No.1253


 4月28日、東京から北九州へ戻りました。その日の早朝、日本映画「残されたヘッドライン」をヒューマントラストシネマ有楽町で鑑賞。昭和100年記念のドキュメンタリー作品ですが、「昭和の日」の前日に観ました。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「昭和初期を中心とした日本のニュース映像を集め、ダイジェストとして編集したドキュメンタリー。戦争、災害事故、インフラ、風俗文化のカテゴリーに分けられたニュース映像を取り上げ、明治から昭和という時代の文化の流れを俯瞰する。監督を務めるのは、プロデューサーとして『未来へのかたち』などに関わってきた平野貴之。日本テレビの元キャスター・真山勇一がナレーションを担当している」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「昭和初期を中心に制作されたニュース映像を厳選し、戦争、災害事故、インフラ、風俗文化のカテゴリーに分けて編集。関東大震災による混乱や第2次世界大戦で繰り広げられた戦闘の数々、ヌードショーの様子など、ダイジェスト的に映し出される映像を通して、文明開化を経て政治、経済、文化などが劇的に変化していった時代の流れを浮き上がらせていく」となっています。
 
 わたしは古い映像というやつが好きで、YouTubeでもよく観ますし、NHK「映像の世紀」はDVD全巻を揃えて、何度も観返しています。その中には日本を特集した巻もあり、明治・大正・昭和の貴重映像が収められています。でも、本作「残されたヘッドライン」には初めて観る貴重な映像がたくさんありました。世界で初めて動く映像を撮影したのは、フランスのリュミエール兄弟とされています。彼らが有名な「工場の出口」を撮ったのが1895年。それから130年以上をかけて、世界中で数えきれないほどの映像が撮影されてきました。それは、人間の素晴らしさも愚かさもすべて含めた「人類の記録」となっています。
 
 本作では、昭和に先立って明治時代や大正時代の映像が流れますが、まず印象に残ったのが明治38年(1905年)の「日本海海戦」です。日露戦争中、大日本帝国海軍の連合艦隊とロシア帝国海軍が極東へ送った第2・第3太平洋艦隊(バルチック艦隊)との一戦です。バルチック艦隊は艦艇のほぼ全てを損失した一方で、連合艦隊の被害は小艦艇数隻のみの喪失にとどまり、連合艦隊は海戦史上稀に見る勝利を収めました。この結果は世界を驚愕させました。本作では連合艦隊の総司令官であった東郷平八郎の国葬の模様も流れましたが、非常に興味深いものでした。
 
 それから印象に強く残ったのが、大正12年(1923年)の9月1日11時58分に発生した「関東大震災」の記録です。死者・行方不明者は推定10万5000人で、明治以降の日本の地震被害としては最大規模の被害となりました。映像の中には遺体らしきものも写っていました。また、大震災犠牲者の追悼慰霊祭の模様が詳しく紹介され、これは儀式についての資料には可能な限り注意してきたわたしも初めて観る内容でした。東郷平八郎の国葬といい、関東大震災の慰霊祭といい、儀式研究の視点からも大変興味深かったです。
 
 昭和では、やはり「神風特別攻撃隊」の記録映像に心が痛みました。太平洋戦争末期の昭和19年(1944年)10月、フィリピン戦で日本海軍が編成した、爆弾を積んだ零戦で敵艦に体当たりする決死部隊です。大西瀧治郎中将により発案され、初出撃で米護衛空母を沈めるなど戦果を上げましたが、以降は戦力不足を補う非人道的な特攻作戦が常態化し、海軍で2500人余り、陸海軍合計で数千人の若者が戦死しました。わたしは、大日本帝国はこの作戦を絶対に行うべきではなかったと思っています。しかし、その若き命を散らせた英霊たちに対して「犬死に」といった侮辱的な見方をすることには大きな怒りを感じます。
死者とともに生きる』(産経新聞出版)


 
 わたしは戦後80年記念出版である『死者とともに生きる』(産経新聞出版)で、先の戦争を振り返りました。あの戦争について強く思うことは、あれは「巨大な物語の集合体」であったということです。真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ゼロ戦、ビルマ戦線、神風特別攻撃隊、回天、硫黄島の戦い、東京大空襲、戦艦大和、ひめゆり部隊、沖縄戦、広島原爆、長崎原爆、満州侵攻、ポツダム宣言、玉音放送・・・挙げていけばキリがないほど濃い物語の集積体でした。もちろん日本だけではなく、欧米やアジアをはじめ世界中の国々で無数の物語が生まれていきました。それぞれ単独でも大きな物語を形成しているのに、それらが無数に集まった巨大な物語の集合体。それが先の戦争だったと思います。
2025年8月15日「産経新聞」全国版

 
 
 2025年8月15日は、80年目の「終戦の日」でした。この日、「産経新聞」全国版の朝刊に、わが社の全面広告が掲載されました。「 死者を忘れて、生者の幸福なし。」という大見出しで、以下のメッセージが掲載されました。 「『終戦の日』に寄せてーー本日、8月15日――日本は、終戦から80年の節目を迎えました。あの戦争において、約310万人もの日本人が命を落としました。それは、日常を生きていた人々が、ある日突然、戦地に赴き、大地に斃れ、海に沈み、空に散った――名もなき個人の物語の連なりでした。たとえば知覧、沖縄、広島、長崎――この国の各地に刻まれた記憶は、そのひとつひとつが、尊い「いのち」の物語であり、わたしたちの『今』を形づくる礎です。しかしいま、戦争の記憶は次第に遠のき、『終戦の日』の意味すら知らない世代が増えています。そんな現実に、深い寂しさと危機感を覚えます。それでも、わたしたちは信じています。『死者を忘れて、生者の幸福なし』と」
 
 さて、本作「残されたヘッドライン」には、戦争、災害事故、インフラといったカテゴリーの貴重映像が収められていますが、そこに登場するのは男性ばかりです。「HISTORY」(歴史)という言葉の語源は「HIS STORY」という説がありますが、どこの国でも歴史とは基本的に男性中心で語られてきました。ところが、本作の最後には風俗文化のカテゴリーが登場します。そこでは、日本初のヌードダンサーなどが紹介されていますが、戦後になって「売春防止法」が成立するまでの記録映像も収められています。吉原の寺院には2万人以上の遊女が葬られたそうですが、過去帳には彼女たちの俗名が記されていないばかりか、「遊女」「売女」などと書かれており、人権意識の低かった時代の話とはいえ、涙が出ました。
 
 「売春防止法」は昭和31年(1956年)に成立しました。金銭などの対価を得て不特定の相手と性交する行為(売春)を、人としての尊厳を害し、性道徳に反するとして禁止・処罰する日本の法律です。「売春防止法」を成立させんとする女性たちの集会で、いわゆる売春婦であった女性が堂々と顔も名前も出して、「わたしたちの仕事は恥ずべきものです。今後このような悲劇を繰り返さない社会にしたい」と公衆の面前で切々と訴えるシーンには胸が震えました。わたしは冠婚葬祭という自身の仕事に心の底から誇りを抱いていますが、自分の仕事を「恥ずべきもの」と言わなければならないとは、なんと悲しいことでしょうか。「残されたヘッドライン」の最後には、「HER STORY」としての女性の歴史が描かれましたが、それはあまりにグリーフに満ちたものでした。真の意味で男女が平等で、幸福な社会を創造するために、本作「残されたヘッドライン」を多くの日本人、特に中高生に観てほしいと思いました。