No.1278
6月3日、出版打ち合わせとグリーフケア会議の間の時間を使って、台風6号の暴風雨の中、台湾映画「霧のごとく」をヒューマントラストシネマ有楽町で観ました。「台湾映画最高峰」と謳っており、これは観ないわけにはいきません。素晴らしい感動作で、今年の一条賞大賞候補作です!
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「反体制派に対する政治的弾圧が行われた台湾の『白色テロ』の時代を舞台にした人間ドラマ。白色テロの犠牲となった兄の遺体を探す少女と、同じく時代に翻弄された元軍人の青年の運命を描く。監督・脚本は『熱帯魚』などのチェン・ユーシュン。『アメリカから来た少女』などのケイトリン・ファン、『グッド・ゲーム』などのウィル・オー、チェン監督作『1秒先の彼女』などのリウ・グァンティンらが出演。第62回金馬奨で最優秀作品賞などを受賞した」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「1950年代、戒厳令のもと反体制派への政治的弾圧が行われていた台湾。反政府分子として拘束された兄・阿雲が処刑されたことを知った少女・阿月は、遺体を引き取るべく故郷の嘉義から台北へ向かう。しかし遺体の引き取りには高額な手数料が必要だといい、怪しい男にだまされ遊郭に売り飛ばされそうになった彼女は、人力車の車夫として働く趙公道に救われる。元軍人の彼は『白色テロ』で軍の仲間を失い、故郷の中国・広東へ帰ることもできず途方に暮れていたが、阿月の思いに心を動かされ手を差し伸べようとする」
台湾映画を観たのは久しぶりですが、非常に心を動かされました。まず、兄の遺体を引き取りに行く妹の物語という時点で泣けます。主人公の少女・阿月は台北の「極楽葬儀場」に向かうのですが、その間、悪人にも善人にも出逢います。ハラハラドキドキ、観ていて飽きないエンターテインメントとしても優れた作品だと思いました。それにしても高額のお金を用意できないと家族の遺体も引き取れない斎場のシステムには憤りに似た感情をおぼえました。そのお金を稼ぐために、兄の形見の時計を売ったり、賭博に手を出したり、果ては「自分を女郎屋に売って、そのお金で兄さんを引き取って」と懇願する少女の切ない想いが心に残りました。
愛する家族の亡骸を引き取って弔ってあげたいというのは人類共通の願いですが、それはもう本能に近いものではないでしょうか。ネアンデルタール人も、現生人類(ホモ・サピエンス)も埋葬をはじめとした葬送儀礼を行いました。またそれは、エジプトのピラミッドや大阪府にある大仙陵古墳など、古代の墓が現存することからも分かるでしょう。人類最古の営みといえば、他にもあります。石器をつくるとか、洞窟に壁画を描くとか、雨乞いの祈りをするなどです。しかし現在、そんなことをしている民族はいません。儀式だけが現在も続けられているわけです。最古にして現在進行形ということは、儀式という営みには普遍性があるのではないでしょうか。ならば、人類は未来永劫にわたって儀式を続けるはずです。わたしは、故人を弔いたいという本能を「礼欲」と名付けています。
この映画は、台湾(中華民国)での白色テロの時代を描いています。白色テロとは、1949年(民国38年)の二・二八事件以降の戒厳令下において、中国国民党政権が反体制派に対して行った政治的弾圧のことです。1987年(民国76年)に戒厳令が解除されるまでの期間、反体制派とみなされた多くの国民が投獄・処刑されました。戒厳令が解除された後、台湾政府は正式に謝罪し、犠牲者に対する補償のための財団を設立しました。二二八和平公園や緑島人権文化園区といったメモリアルも造られています。また、二・二八事件やその後の白色テロ時代を描写した芸術作品も数多く発表されています。
二・二八事件とは、1947年(民国36年)2月28日に、中華民国台湾省台北市で発生し、その後台湾全土へ波及した民衆による抗議蜂起と、それを国民政府が武力により弾圧した事件です。1947年2月27日、台北市で1人の取締官がタバコを売っていた台湾人の女を取り調べている時、群衆の中の誰かが発砲して見物人を殺し、円環闇煙草取り締まり事件が起きました。翌2月28日には台湾人による市庁舎への抗議デモが行われました。しかし、憲兵隊がこれに発砲、抗争はたちまち台湾全土に広がることとなったのです。蔣介石は、本人の日記で二・二八事件の後に事情の経緯を知り、陳儀の二・二八事件に対する処理が不適切だと判断して陳儀を非難したのでした
二・二八事件を描いた台湾映画には名作「非情城市」(1989年)があります。ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞しました。1945年の日本敗戦から1949年の国民党政府の樹立までの4年間を背景に、林家の長老・阿禄(季天祿)の4人の息子たちの生き様をパノラミックに描いた作品です。長男、文雄は台北の顔役的存在ですが、その才覚に欠け、次男は戦争中の徴用で死亡。三男は解放後、戦後派らしい生き方をしていたがやがて発狂。四男は郊外の町で写真館を営み、国民党の進攻に抵抗する友人らに心情的に味方をするのでした。公開当時は台湾の戒厳令解除からわずか2年後であり、台湾内で二・二八事件が公に語られることは多くはありませんでした。舞台となった九份は、この作品の成功によって台湾でも屈指の観光名所となりました。
また、台湾の大ヒットホラー・ゲームを映画化した「返校 言葉が消えた日」(2019年)があります。舞台は、台湾の白色テロ時代。1947年の二・二八事件以降の戒厳令下において、蒋介石率いる国民党が反体制派に対して政治的弾圧を行い、40年もの間、国民に相互監視と密告が強制され、多くの人々が投獄、処刑されました。放課後の教室で、いつの間にか眠り込んでいた女子高生のファン・レイシン(ワン・ジン)が目を覚ますと、なぜか人の姿が消えて学校はまるで別世界のような奇妙な空気に満ちていました。校内をさ迷うファンは、秘密の読書会のメンバーで彼女に想いを寄せる男子学生のウェイ・ジョンティン(ツォン・ジンファ)と出会い、力を合わせて学校から脱出しようとしますが、どうしても外へ出ることができません。廊下の先に、扉の向こうに悪夢のような光景が次々と待ち受ける中、消えた同級生と教師を探す2人は、政府による暴力的な迫害事件と、その原因を作った密告者の真相に近づいていくのでした。
本作のメガホンを取ったチェン・ユーシュンは、1962年生まれの台湾の映画監督、脚本家です。1995年の長編映画「熱帯魚」で注目され、同作で金馬奨最優秀オリジナル脚本賞を受賞。2020年の「1秒先の彼女」では金馬奨最優秀監督賞を受賞し、同作は最優秀作品賞を含む5部門を受賞。2025年には本作「霧のごとく」で第62回金馬奨最優秀脚本賞を受賞し、同作は最優秀作品賞を含む4部門を受賞しました。「霧のごとく」のローアングルは小津安二郎、サスペンスシーンは黒澤明の映画術を連想させます。きっと、ユーシュン監督は黄金時代の日本映画を愛しており、強い影響を受けているものと思われます。
台湾の孔子廟の前で父と
「霧のごとく」というタイトルは、人間は死んでも霊魂が霧となって生き続けるといった意味があるようです。わたしは、孔子が開いた儒教を想いました。台湾は儒教が盛んな国です。儒教の「儒」という字は「濡」に似ていますが、語源は同じです。ともに乾いたものに潤いを与えるという意味があります。すなわち、「濡」とは乾いた土地に水を与えること、「儒」とは乾いた人心に思いやりを与えることなのです。孔子の母親は雨乞いと葬儀を司るシャーマンだったとされています。雨を降らすことも、葬儀をあげることも同じことだったのです。雨乞いとは天の「雲」を地に下ろすこと、葬儀とは地の「霊」を天に上げること。その上下のベクトルが違うだけで、天と地に路をつくる点では同じです。そして、「雲」とは「霧」の集合体です。母を深く愛していた孔子は、母と同じく「葬礼」というものに最大の価値を置き、自ら儒教を開いて、「人の道」を追求したのです。





