No.1237
東京に来ています。3月17日の夜、出版打ち合わせをした後でスイス・ドイツ合作映画「ナースコール」をヒューマントラストシネマ有楽町で観ました。評判の高さは知っていましたが、ものすごい作品です。紛うことなき大傑作で、一条賞の大賞候補作に出合いました!
ヤフーの「解説」には、「第75回ベルリン国際映画祭で上映されたドラマ。人手不足かつ満床の病院を舞台に、ある看護師が次々と起きる問題に対処する。メガホンを取るのは『ハイジ アルプスの物語』などの脚本を手掛けてきたペトラ・フォルペ。『ありふれた教室』などのレオニー・ベネシュ、ドラマ『ザ・チーム ヨーロッパ大捜査線』などのアリレザ・バイラムのほか、ソニア・リーゼン、セルマ・ジャマールアルディーンらが出演する」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「州立病院で働くベテラン看護師のフロリア(レオニー・ベネシュ)は、遅番シフトに出る。ただでさえ人手不足であるにも関わらず、同僚は病欠し、ベッドは一つも空いていない状態で、看護学生の教育にもあたらなければならず、フロリアは大きな疲労を感じる。不安や孤独を抱える患者たちに誠実に接する中、次々と思いも寄らぬ問題が発生するが、プロ意識の高いフロリアはそれらに対処しようとする」
ある程度は想定していたものの、映画「ナースコール」が上映されてしばらくすると、「なんだ、これは!!」と思わずにはいられません。舞台はもう絶望的な人手不足の病院。主人公は体も心も一瞬たりとも休めることができず、90分の間に数えきれないほど手を消毒します。25人の入院患者に対して看護師が2名しかいないというのも異常ですが、この映画の舞台となっているスイスは世界最高水準の給与と人口1000人あたり約17.4人という高い看護師数を誇りながら、深刻な看護師不足に直面しているのです。この問題は、高齢化による需要増加や過酷な労働環境が主な要因となっており、この現場のリアルを描いた本作「ナースコール」が大きな話題となって、国際的な関心事となっています。
スイスの医療現場では、新型コロナウイルスの流行により、以前から問題視されていた激務や精神的プレッシャーがさらに深刻化しました。需要の急増: 高齢化社会の進展に伴い、医療サービスを必要とする層が増え続けています。給与とコストの不均衡: 平均年収は約800万〜1000万円と高水準ですが、スイスの高い生活費や業務のストレスに見合っていないとの声も上がっています。 2021年、労働環境の改善や看護師育成の強化を求める「看護イニシアチブ」が国民投票で可決されました。また、不足を補うため、EU諸国などからの外国人看護師の採用に大きく依存しています。 医療現場が抱える「人手不足の満床病棟」や「時間との戦い」といった現状は、単なるスイス一国の問題ではなく、先進国共通の課題として捉えられています。
日本でも、看護師不足は深刻化しています。高齢化に伴う需要増大に対し、厳しい労働環境や若手減少が影響し、2025年時点で最大約27万人が不足する状況となっています。6割の病院で離職者が採用を上回り、現場では慢性的な過重労働と医療の質低下が懸念されています。それにしても、映画「ナースコール」を観ていると、主人公の心労がわがことのように感じられ、胸が痛くなってきます。とにかく誰かの病室を出て数歩歩くと 、他の患者から頼み事をされるか、ナースコールが鳴るかのどちらかなのです。つねに放置され、待たされ続けている患者のストレスもよくわかります。気の短いわたしだったら耐えられないかもしれません。
でも、そんな極限の状況でも、主人公のフロリア(レオニー・ベネシュ)は笑みを絶やさず、ベストを尽くします。忙しいのに、患者のペットの犬の写真を見てあげたり、認知症の高齢女性と一緒に歌ってあげたりします。彼女は基本的にコンパッションのある人だと思いました。少しだけ娘に電話して会話を楽しんでいたのは、「こころ」を壊さないためだったのでしょう。もはや非常事態といってもよい病院に、さらなる入院患者がやってきます。肺炎の女性でしたが、彼女は生活保護を受けていました。肺炎なのに喫煙がやめられない彼女は、終盤に不審な動きをします。観客は嫌な気分になりますが、それがラスト近くで覆ります。このとき、「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」と思いましたね。
「ナースコール」で主人公フロリアを演じたレオニー・ベネシュは、一条真也の映画館「ありふれた教室」で紹介した2024年のドイツ映画で主人公の女教師を演じたことが強烈に記憶に残っています。同作は、ある中学校で発生した盗難事件が予想もつかない事態を引き起こし、学内の秩序が崩壊していくサスペンスです。赴任先の中学校で1年生のクラスを受け持つことになった若手教師・カーラ(レオニー・ベネシュ)。同僚や生徒の信頼を得ていく中、校内で盗難事件が続発し、彼女の教え子が犯人として疑われます。校長らの調査に反発したカーラは独自に犯人捜しを始め、ひそかに職員室の様子を撮影した映像に、ある人物の犯行の瞬間を見つけます。しかし盗難事件を巡る彼女や学校側の対応はうわさとなって広まり、保護者の批判や生徒の反発、同僚教師との対立を招き、カーラは窮地に追い込まれるのでした。
病院で次から次にトラブルが発生する「ナースコール」のドラマは非常にストレスフルですが、わたしは、一条真也の映画館「ボイリング・ポイント/沸騰」で紹介した2022年のイギリス映画を連想しました。イギリス・ロンドンの人気レストランを舞台に、オーナーシェフの波乱に満ちた一夜を描くヒューマンドラマです。クリスマス前の多忙な店内でさまざまなトラブルが巻き起こる様子を、ワンショットで映し出します。1年で最も多忙なクリスマス前の金曜日、イギリス・ロンドンの人気レストラン。妻子と別居し疲れ果てていたオーナーシェフのアンディ(スティーヴン・グレアム)は、多くの予約によってスタッフたちが多忙を極める中、衛生管理検査で店の評価を下げられてしまうなど、次々にトラブルに見舞われます。そこへ、ライバルシェフが著名なグルメ評論家を連れて予告なしに来店し、彼に脅迫同然の取引を持ち掛けてくるのでした。「ナースコール」は「ボイリング・ポイント/沸騰」のようなワンショット撮影作品ではありませんが、ときどきワンショットのシーンが展開され、まるで戦場のような緊張感が溢れていました。
ワンショット映画ではなくても、実力派女優レオニー・ベネシュが魅せる圧巻演技とカメラワークの見事な連携は、まるで観客が疑似体験するような驚異的な没入感の体感型映画を生み出しています。1人の女性看護師の視点で、病院という空間をまさしく現代社会の縮図として描き上げたスイスの女性監督ペトラ・フォルペは、看護師という職業について「私たちの社会で最も高く評価され、尊敬されるべき職業で、彼ら/彼女たちは毎日大きな責任を背負っている。だからこそ私は、この職業を称える映画を作りたかったのです」と語っています。本作の最後には奇跡のようなシーンが描かれています。ネタバレになるので詳しいことは書きませんが、わたしは 一条真也の映画館「おみおくりの作法」で紹介した2015年のイギリス・イタリア合作映画のラストシーンを連想してしまいました。泣けましたね。


