No.1217


 ユナイテッドシネマなかま16で、1968年のアメリカ映画「2001年宇宙の旅」を観ました。アーサー・C・クラークの原作を基に、スタンリー・キューブリックが映像化したSF映画の金字塔です。最初に映画館で観たのが中学3年生の春休みで15歳の時でした。47年ぶりの劇場での鑑賞ですが、大スクリーンでの4K上映に大感動!
 
「2001年宇宙の旅」は、実存主義、人類の進化、科学技術、人工知能、地球外生命体の可能性などをテーマに、未知の存在モノリスを発見した人類が、人工意識を持つコンピューターHALと共に木星に向かう航路で勃発した事件を描いた叙事詩的SFサスペンス映画です。1991年、米国議会図書館によって「文化的、歴史的、美学的に重要」とみなされ、アメリカ国立フィルム登録簿に保存されることになりました。映画史の中で影響力のある映画作品の1つとして広く知られており、後に大作SF映画として作られた「コンタクト」(1997年)の原作者カール・セーガン、「インターステラー」(2014年)の化学監修キップ・ソーンなど、公式に存在する研究機関に所属する有名科学者が影響を受けた作品として「2001年宇宙の旅」を挙げています。
 
「2001年宇宙の旅」は従来の映画や物語の手法を避け、台詞のない音楽だけの長いシークエンスがあります。サウンドトラックには、リヒャルト・シュトラウス、ヨハン・シュトラウス2世、アラム・ハチャトゥリアン、リゲティ・ジェルジュなどのクラシック音楽が多数使用されている。 また、科学的に正確な惑星間宇宙航行の描写を先駆的な特殊効果で映像化しつつ、曖昧な印象を与えています。アカデミー賞では4部門にノミネートされ、キューブリックは視覚効果の演出で受賞しました。
 
「2001年宇宙の旅」の物語は、クラークが1951年に発表した短編小説「The Sentinel」(邦訳版タイトル「前哨」)ほかの作品を踏まえていますが、直接的な「原作」はありませんでした。クラーク自身は配給前の出版を目指していましたが、3分の2を書き終えた時点で最終章の執筆は遅々となったとされます。その小説にはクラーク独自の解釈がかなり取り入れられていることからも、小説版と映画版は明確に区別する必要があるでしょう。 映画公開後に発表された小説版『2001年宇宙の旅』は、脚本と同時進行で書かれた部分もあるとされますが、クラークは新編序文で「ノベライズではない」と述べています。
 
 ちなみに、クラークが「前哨」を書いたのは1948年、BBCのコンクール向けでした。選外となりましたが、この作品はその後のクラークの経歴に変化をもたらしました。同作は「2001年宇宙の旅」の原型となっただけでなく、その後のクラーク作品により神秘的および宇宙的要素が加わるきっかけとなったのです。その後のクラーク作品では、技術的には進歩しているが未だに偏見にとらわれた人類が自分たちより優れた異星生命体に出会うという設定が特徴的に見られるようになりました。例えば『銀河帝国の崩壊』、『都市と星』、『幼年期の終わり』、『宇宙の旅』シリーズなどで、優れた異星種族との出会いが概念的突破口を生み出し、人類がさらに次の段階へと進化する物語を描きました。
 
「2001年宇宙の旅」の小説版と映画版は明確に区別する必要があると述べました。HAL 9000の反乱の要因やラストの展開も、小説版は論理的に説明づけられているのに対し、映画版は謎めいた展開となっています。当初キューブリックは、難解なストーリーの内容の観客への理解を促すために、映画全編にわたって説明用のナレーションを多数書き上げていました。また、冒頭に科学者などによるインタビューが入るはずでした。科学考証の天文学者フレデリック・オードウェイには反対されましたが、映画ではそれらは全く使われることはありませんでした。「言葉で説明をしてしまうと、せっかくの未知の世界との遭遇が、陳腐なものになってしまうから」とキューブリックは判断したわけですが、これがこの映画を必要以上に難解にした最大の理由です。
 
 ヒトザルとモノリスの遭遇は小説では300万年前という設定ですが、映画では400万年前とされているなど、細かな点の相違は多いです。小説ではディスカバリー号には放熱板(「放射翼」)、それもかなり大きなものが付いている設定になっていますが、映画のディスカバリー号には付いていません。小説版は映画の製作と並行して書き進められましたが、その過程で多くの草稿が日の目を見ずに終わりました。のちにクラークは、それらをまとめて編纂し『失われた宇宙の旅2001』として出版。そこでは、例えば、「HAL9000は最初、人型ロボットとして構想された」とか、「ボーマンが結末で赤んぼうになるのは、成長段階における彼の自己イメージなのだ」といった興味深い記述が見られます。
 
 もう58年も前の作品なので「ネタバレ」もないでしょうから、ここからは「あらすじ」を追っていきます。人類が文明を築く400万年前(小説版では300万年前)、ホモサピエンスの祖先であるヒトザルが、荒野で飢えに苦しみながら生存競争を闘っていた頃。ある日、ヒトザルたちの前に黒い石板のような宇宙人が残した物体「モノリス」が出現します。サルたちは驚きながらも恐る恐るそれに触れます。やがて一体のヒトザル(月を見るもの)がモノリスの知能教育により、動物の骨を道具・武器として使うことに目覚め、獣を倒して多くの肉を食べられるようになるのでした。
 
 ヒトザルたちは、水場をめぐって対立する別のヒトザルの群れにも骨を武器として対戦し、敵のボスを殺害します。水場争いに勝利した「月を見るもの」が、歓びのあまり骨を空に放り上げると、これがカットつなぎで一瞬にして最新の軍事衛星に変わります。つまり、人類史を俯瞰するモンタージュとなっています。一見、「武器であった骨が宇宙船までに進化した」と人類の進化と発展を賛美しているように思えますが、じつはこの宇宙船には核ミサイルが搭載されており、それは「武器から武器へ」のモンタージュだったのです。
 
 アメリカ合衆国宇宙評議会のヘイウッド・フロイド博士は、月のティコクレーターで発掘された謎の物体「TMA・1」(Tycho Magnetic Anomaly、ティコ磁気異常1号)、通称「モノリス」(一枚岩)を極秘に調査するため、月面クラビウス基地に向かいます。途中、宇宙ステーション5(小説版では「宇宙ステーション1号」)でソ連の科学者たちに会い懇談しますが、「クラビウス基地が閉鎖されているが、いったい何が起きているのか」と質問され、フロイド博士は回答を拒みます。
月面に出現したモノリス
 
 月面基地に着いたフロイド博士は、会議室で今回の事態の重要性について訓示し、TMA-1の発掘現場へ向かいます。調査中、400万年ぶりに太陽光を浴びたモノリスは、強力な信号を木星(小説版では土星)に向けて発しました。TMA-1は、あのヒトザルたちが月に到達するまでに進化したことを告げるセンサーだったのです。モノリスの各辺の比は、1:4:9になっていました。これは最初の自然数1、2、3の2乗です。これによってモノリスが人工的なものであると認識できました。
 
 木星探査計画から18ヵ月後。宇宙船ディスカバリー号は木星探査の途上にありました。乗組員は船長のデヴィッド・ボーマンとフランク・プール隊員、出発前から人工冬眠中の3人の科学者と、史上最高の人工知能HAL9000型コンピュータでした。順調に進んでいた飛行の途上、HALはボーマン船長に、この探査計画に疑問を抱いている事を打ち明けます。その直後、HALは船のアンテナ部品=AE35ユニットの故障を告げますが、ボーマンがユニットを回収して点検すると、問題は見つかりませんでした。
 
 HALの異常を疑ったボーマンとプールは、その思考部を停止させることを決めます。しかし、2人の密談を読唇して察知したHALが、それを阻止しようと乗組員の殺害を決行。プールは船外活動中にポッドに衝突されて宇宙服を壊され、人工冬眠中の3人は生命維持装置を切られてしまいます。別のポッドに飛び乗ってプールの救助に向かったボーマンは、遺体を回収して戻りますが、HALに入船を拒絶され、やむなくプールの遺体を放し、ポッドのハッチを爆破してエアロックに突入するのでした。
 
 唯一生き残った乗員となったボーマン船長は、HALの思考部を停止させるべく、ユニットを取り外していきます。HALは助命嘆願を繰り返しますが、次第に知能を失い、遂には「デイジー」の歌を歌い始め、録音テープが失速するようにして止まります。すると、木星到着後に搭乗員全員に開示される動画が再生され、探査の真の目的であるモノリスの件をフロイド博士が語ります。ディスカバリー号の真のミッションとは、「月面で発見されたモノリスが木星に向けて発した強力な電波信号の正体を調査すること」であり、「地球外知的生命との接触」でした。
 
 ディスカバリー号が木星の衛星軌道付近に到達すると、ボーマンは近くに浮かぶ巨大モノリスを発見します。ポッドに乗って接近して行くと、巨大モノリスは漆黒の闇に消え、そのあたりの空間から発した光の奔流がポッドを呑み込み、宇宙の歴史が数分のうちに展開されます。途中、7つの正八面体の形をしたモノリスの亜種が姿を現します。やがて、異星人が用意した閉鎖された王朝風の白い部屋にポッドごと到着すると、そこでボーマンは、年老いて行く自分自身を順々に発見するのでした。
 
 ついには老衰してベッドに横たわるボーマンの前に、あのモノリスが出現します。彼がそれに向かって手を差し伸べると、光に包まれた胎児に変貌します。ボーマンは、人類を超越した存在である「スター・チャイルド」へと進化を遂げました。そして胎児は太陽系へと戻り、地球を見下ろしながら、これから自分が成すべきことについて思いを巡らせます。こうして、人類の壮大な進化の物語である「2001年宇宙の旅」は幕を閉じるのでした。
 
「2001年宇宙の旅」で描かれた世界は驚くべき未来予測となっています。宇宙ステーション、スペースシャトル、月面探査機といったテクノロジーも信じられないほどのレベルですが、なんといっても60年前に現代のAI時代を見据えていた事実は驚愕するしかありません。AIコンピューターHAL9000の名前は、IBMのアルファベットを1文字ずつずらしたものであり、当時技術協力していたIBMへのオマージュとされています。HALは「全てにおいてIBMの先を行く」という意味が込められており、60年代のコンピューターの祖先「IBM360」を意識して作られました。 有名なエピソードですね。
 
 それにしても、HALはなぜ暴走したのか? HALには「情報の完全かつ正確な処理」という基本原則がありましたが、同時に「真の任務を乗組員に隠し通す」という矛盾する命令を国家安全保障会議から受けていました。 この「嘘をつけ」という命令がHALに精神的破綻(パラノイア)を引き起こしたのです。HALは、任務を完遂するためには不安要素である「人間(乗組員)」を排除するのが最適であると判断し、反乱を起こすに至ったわけです。こういった事情も映画「2001年宇宙の旅」があまりにも説明不足であるため、初めて観たときは絶対に理解できません。中学3年生のわたしも、まったくチンプンカンプンでした。
 
 AIといえば、スタンリー・キューブリックが長年温めていた企画を、彼の没後に親交の深かったスティーヴン・スピルバーグが監督した「A.I.」という映画があります。キューブリックは、 1970年代からブライアン・オールディスの短編小説『スーパートイズ』を原作として企画を開始。彼はこの物語を「ロボット版ピノキオ」と呼んでいました。キューブリックは、少年ロボットのデイビッドを完璧に演じられる子役は存在しないと考え、当時のCG技術では満足な表現ができないとして制作を長年保留していました。1995年、キューブリックは「この物語の叙情性は自分よりもスピルバーグの作風に合っている」と考え、彼に監督を打診したのです。「A.I.」は、まさに2001年に完成しています。
 
「A.I.」のメガホンを取ったスピルバーグは、「未知との遭遇」(1977年)、「E.T.」(1982年)、「宇宙戦争」(2005年)などの一連の地球外生命体を題材とした映画を世に送り出してきました。その彼が今年発表する最新作が「ディスクロージャー・デイ」です。UFO研究の文脈では、政府が隠してきた地球外生命体に関する真実を公表することを指す用語として使われています。映画の予告編では、「もし、我々が宇宙で孤独ではないと知ったら? 誰かがそれを示し、証明したら、あなたは恐怖を感じるだろうか? この夏、真実は70億人に明かされる。我々はいま・・・・・・ディスクロージャー・デイに近づいている」と謳っています。この作品もまた、「2001年宇宙の旅」の系譜に連なる子孫的映画といえるかもしれません。
 
 さて、わが魂の義兄弟であり、昨年5月30日に帰幽した宗教哲学者の鎌田東二先生は、映画「2001年宇宙の旅」をこよなく愛し、その精神的・神話的な意味を考察されました。鎌田先生は、17歳の時に「2001年宇宙の旅」を観て以来、「人生でこれほど感動したことはない」と語るほど、本作から多大な影響を受けました。わたしは、鎌田先生と「ムーンサルトレター」という満月文通を20年以上続けましたが、その中で何度も「2001年宇宙の旅」について意見交換しています。わたしが一条真也の映画館「インターステラ―」「メッセージ」「DUNE/デューン 砂の惑星」といったSF超大作に感動し、「鎌田先生、『2001年宇宙の旅』以来の大傑作ですよ!」と薦めても、いつも「いや、あれを超える作品は生まれない」の一点張りでした。ものすごく頑固な方でした。よほど「2001年宇宙の旅」に惚れ込んでいたのでしょう。
 
「2001年宇宙の旅」をこよなく愛した鎌田先生は、特にラストに登場する胎児のような姿の存在「スターチャイルド」に着目し、これを老人と子供を兼備した、つまり「翁」と「童」が合一した神話的イメージとして本作を分析しました。鎌田先生は、著書『翁童論』の中で、人間を単なる直線的な成長過程(子供→大人→老人)としてではなく、生と死が円環状に結びつく存在として分析しました。スターチャイルドはこの「死と再生」「宇宙的な新生」を体現するイメージとされています。17歳のときにこの映画を観た鎌田先生は大きな衝撃を受け、その後の自身の宗教哲学や比較文明学における「人間のあり方」の探究に繋がったと述べています。ちなみに、「2001年宇宙の旅」と「スター・ウォーズ」、そして『法華経』を比較し、物語の終盤に現れる未知の存在への変容について考察しています。この日、「2001年宇宙の旅」を観たわたしの座席の隣は空席でしたが、わたしは透明人間になった鎌田先生が座って一緒に鑑賞したような気がしました。
ロマンティック・デス』(国書刊行会)
 
その鎌田先生に捧げたわが著書が、1991年10月15日に刊行した『ロマンティック・デス〜月と死のセレモニー』(国書刊行会)です。同書には「2001年宇宙の旅」への言及も多く、小説版の冒頭に書かれているアーサー・C・クラークの「今この世にいる人間ひとりの背後には、30人の幽霊が立っている。それが生者に対する死者の割合である。時のあけぼの以来、およそ1000億の人間が、地球上に足跡を印した」という言葉を引用しました。この数字が正しいかどうか知りませんし、また知りたいとも思いません。重要なのは、わたしたちのまわりには数多くの死者たちが存在し、わたしたちは死者たちに支えられて生きているという事実です。多くの人々が孤独な死を迎えている今日、動植物などの他の生命はもちろん、死者たちをも含めた大きな深いエコロジー、いわば「魂のエコロジー」の中で生と死を考えていく必要を痛感します。そこで最も重要になるのが「葬儀」であり、「先祖供養」です。
唯葬論』(サンガ文庫)
 
 拙著『唯葬論』(三五館、サンガ文庫)でも紹介しましたが、「人類の文化は墓場からはじまった」という説があります。じつに7万年も前、旧人に属するネアンデルタール人たちは、近親者の遺体を特定の場所に葬り、ときには、そこに花を捧げていました。死者を特定の場所に葬るという行為は、その死を何らかの意味で記念することに他なりません。しかもそれは本質的に「個人の死」に関わります。ネアンデルタール人が最初に死者に花をたむけた瞬間、「死そのものの意味」と「個人」という人類にとって最重要な2つの価値が生み出されたのです。ネアンデルタール人たちに何が起きたのでしょうか? 「2001年宇宙の旅」のヒトザルたちが遭遇したようなモノリスのようなものが目の前に現われたのでしょうか。何が起こったにせよ、そうした行動を彼らに実現させた想念こそ、原初の宗教を誕生に導いた原動力だったのです。このことを別の言葉で表現するなら、人類は埋葬という行為によって文化を生み、人間性を発見したのです。
 
 人間を定義する考え方として「ホモ・サピエンス」(賢いヒト)や「ホモ・ファーベル」(工作するヒト)などが有名です。オランダの文化史家ヨハン・ホイジンガは「ホモ・ルーデンス」(遊ぶヒト)、ルーマニアの宗教学者ミルチア・エリアーデは「ホモ・レリギオースス」(宗教的ヒト)を提唱しました。同様の言葉に「ホモ・サケル」(聖なるヒト)もあります。しかし、人間とは「ホモ・フューネラル」(弔うヒト)だと、わたしは思います。ネアンデルタール人が最初の埋葬をした瞬間、サルが人になったとさえ考えています。わたしは、映画「2001年宇宙の旅」を「西洋的な理性主義の行き着いた果て」を描いた作品と定義し、他のSF映画と比較する際の指標として用いています。さらには、「ヒトザル」がモノリスと遭遇し、道具(武器)を手にする場面を、人類の知性と「想念」の誕生として捉えています。
 
 わたしは、月に「月面聖塔」を建立し、レーザー光線を使って地球から故人の魂を月に送る「月への送魂」を考案しました。この考えも、じつは「2001年宇宙の旅」から生まれたアイデアです。モノリスがわたしを通して月面聖塔に変容したのかもしれません。レーザー光線は宇宙空間でも消滅せず、本当に月まで到達します。その後、わたしはレーザーに「霊座」という漢字を当てました。「霊魂の乗り物」という意味です。「月への送魂」によって、わたしたちは人間の死の1つひとつが実は宇宙的な事件であることを思い知るでしょう。「月への送魂」こそは、グローバル時代における新しい葬儀の「かたち」ではないでしょうか。そこで、先祖をはじめとする死者の霊魂は、地球人類の墓標である月面聖塔へと霊座光線によって送られるのです。わが社が推進している、壮大な「月と死のセレモニー」です。
 
 霊魂の行方について考えた人物に、日本民俗学者の創始者の1人である柳田國男がいます。彼の霊魂研究のキーワードは「先祖」でした。「先祖」とは何かという問題を考えた場合、「先祖とは子どもである」という驚くべき考えに行き着きます。日本人は世界的に見ても子どもを大切にする民族だそうです。そして、子どもを大切にする心は先祖を大切にする心とつながっています。柳田國男は著書『先祖の話』の中で、輪廻転生の思想が入ってくる以前の日本にも生まれ変わりの思想があったと説いていますが、その特色を3つあげています。1つ目は、日本の生まれ変わりは仏教が説くような六道輪廻ではなく、あくまで人間から人間への生まれ変わりであること。2つ目は、魂が若返るためにこの世に生まれ変わって働くという、魂を若くする思想があること。3つ目は、生まれ変わる場合は、必ず同じ氏族か血筋の子孫に生まれ変わるということ。
 
『先祖の話』で、柳田は「祖父が孫に生まれてくるということが通則であった時代もあった」と述べ、そういった時代の名残として、家の主人の通称を一代おきに同じにする風習があることも指摘しています。柳田の先祖論について、鎌田東二先生は『翁童論』の中で「この柳田のいう『祖父が孫に生まれてくる』という思想は、いいかえると、子どもこそが先祖であるという考え方にほかならない」と述べています。「7歳までは神の内」という日本人の子ども観は「童こそが翁を魂の面影として宿している」という日本人の人間観や死生観を表わしているのではないかというのです。柳田國男は、「日本人の子どもを大切にするという感覚の根底には、遠い先祖の霊が子どもの中に立ち返って宿っているという考え方があったのではないか」と推測していますが、これについて鎌田先生は「注目すべき見解であろう」と述べます。
地球を見下ろすスターチャイルド
 
 ここで忘れてはならないのが、「2001年宇宙の旅」のラストに登場するスターチャイルドです。鎌田先生は『翁童論』で、スターチャイルドとは「翁」と「童」が合一した神話的イメージであると喝破しました。拙著『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)や『リメンバー・フェス』(オリーブの木)にも書いたように、わが国における年中行事のほとんどには「先祖供養」という本質があります。柳田國男が言うように、先祖とは子どもであり、子どもとは先祖であるなら、「先祖供養」とは「子孫供養」でもあります。そして、先祖供養こそが人類を絶滅させない最大の秘儀であったというのがわが考えです。結婚式や葬儀もそうですが、数々の年中行事も人類社会を持続させるための知恵であり、究極の「SDGs」だと思います。それは「いのち」を循環し、円環させるためのハートフル・テクノロジーなのです。
こども冠婚葬祭』(昭文社)
 
 わたしは、最近、『こども冠婚葬祭』を昭文社から刊行しました。「冠婚葬祭」とは、人の一生における大切な節目を祝い、見送り、感謝する日本の文化です。わかりやすく言うと、「冠」は成長、「婚」は幸せな出会い、「葬」は別れ、「祭」はご先祖さまへの感謝を表します。これらの行事を通して、人は"いのちのつながり"を学び、思いやりの心を育ててきました。さらに、わたしは「行事のかたちが変わっても、人の心の温かさは変わりません。むしろ今だからこそ、礼を尽くし、感謝を伝える時間が大切なのです。冠婚葬祭はみなさんの心をゆたかにし、人生を輝かせてくれます」とも書きました。同書を通して、子どもたちが日本の美しい心といのちを敬う気持ちを感じてくれたら嬉しく思います。同時に、「いのち」を循環させ、円環させる秘法としての冠婚葬祭の真髄に気づいてくれることを願ってやみません。スターチャイルドに『こども冠婚葬祭』を!