No.1260
アメリカ映画「スマッシング・マシーン」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で鑑賞。PRIDEで「霊長類ヒト科最強の男」と呼ばれたマーク・ケアーのドキュメンタリーを映画化した作品です。わたしは格闘技には目がなく、PRIDEもほぼ全大会・全試合を観ていますが、なつかしく当時を思い出しました。わたしが知らなかった真実には考えさせられましたが、残念な点もありました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「格闘家マーク・ケアーが歩んだ軌跡を描き、第82回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した実録ドラマ。総合格闘家として無敗を誇っていたケアーが、そのプレッシャーや鎮静剤への依存、恋人との関係悪化に追い詰められていく。監督は『アンカット・ダイヤモンド』などのベニー・サフディ。『ワイルド・スピード』シリーズなどのドウェイン・ジョンソン、『クワイエット・プレイス』シリーズなどのエミリー・ブラントのほか、ライアン・ベイダー、バス・ルッテンらが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、「1997年に総合格闘家としてデビューしたマーク・ケアー(ドウェイン・ジョンソン)は、新人ながらもアメリカの総合格闘技団体『UFC』の試合で勝ち続ける。日本の総合格闘技イベント『PRIDE』でも快進撃を続けるケアーだったが、勝利を重ねることへのプレッシャーを感じるようになり、恋人ドーン(エミリー・ブラント)とすれ違うようになる。鎮静剤への依存も深くなる中、彼は初めての敗北を味わう」となっています。
本作の主人公であるマーク・ケアーは、実在の人物です。1968年、米オハイオ州トレド出身。4歳からレスリングを始め、高校時代にオハイオ州王者になります。シラキュース大学時代はNCAAディビジョン1で1992年に優勝し、オール・アメリカンにも選ばれました。1994年にはレスリング全米選手権(フリースタイル)で優勝。その後、長年の友人でトレーニングパートナーであるマーク・コールマンのUFCでの活躍を見て総合格闘技を始めました。1997年1月19日、総合格闘技デビュー戦となったWorld Vale Tudo Championship 3で優勝。同年7月17日、UFC初参戦となったUFC 14ヘビー級トーナメントに出場し、優勝を果たしました。同年10月17日、UFC 15ヘビー級トーナメントに出場し、2連覇を果たします。1998年3月15日、PRIDE初参戦となったPRIDE.2でブランコ・シカティック(初代K-1グランプリ王者)と対戦し、シカティックのロープ掴みで失格勝ちしています。
1999年9月12日、PRIDE.7でイゴール・ボブチャンチンと対戦し、グラウンド状態での膝蹴りで失神KO負け。後日、反則である4点ポジションでの膝蹴りだったため裁定が無効試合に変更されました。1999年11月21日のPRIDE.8でエンセン井上と対戦予定でしたが、内臓疾患で欠場。2000年1月30日、PRIDE GRANDPRIX 2000開幕戦の無差別級グランプリ1回戦でエンセン井上と対戦し、3-0の判定勝ちを収めました。2000年5月1日、同大会決勝戦の無差別級グランプリ2回戦で藤田和之と対戦し、0-3の判定負け。キャリア14戦目で初黒星を喫しました。このとき、わたしは東京ドームのリングサイドで観戦していました。
ケアーvs藤田戦では、新日本プロレスでは一介の若手レスラーに過ぎなかった藤田和之が「霊長類ヒト科最強の男」に勝った瞬間、大変驚きました。当時の藤田は「猪木イズム最後の継承者」を標榜しており、入場曲は師であるアントニオ猪木のテーマ曲「炎のファイター」のオーケストラ・バージョンでした。ケアーを破った勢いで、次に対戦するマーク・コールマンも連覇するかと期待しましたが、すでに膝を壊していた藤田は、コールマン戦では試合開始のゴングと同時に赤タオルが投入されます。その後、桜庭和志を破ったボブチャンチンを下したコールマンがPRIDE GRANDPRIX 2000で優勝するのでした。2000年12月23日、ケアーはPRIDE.12でイゴール・ボブチャンチンと再戦しますが、判定負けしています。親友同士であった2人の「マーク」は明暗を分けたのです。
2001年7月29日、PRIDE.15でケアーはヒース・ヒーリングと対戦し、グラウンドの膝蹴りでTKO負け。その後、橋本真也が立ち上げたプロレス団体のZERO-ONEで数試合行った後、活動休止しました。この間に、自身の鎮痛剤中毒経験がアメリカのドキュメンタリー映画「The Smashing Machine」で明かされ、大きな反響を呼びました。本作「スマッシング・マシーン」は、この2002年にHBOで製作されたドキュメンタリーに深く感銘を受けたドウェイン・ジョンソンが自ら映画化権を獲得し、主演を務めたものです。現在、ジョンソンは54歳ですが、年齢を感じさせない見事な肉体美をスクリーンで見せてくれました。
「ロック様」のニックネームでプロレス界に君臨したドウェイン・ジョンソンは、タトゥーを消して髪の毛まで生やし、マーク・ケアーになり切っていました。その再現度はパーフェクトに近いと言えます。しかし、エミリー・ブラントが演じたケアーの恋人(後の妻)であるドーン・スティブルズがとんでもない女で、大事な試合前の控室で感情的になったり、練習先に突撃して邪魔したり、拳銃やオーバードーズをして自殺未遂したり、試合前なのにケアーを飲みに連れ出したり、ケアーが日本で求めた高価な陶器を叩き割ったり・・・・・・とにかく百害あって一利なしの馬鹿女でした。何より驚いたのは、ケアーにナイフを渡すとき、刃を相手に向けた状態で渡したシーンです。常識がないのでしょうが、そんな女と一緒に暮らすケアーも精神を病んで、とんだ情緒不安定カップルとなります。2人のメンヘラ口論シーンには、異様なリアリティがありましたね。
ケアーは鎮静剤というより、あの彼女に振り回されて選手生命を短くした感があります。あんな馬鹿女と早く別れていたら、もっともっと活躍できたのではないかと思ってしまいました。実際のドーンがあんな感じだったかどうかは知りませんが、ドキュメンタリーが元になっているので、本当にあんな感じだったのだと思います。現在43歳で、出演作「プラダを着た悪魔2」が公開中のエミリー・ブラントの演技は真に迫っており、鑑賞中に何度も「この女さえ、いなければ!」と思ってしまいました。でも、遊園地でドーンが「エイリアン・アブダクション」と書かれたUFOのアトラクションに乗るシーンは、今年7月10日に公開される映画「ディスクロージャ―・デイ」の主演をエミリー・ブラントが務めることを考えると、とても興味深く感じました。
本作では、ドウェイン・ジョンソンもエミリー・ブラントも(さすがの)名演技でしたが、他のキャストにが違和感だらけでしたね。大沢たかおが演じた榊原信行、石井彗が演じたエンセン井上をはじめ、「?」だらけでした。特に、藤田和之の役(俳優名がわかりません)はもっと何とかならなかったのでしょうか? それにしても、あの当時のPRIDEには夢とロマンがありましたね。現在すでにPRIDEはなく、後継団体としてRIZINが総合格闘技の興行を打っています。どちらも榊原信行CEOが代表(運営トップ)を務めており、実質的な兄弟・親子関係にあたります。PRIDEが培った「大規模な会場演出」「煽りVTR」「大晦日の格闘技興行」という日本独自の格闘技文化が、現在のRIZINにそのまま受け継がれています。でも、わたしは、PRIDEが見せてくれた重量級あるいは無差別級同士の最強対決が忘れられません。どうしても、軽量級中心のRIZINでは夢中になれないのです!


