No.1239


「春分の日」となる3月20日、この日から公開されたアメリカのSF大作映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉のIMAXで観ました。前評判は異常なほど高かったです。まあ傑作ではあるのでしょうが、正直、期待値を上回ることはなかったですね。
 
 ヤフーの「解説」には、「『オデッセイ』の原作などで知られるアンディ・ウィアーのSF小説を実写映画化。太陽エネルギーの減少により人類滅亡の危機にひんした地球を舞台に、地球を救う重大任務を託された中学校の科学教師の運命を描く。監督は『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズなどに携わってきたフィル・ロードとクリストファー・ミラー。主人公を『ブレードランナー 2049』などのライアン・ゴズリングが演じ、『落下の解剖学』などのザンドラ・ヒュラーらが共演する」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「太陽エネルギーが減少する異常事態が発生し、人類滅亡の危機にひんした地球。世界中の科学者たちが調査した結果、謎の現象は太陽以外にも宇宙のさまざまな恒星に及んでいたが、11.9光年先に唯一無事な星が存在することが判明し、宇宙船でそこへ向かい異変の原因究明と解決策を探ることにする。そのプロジェクト『ヘイル・メアリー(イチかバチか)』に選ばれたのは、中学校の科学教師ライランド・グレース(ライアン・ゴズリング)だった」
 
 原作小説はハヤカワ文庫から翻訳本が出ていますが、アマゾンの内容紹介には「未知の物質によって太陽に異常が発生、氷河期に突入しつつある地球。宇宙へ飛び立ったひとりの科学教師が、人類を救うミッションに挑む! 地球上の全生命滅亡まで30年、人類の命運を賭けた一大プロジェクトに挑む男の奮闘を描く、極限のエンターテインメント!」と書かれています。また、各界から推薦の声が続出しており、小島秀夫氏(ゲームクリエイター)は「ヤバイ! 知的興奮、未知なる冒険、センス・オブ・ワンダー! ぶっ飛びアイデアをリアルに落とし込み、壮大な計画をミニマムなキャラと時系列を交差させるストーリーテリング! これぞ"SF文芸復興"だ」、大森望氏(翻訳家・書評家)は「アメリカSFが本気出してきた! ふだんSFを読まない人にもSFマニアにも等しく推薦できる奇跡の1冊。『三体』の次に読むならこれ!」、佐久間宣行氏(テレビプロデューサー)は「あっという間に引き込まれ鳥肌と感動が一気に押し寄せる。文句なしの傑作SF! 信じてください。読めばいいだけ!」とコメントしています。
 
 また、小川哲氏(作家)は「こういう小説に出会いたいからSFを読んでいるんだ」、岸井ゆきの氏(俳優)は「こんなに没頭し、映画を観るように読める本ってなかなかない。もう大興奮!」、渡部潤一氏(国立天文台)は「飽きさせない展開、次々と仕組まれた科学的なネタ、そして特に二つの時間軸が、最後に交わる構成。お見事!」、原宿氏(「オモコロ」編集長)は「これはもう"プロジェクトヘイルメアる"という動詞にしないといけない作品だと思いました。俺はこの一日をヘイルメアる。オーケー、君はどうだ?」、ヤマシタトモコ氏(漫画家)は「希望を捨てずに持ち続けることこそがどんな人にも可能でありながら最も過酷で孤独な戦いであり、科学や対話といった理性がそれを支えるのだと思わされる物語」とコメント。いやはや、大変なフィーバーぶり!
 
「ヘイル・メアリー」というのは「神頼み」とか「イチかバチか」といったような意味ですね。鑑賞前は「予告編はネタバレなので見るな」「映画鑑賞の前に原作を読め」といった声が大きかったようですが、映画だけでもじゅうぶん楽しめる内容ではありました。でも、ところどころ科学的説明が簡単すぎてわかりにくい箇所があったので、その意味では原作を読んでいた方は理解はしやすいかもしれません。原作本は、科学的事実をこれでもかと積み重ねてたハードSFとなっています。この日はシネコンで最大収容客数の1番シアターで観ましたが、満席だったのには驚きました。わたしも、ローソン・ユナイテッドシネマ小倉にIMAXが導入されてから満席というのは初体験です。SF超大作といっても、「スター・ウォーズ」とか「アベンジャーズ」といった作品とは違った本格的なハードSFなのに意外ですね。
 
 原作者であり、本作のプロデューサーでもあるアンディ・ウィアーは、映画.comのインタビューに答えて、「ヒットの最大の要因は素晴らしいフィルムメーカーと俳優の存在だと思います。主人公のグレースを演じてくれたライアン(・ゴズリング)は私たちのファーストチョイスでした。スタジオ・サイドが彼にまだゲラ状態の本を送ったら、すぐに気に入ってくれて出演してくれることになったんです。監督のフィル(・ロード)とクリス(・ミラー)もそう。今回、僕はプロデューサーとしても参加しているので、ぜひとも彼らにメガホンを取って欲しかった」と語っています。ゴズリングと2人の監督はウィアーの原作を非常に気に入ったそうですが、キャラクターの面白さが大きかったといいます。
 
 ライアン・ゴズリングが演じる主人公のライランド・グレースは、誰もいない宇宙の片隅で絶体絶命のピンチに陥ります。それでも彼は決して諦めず、頭を絞って解決策を導きます。そのとことんポジティブな性格ゆえに、どんな窮地にあっても観客のストレスは少ないです。ときどきグレースが口にするジョークに笑い、映画全篇に明るい雰囲気が満ちています。ウィアーは、「それは僕の性格を反映しています。僕、掛け値なしの楽観主義者なんです(笑)。それに、人間を信じている。人間は絶対、悪いところよりいいところのほうが多いと思っているし、追い詰められたときこそ本当に協力し助け合うと確信しているんです」と語っています。
 
 宇宙船の物語ということで、わたしは一条真也の映画館「2001年宇宙の旅」で紹介したSF映画史に燦然と輝く金字塔的作品を思い浮かべました。この作品にはHALというAIが登場し、最後に船内で1人だけになった主人公ボーマンは地球外知的生命と遭遇します。同じく、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」でもメアリーというAIが登場し、主人公のグレースは地球外知的生命と遭遇します。本作を絶賛する人々は「ついに『2001年宇宙の旅』を超えるSF映画が登場した!」と騒ぐかもしれませんが、わたしは、SF映画の本質は哲学映画であると考えています。やはり哲学映画としての深さにおいて、「2001年」に軍配をあげたいです。ちなみに、昨年5月30日に亡くなられた宗教哲学者の鎌田東二先生は同作をこよなく愛しておらえました。奇しくも、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」が日本で公開され、わたしが鑑賞した3月20日は鎌田先生の誕生日でした。鎌田先生がこの映画を観たら、何と言われたでしょうか?
 
 わたしは、20年以上にわたって鎌田先生と満月の往復書簡「シンとトニーのムーンサルトレター」を交わしてきました。その中で、「2001年宇宙の旅」に比肩しうるSF映画の名作として、一条真也の映画館「メッセージ」「ゼロ・グラビティ」「インターステラ―」「DUNE/デューン 砂の惑星」などを紹介してきましたが、鎌田先生の答えはいつも「『2001年』には遠く及ばない」でした。「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を観ても同じことを言われたと思います。そのスタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」(1968年)に続いて、地球外知的生命すなわち"エイリアン"との遭遇をドラマティックに描いたSF映画にスティーヴン・スピルバーグ監督の「未知との遭遇」(1977年)があります。

 
「未知との遭遇」には、地球人とエイリアンが音楽を使ってコミュニケーションをするシーンがありました。「プロジェクト・ヘイル・メアリー」ではそのオマージュ的シーンが流れ、思わずニヤリとしてしまいました。「未知との遭遇」では、メキシコの砂漠で、第2次世界大戦中に消息を絶った戦闘機が当時と変わらぬ姿のまま発見されます。一方、アメリカのインディアナ州では大規模な停電が発生。復旧作業に向かっていた電気技師ロイ(リチャード・ドレイファス)は、発光する謎の飛行物体と遭遇。それ以来、何かに取り憑かれたようにその正体について調べ始めたロイは、やがてワイオミング州のデビルズタワーという山にたどり着くのでした。宇宙人=侵略者という従来のイメージを覆す展開は、当時斬新なものがありましたが、その交流を音と光で描ききったクライマックスは、いま見直しても感動します。
 
 そのスピルバーグ監督は、じつに約半世紀ぶりに人類と異星人についての映画を作りました。今年の夏公開予定の「ディスクロージャー・デイ」です。「開示の日」という意味のタイトルは、人類が宇宙で孤独ではないという真実が明かされる壮大な物語を予感させ、世界中が注目する作品です。「もし人類が宇宙で一人でなかったら?」という根源的な問いを扱い、人類の前提を覆すような「開示(ディスクロージャー)」が描かれます。天気予報キャスター(エミリー・ブラント)が伝える天気予報の声に異変が起き、スタッフが動揺します。特報映像には、森の動物たちが一斉に特定の方向へ集まる不可思議な光景が映ります。そして、「全人類はその真実を知る権利がある。 "開示(ディスクロージャー)"する/全世界に一斉に」というセリフで、人類史を揺るがす瞬間の到来を示唆するのでした。
 
 エイリアンといえば、SFホラー映画の名作「エイリアン」(1979年)のメガホンを取ったリドリー・スコット監督に一条真也の映画館「オデッセイ」で紹介した2015年のSFアドベンチャー映画があります。原作者は、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」と同じくアンディ・ウィアーです。火星での有人探査中に嵐に巻き込まれた宇宙飛行士のマーク・ワトニー(マット・デイモン)。乗組員はワトニーが死亡したと思い、火星を去りますが、彼は生きていました。空気も水も通信手段もなく、わずかな食料しかない危機的状況で、ワトニーは生き延びようとします。一方、NASAは世界中から科学者を結集し救出を企て、仲間たちもまた大胆な救出ミッションを敢行しようとしていました。
 
 孤独で勇敢なな宇宙飛行士を見事に演じたライアン・ゴズリングですが、一条真也の映画館「ファースト・マン」で紹介した2019年の伝記映画でも、宇宙飛行士を演じています。その人物の名は、ニール・アームストロング。人類初の月面着陸に成功したアポロ11号の船長です。ゴズリング演じる空軍のテストパイロットのアームストロングは幼い娘を亡くしてしまいます。悲しみを堪えて彼は、NASAの宇宙飛行士に応募し、選抜されます。彼は家族と一緒にヒューストンに移り住み、有人宇宙センターで訓練を受けます。指揮官のディーク・スレイトン(カイル・チャンドラー)は、当時の宇宙計画において圧倒的優位にあったソ連も成し得ていない月への着陸を目指すと宣言するのでした。
 
 映画「ファースト・マン」は宇宙飛行士の物語ではありますが、SF映画ではありません。あくまでも伝記映画であり、すべて物語は事実に基づいています。宇宙飛行や月面着陸に関する描写も、きちんと科学に基づいています。このあたりはゴズリングが再び宇宙飛行士を演じた「プロジェクト・ヘイル・メアリー」にも受け継がれているように思いました。というのも、この映画、地球からはるか遠く離れた天体に向かう物語でありながら、SF映画によくありがちな「ワープ航法」といったアクロバティックな方法は一切登場しないのです。せいぜい「コールド・スリープ」(低温睡眠)が使われる程度で、実現可能な科学技術をベースにしているのです。主人公が宇宙に行かなければいかない理由やエイリアンとの遭遇だって、非常にリアリティがありました。
 
さて、ネタバレにならないように気をつけて書くと、そのエイリアンと主人公グレースとの友情の物語として、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は高い評価を得ているようです。「究極のバディ映画」と絶賛するレビュアーもいます。でも、わたしは、そのエイリアンの造形があまり好みではないので、そこまで感情移入できませんでした。また、「地球人類を救おうとするグレースの自己犠牲の精神に感動した」という声も多いようですが、これも日本が誇るアニメ映画の金字塔である「宇宙戦艦ヤマト」シリーズなど、珍しい設定ではありません。わたしにとって、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の感動のキモは、やはりグレースと「ロッキー」という名のエイリアンそれぞれの孤独とグリーフだと思います。グレースは2名の、ロッキーは22名の仲間を亡くしています。深いグリーフと孤独を抱えた彼らが寄り添い合う姿はまさに「グリーフケア」そのものでした。
 『涙は世界で一番小さな海』(三五館)


 
 漆黒の宇宙空間の中で別れたグレースとロッキーでしたが、ある事情からグレースはロッキーの宇宙船を追いかけます。ようやく再会した2人は涙を流して喜びます。その感動的な姿を見て、わたしは拙著『涙は世界で一番小さな海』(三五館)の内容を思い出しました。童話の王様であるアンデルセンは、涙は「世界でいちばん小さな海」だと言いました。わたしたちは、自分で小さな海をつくることができます。その小さな海は大きな海につながって、人類の心も深海でつながります。たとえ人類が、宗教や民族や国家によって、その心を分断されていても、いつかは深海において混ざり合うのです。まさに、その深海からアンデルセンの人魚姫はやって来ました。人類の心のもっとも深いところから人魚姫はやって来ました。彼女は、人間の王子と結ばれたいと願いますが、その願いはかなわず、水の泡となって消えます。 
 
 孤独な人魚姫のイメージは、星の王子さまへと変わっていきました。王子さまは、いろんな星をめぐりましたが、だれとも友だちになることはできませんでした。でも、本当は王子さまは友だちがほしかったのです。7番目にやって来た地球で出会った「ぼく」と友だちになりたかったのです。星の王子さまとは何か。それは、異星人です。人間ではありません。人魚も人間ではありません。人間ではない彼らは一生懸命に人間と交わり、分かり合おうとしたのです。人間とのあいだにゆたかな関係を築こうとしたのです。それなのに、人間が人間と仲良くできなくてどうするのか。戦争などして、どうするのか。殺し合って、どうするのか。わたしは、心からそう思います。その想いが、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」で涙を流し合うグレースとロッキーの姿を見て、わたしの胸中に沸々と蘇ってきました。
 
 グレースの宇宙船は最初は3人の乗組員で地球を出発しました。船長は中国人でした。しかし、グレースが低温睡眠中に彼以外の2人は命を落としてしまいます。結果的に1人になったグレースですが、基本的に宇宙船というのは複数人のチームによって航海します。最近、「エプスタインファイルの真の標的は日本人」という動画を見て、非常に考えさせられました。というのも、宇宙船内においては日本人の儀礼文化が最大の効果を発揮するというのです。日本には「型」という概念があり、武道・茶道・華道・能など、いずれも師から弟子へと体を通じて伝えられる所作の体系です。物理学者であり武道家でもある保江邦夫氏は、日本人が持つ「間」の感覚に注目します。日本人には、空間と時間を同時に読む能力が備わっているというのです。
 
「清める」という行為を考えてみると、神社の手水、家の掃除、食事の前の一礼・・・日本人がほぼ無意識に行うこれらの所作は単なる衛生習慣でも、宗教的儀礼でもありません。それは自分と空間と他者との関係を毎日小さく整え直す行為です。宇宙船という極限の閉鎖空間において、乗組員が精神の安定を保ち続けるために最も必要なのは、実はこうした日常の小さな儀礼だということが宇宙心理学の分野でも指摘されているといいます。このことを知って、わたしは膝を打ちました。確かに、宇宙飛行士に最も必要とされる資質は、場を清めること、協調性があること、乱れないことであり、それらのルーツは日本人の儀式文化の中にあります。次回作『儀式とAI』の執筆にも大いなるインスピレーションを得た次第です。これは楽しみになってきました!
 
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」では、宇宙飛行士グレースのメンタルヘルスに関わる描写がありました。彼の宇宙船であるヘイル・メアリー号の壁面に映し出される地球の映像です。活きいきとした人々の姿、そして四季の移ろいをとらえた美しい自然。それらを見ながらグレースはロッキーに、絶対に守りたい地球の素晴らしさを伝えようとします。ウィアーは、「あの映像! 宇宙飛行士のメンタルヘルス的に必要とはいえ、僕の小説では一切触れてないんですよ(笑)。にもかかわらず映画版ではちゃんと映像化され、しかもとても重要な役目を果たしてくれている。見事だと思います」と語っています。孤独を埋めるには地球の映像もいいでしょうが、チームでの人間関係を健全に保つには、やはり日本的な儀礼文化が求められると思います。
 
 最後に言いたいのは、人類の存亡を懸けた<プロジェクト・ヘイル・メアリー>の責任者であるストラットを演じたザンドラ・ヒュラーの素晴らしさです。一条真也の映画館「落下の解剖学」「関心領域」で紹介した2本の怪作(?)で怪演(?)を見せてくれた彼女ですが、無表情のまま行う達意の演技が「プロジェクト・ヘイル・メアリー」でも炸裂していました。けっして美人ではないのですが(失礼)、ものすごく存在感のある女優さんです。彼女は1990年代に出身地ドイツでキャリアをスタートさせており、ドイツ国内のさまざまな演劇やミュージカルで活躍。複雑な感情を繊細な演技で表現するザンドラは、初主演を務めたドイツ映画「レクイエム~ミカエラの肖像」(2006年)で高い評価を受け、ベルリン国際映画祭で俳優として最高位の銀熊賞を受賞しています。 その後、活躍の場を国外に広げ、世界の映画界で高い注目を浴びています。
 
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」で主演を務めたライアン・ゴズリングは「ザンドラの演技には温もりがあって、いつも刺激をもらってた」と、共演して肌で感じた演技の魅力を熱弁しています。また、ロード監督は「彼女は完全なる天才。僕は『アクション!』と言うだけで、細かい演技の指示などは必要なかった」と語り、特にお気に入りのシーンをあげて「ストラットは歌う間だけ感情をのぞかせるがすぐに中断する。彼女にはやるべき仕事があるからだ。感情的な内面との対比が素晴らしい」と、ザンドラの演技に太鼓判を押しています。さらに、ミラー監督も「ザンドラは時代を代表する俳優。この映画はとても感動的でエモーショナルな映画だ。だからこそ彼女をキャスティングしたんだ」と、賛辞を贈るのでした。女優ザンドラ・ヒュラーのこれからの活躍に大いに期待したいと思います!