No.1282
東京に来ています。6月10日、次回作の打ち合わせの後、アメリカ・イギリス合作映画「アン・リー/はじまりの物語」をTOHOシネマズシャンテ」で観ました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「18世紀に宗教団体『シェーカー教団』を立ち上げた実在の女性アン・リーの人生を描いたドラマ。自らをキリストの生まれ変わりだと信じたアンが、迫害を受けながらもユートピアを築こうとする。監督は『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』などのモナ・ファストヴォールド。『マンマ・ミーア!』シリーズなどのアマンダ・セイフライド、『トップガン マーヴェリック』などのルイス・プルマン、『ラストナイト・イン・ソーホー』などのトーマシン・マッケンジーらが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「18世紀のイギリス。貧しい鍛治職人の家に生まれ、信仰心の厚い女性に育ったアン・リー(アマンダ・セイフライド)は、授かった4人の子供全員を亡くす。深い悲しみに沈む中、アンは自分がキリストの生まれ変わりだと悟り、人間の平等を説くようになる。人々を惹きつける一方で迫害を受ける彼女は、8人の信徒とともにアメリカに渡ってユートピアを築こうとするが、大きな困難に見舞われる」
アン・リー(1736年~1784年)は、一般に「マザー・アン・リー」の名で知られます。シェーカー教の創始者であり、彼女の死後、同教団はキリストの再臨を信じる統一信徒協会へと改称されました。彼女はイングランドの福音主義復興期に生まれ、当時の宗教、特にアメリカ大陸の宗教に大きな影響を与えました。1774年、シェーカー教となる宗教運動に20年近く参加した後、アン・リーと少数の信者たちはイギリスからニューヨークに移住しています。
アン・リーらがニューヨークに入った数年後、彼らはニューヨーク州オールバニー郡レンセラーズウィック荘園(現在の「コロニー」と呼ばれる地域)から土地を借りてニスカユナに集まりました。彼らは恍惚とした踊り、つまり「揺らぎ」によって礼拝を行い、それがシェーカーと呼ばれるようになった理由です。アン・リーは、女性が宗教指導者になることがほとんどなかった時代に、公衆に説教し、シェーカー教会を率いたのです。彼女はしばしば神の女性的表現として言及され、またそう考えられていました。
シェーカーは、またの名を「キリスト再臨信仰者協会」というアメリカ合衆国のキリスト教の宗派で、独身主義と共同生活を特徴とします。独立戦争時代のアメリカではじまり、最盛期の1840年代にはメイン州からケンタッキー州にいたる19の共同体に約6000人が暮らしていましたが、その後は衰退。2019年現在、共同体はメイン州サバスデイレイクにひとつだけ残っており、信者はわずか2名。かつての共同体の多くは博物館になっている。ある意味で、現在は衰退しているからこそ開祖の生涯をあからさまに描く映画が作れたように思います。
シェーカーでは、神が男性と女性の両性を持つと考えます。シェーカーはイエスが男性のキリストであり、シェーカーの開祖であるマザー・アンが女性のキリストであると考えます。マザー・アンはイエスの花嫁であり、彼女によってキリストの再臨が実現します。マザー・アンによって神のもつ女性の側面が完成されるのです。アダムが犯した罪は性交であり、神の国においては結婚は存在しません。シェーカーが最も大切にする4つの美徳は純潔、共同体主義、罪の告白、分離主義です。マザー・アンの教義は単純で、罪の告白は回心の門であり、完全な不淫は人生の規則であるというものでした。シェーカーは不淫を守り、子供は養子縁組や改宗によって共同体に加えられます。
しかし、映画ではアンが少女時代に両親のセックス目撃してショックを受けたこと、4人の子どもを授かりながらも全員が1歳を迎える前に亡くしてグリーフを抱えたことなどの出来事から「セックスや妊娠は不幸の始まり」という考え方が彼女の心に棲みついたように思います。興味深いのは、彼らが工芸において才能を発揮したことです。自給自足の生活から生まれた家具や日用雑貨(衣服なども含め)などは装飾を廃し、簡素で機能的な造形を生み「シェーカースタイル」ともいわれています。特にシェーカー教徒たちが作っていた椅子は、近代デザインに大きな影響を及ぼしました。彼らの作った椅子をシェーカーチェアといいますが、その特徴はシンプルで軽くて機能的であることです。
また、18世紀末ごろから作られたロッキングチェアは、シェーカーによって完成されたともいわれます。シェーカーが作った家具は椅子のほかに、壁面収納家具、チェスト、各種テーブル、ベッドなど多岐に及びます。わたしは、シェーカーたちが作った工芸品は、宗教哲学者の柳宗悦が提唱した「民藝」ではないかと考えます。民藝は「民衆的工藝」を略した言葉です。1925年(大正14年)末に生まれましたが、当時、美術界で高く評価されていたのは貴族や富豪が鑑賞するような「華美な美術品」でした。しかし柳は、庶民が日々使う安価な雑器や衣服、家具の中にこそ、作為のない健康で誠実な美が宿っていると主張したのです。
アン・リーの信徒たちは集会において行進したり、歌ったり、踊ったり、ときには回転したり叫ぶこともありました。体を震わせ(シェイク)、歌と共に神へ祈りを捧げる様子から彼らは"シェーカー"と呼ばれたのです。禁欲、自給自足の共同生活に表れているように、非常にストイックな精神性を持つ。初期のシェーカーの礼拝は混沌として感情的でしたが、後にきちんと振り付けられた踊りや秩序のある行進を行うようになりました。外部の人々の多くは彼らの仕草が何を象徴しているかや、動きや歌の内容を理解せず、シェーカーの礼拝を批判したり揶揄したりしたのです。
YouTubeには、本作「アン・リー/はじまりの物語」を作り上げる上で特に異色な音楽と身体表現についてのメーキング映像が公開されています。モナ監督が「信徒の生活は歌に満ち、それ自体が礼拝となる」と語り、アマンダが「体を揺さぶり、恍惚の境地へ至る」と述べたように、シェーカー教団において歌(讃美歌)と体を揺さぶる身体表現は切り離せないものです。言葉のない声の不協和音を作り出すため、さまざまな背景を持つ約100人の歌手を集め、これに調律された打楽器、ハンドベル、教会の鐘、巨大な金属製鐘板が加わり、幽玄な音を映画全般に響かせました。動画にはレコーディング風景の一端も収められています。
アン・リーを演じたアマンダ・セイフライドが躍るシーンは圧巻です。彼女は何時間も何週間も、息が詰まるほど踊ったそうです。アマンダは舞踏の稽古に約1年前から取り組み、「歌い踊りながら演じるのは難しいけど、やりがいがある」と回想しています。モナ監督の「全身全霊で演じる覚悟がある役者にアン・リーを演じてほしかった」という強い思いに応えた形となりました。YouTube動画には、ダンスリハーサルの様子もふんだんに組み込まれています。モナ監督は「200人が共に歌い踊る姿を見ているとあなたもきっと恍惚の境地に至る」と作品の持つ求心力に自信をのぞかせます。大役をその身に宿し演じ切ったアマンダは、「唯一無二の感覚と鼓動が感じられるはず」と語るのでした。
アン・リーは文字の読み書きができなかったそうですが、そのせいもあってか踊りや歌によって布教を展開しました。これは、わたしが唱える「宗遊」に通じています。宗教の「宗」という文字は「もとのもと」という意味で、わたしたち人間が言語で表現できるレベルを超えた世界です。いわば、宇宙の真理のようなものです。その「もとのもと」を具体的な言語とし、慣習として継承して人々に伝えることが「教え」です。だとすれば、明確な言語体系として固まっていない「もとのもと」の表現もありうるはずで、それが「遊び」なのです。音楽やダンスなどの「遊び」は最も原始的な「もとのもと」の表現であり、人間をハートフルにさせる大きな仕掛けとなります。
シェーカー教徒たちが躍る姿を見て、わたしは日本の「踊る宗教」こと天照皇大神宮教を連想しました。戦後の1945年、山口県で北村サヨが神懸かりを経験し立教しました。通称「大神様」と呼ばれます。北村は戦後の既成宗教や社会の腐敗を激しく批判し、無我のダンス(踊る宗教)を通じて魂を磨くことを説き、マスコミ等で大きな話題となりました。彼女の他にも、日本の新宗教(新興宗教)の歴史において、女性が開祖(教祖)となった教団は非常に多く、重要な位置を占めています。特に幕末から明治・大正期、そして戦後の社会混乱期にかけて、多くの女性教祖が誕生しました。天理教の中山みき、大本教の出口なお、立正佼成会の長沼妙佼、霊友会の小谷喜美らが代表的存在です。
その中でも、特にわたしが興味を惹かれてやまないのは、出口なお。明治時代の1892年、極貧の生活の中で「艮の金神(うしとらのこんじん)」が神懸かりし、大本を開創しました。彼女は文字の読み書きができなかったため、神懸かり状態で自動書記した「お筆先」と呼ばれる独自の経典を残しました。鋭い社会批判と「世の建て替え・立て直し」を訴え、のちに巨大教団へと発展しました。日本の新宗教に女性開祖が多い理由として、第一に日本には古来、卑弥呼に代表されるように、「女性が神の言葉を聴き(神懸かり)、男性がそれを政治や組織に翻訳する」というシャーマニズムの伝統があります。大本教の「女性の開祖(出口なお)と、男性の組織者(出口王仁三郎)」という2人体制は、この伝統的構造の典型例です。この関係は、シェーカー教のアン・リーとその弟であるウィリアムの関係にも通じます。
大本教の出口なおと同じく、天理教の中山みきも文字の読み書きのできない農家の主婦でしたが、突然、神懸かり状態で「お筆先」をしています。日本の新宗教に女性開祖が多い第二の理由としては、近代化(明治維新など)の過程で、地方の既婚女性たちが家父長制や貧困に苦しめられたことがあります。既存の仏教や神道が国家や家制度を肯定する中で、女性開祖たちは「日常の苦しみ(病気、貧困、不仲)」に直接寄り添う救いを説きました。抑圧されてきた女性たちの「世の中への怒り」や「救済への願い」が、新しい宗教の原動力となった側面があります。第三の理由として、新宗教を求める信者の多くは、病気や家庭問題など身近な悩みを抱えていました。女性開祖たちの多くは、信者を我が子のように包み込む「母性的な優しさ・慈悲」を持って接したため、既成宗教にはない親しみやすさが庶民を引きつけました。
アン・リーが開いたシェーカーに話を戻しましょう。シェーカー教徒について、ファストヴォールド監督は「信徒の生活は歌に満ち、それ自体が礼拝となる」と説明しています。シェーカー教団の信仰文化を再現するため、音楽担当のブルームバーグは信徒たちが残した歌や散文をもとに、オリジナル楽曲を制作しました。彼は脚本を読んだ際の印象について、「声や体を打つ音が脳内で響き渡った。そこへ旋律を加えていった」と振り返ります。ファストヴォールド監督は「200人が共に歌い踊る姿を見ていると、あなたもきっと恍惚の境地に至る」と語り、セイフライドも「唯一無二の感覚と鼓動が感じられるはず」と作品の魅力をアピールしています。


