No.1238
3月17日の夜、一条真也の映画館「ナースコール」で紹介したスイス・ドイツ合作映画を観た後、続けてTOHOシネマズシャンテでアイルランド・アメリカ合作映画「ブルームーン」のレイトショーを鑑賞。東京に来ると、世界中の映画が観られるので嬉しいです。ただ、映画そのものはあまり面白いとは感じませんでした。昔のブロードウェイに詳しくないと、登場人物同士の人間関係がよくわからない内容でした。
ヤフーの「解説」には、「『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』などの曲を手掛けた、実在のブロードウェイミュージカルの作詞家ロレンツ・ハートの姿を描くドラマ。あるミュージカルの初演を祝うパーティーに招かれたハートが、そこで自分が抱える焦燥や嫉妬、あこがれといったさまざまな感情に向き合う。監督は『ヒットマン』などのリチャード・リンクレイター。リンクレイター監督作『ビフォア・ミッドナイト』などのイーサン・ホーク、『サブスタンス』などのマーガレット・クアリーらが出演する」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「作曲家リチャード・ロジャース(アンドリュー・スコット)と長年タッグを組み、ブロードウェイのミュージカルを手掛けてきたロレンツ・ハート(イーサン・ホーク)。1943年3月31日、ロジャースが新たな作曲家と組んだミュージカル『オクラホマ!』の初演を迎え、その日の夜にブロードウェイのレストラン『サーディーズ』で開かれた初演を祝うパーティーに、ハートが招かれる」
作曲家のリチャード・ロジャースといえば作詞家のオスカー・ハマースタイン(2世)と組んで「サウンド・オブ・ミュージック」をはじめとした多くのミュージカルの名作を生み出し、ブロードウエーで輝かしい成功を成し遂げた人物として知られます。しかし、ロジャースはハマースタインの前に、ロレンツ・ハートという作詞家と組んで成功を収めていました。ロジャース&ハートの作品では「ブルー・ムーン」、「ザ・レディ・イズ・ア・トランプ」、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」などが有名です。映画「ブルームーン」が、ハーツと離れたロジャースがハマースタインという新しいパートナーとともに作り上げたミュージカル「オクラホマ!」の初演が絶賛を浴びた夜の物語です。当然ながら、ハートの孤独が痛いほど伝わってきます。
映画「ブルームーン」は、ブロードウェイ御用達のバーで、傷心のロレンツ・ハートがとにかく喋りまくる物語です。イーサン・ホークの一人語りは凄まじく、たった1人でスクリューボールコメディを演じています。これだけ自我が強くて口の減らない男は、普通は他人から避けられます。わたしも苦手です。でも、そんな彼をウザがらずに相手してくれるバーのバーテンやピアノ奏者たちと会話を楽しみます。けっして上品な大人の会話ではなく、下品な下ネタも含まれています。それらも、すべてハートの孤独な心の裏返しでした。酒とピアノの音楽と葉巻きの煙が漂うバーの店内で、ハートはマーガレット・クアリー演じる女子大生を口説くのですが、その大仰で歯の浮くようなな口説き文句にはひたすら哀しみが溢れていました。
ロレンツ・ハートは、1895年、ニューヨークのハーレムにてユダヤ人移民の父とドイツ系の母のもとに2人兄弟の長男として生まれました。ハートは母方においてドイツの詩人ハインリヒ・ハイネの曾孫甥でした。ハートは父を亡くし母親と共に暮らしていました。アルコール依存症に苦しんでおり、飲み過ぎで数週間連絡がとれないこともありました。ハートの歌詞の多くは、ハートが自分の体を嫌悪しており、報われない愛の吐露です。ハートは周りの人々から、低身長で葉巻臭い自分のことを不快な人物と思われるに違いないと思っていました。また、彼は同性愛者でした。この時代、同性愛者であることを明らかにできず、ハートは秘密にし続けていましたが、歌詞の端々にヒントが隠されていました。
ハートは人生を通して抑うつに悩まされていた。彼の奇行はロジャースとの衝突を度々引き起こし、1943年、ハートが亡くなる直前のパートナーシップ解消へと繋がった。その後、ロジャースはオスカー・ハマースタイン2世とのコラボレーションを始めた。母親の死でひどく落胆し、7ヶ月後の1943年11月22日、ハートは大量の飲酒の後、ニューヨークにて肺炎で亡くなりました。48歳でした。遺体はクイーンズ区のマウント・ザイオン墓地に埋葬されました。彼の人生は脚色および美化され、同年のMGMの伝記映画「ワーズ&ミュージック」で描かれました。生涯、孤独とうつに悩まされたハートですが、ロジャースとコンビを組んでブロードウェイを席巻していた頃が最も幸福だったはずです。それだけに、ロジャースがハマースタイン2世に乗り換えたことは彼の心に深いグリーフを与えたことと思います。
イーサン・ホークが同性愛者を演じたということで、わたしは一条真也の映画館「ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ」で紹介した2024年のアメリカ映画を思い出しました。同作は、ペドロ・アルモドバルがメガホンを取り、第76回カンヌ国際映画祭で上映された短編西部劇です。かつて雇われガンマンだった男たちの久々の再会を通して、男性社会で生きる性的マイノリティーの苦悩や愛を描いています。1910年。シルバ(ペドロ・パスカル)は、若いころに共にガンマンとして雇われていた旧友の保安官ジェイク(イーサン・ホーク)を訪ねるため、馬に乗って砂漠を横断します。メキシコ出身のシルバは感情的ながらもしっかり者で、アメリカ出身のジェイクは厳格で冷淡な性格でしたが、深い絆を築いていた。二人は25年ぶりの再会を祝して酒を酌み交わしますが、翌朝になってジェイクの態度が豹変するのでした。
「ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ」でも、「ブルームーン」でも、"クイア"と呼ばれる同性愛者を哀愁たっぷりに熱演したイーサン・ホークですが、実際の彼は"ノンケ"だそうです。「ブルームーン」では、親子ほども年齢の離れた女子大生を口説きますが、彼女から「あなたのことは尊敬しています」と言われるだけで、けっして彼の愛を受け入れることはありませんでした。悲しいといえば悲しいですが、まあそれが現実でしょうね。わたし自身はもう還暦を超えていますが、いいトシをして若い娘に入れあげるのはやめた方がいいと思います。映画の最後に流れたロジャース&ハートの「ブルー・ムーン」は、映画「ハリウッド・レビュー・オブ・1933」の主題歌として1934年に発表されました。ビリー・ホリデイ、エラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラらが歌いました。わたしの大好きなジャズ・スタンダードです。


