わたしは最悪。」です。