No.1293
NETFLIXの日本映画「ちひろさん」を観ました。ブログ「マジカル・シークレット・ツアー」で紹介した有村架純主演の日本映画が良かったので、彼女の代表作とされる「ちひろさん」をどうしても観たくなったのです。2023年の作品ですが、しみじみと泣ける名作でした。ネトフリでは、全世界配信時に「非英語映画」の週間グローバルTOP10で世界3位を記録。台湾・香港で4日間連続1位となるなどアジア各国で大ヒットを記録し、大きな話題となりました。
ヤフーの「解説」には、「安田弘之の漫画『ちひろさん』を実写化したドラマ。立ち寄った海辺の町にある弁当屋で働く元風俗嬢が、飾り気のない言動で生きづらさを抱えた人々を癒やしていく。メガホンを取るのは『窓辺にて』などの今泉力哉。ヒロインを演じるのは『花束みたいな恋をした』などの有村架純。脚本は『シェル・コレクター』などの澤井香織と、今泉監督が共同で担当する」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、「あてもなく海辺の町にたどりついた、元風俗嬢のちひろ(有村架純)。ある弁当屋の味に魅せられた彼女はそこで働き始め、風俗で働いた過去を隠そうとしないあっけらかんとした性格、屈託のない笑顔、気取らないおしゃべりで人気を集める。やがて、家族や周囲との関係をうまく築けない女子高生、伝えたいことを伝えられずもどかしさを抱える少年、父親との過去に悩むあまりに暴力的な衝動に駆られそうになる青年など、生きづらさを抱えた者たちが、彼女を慕うようになっていく」となっています。
安田弘之による本作の原作漫画「ちひろさん」は1999年から2001年にかけて「モーニングマグナム増刊」、「モーニング」および「イブニング」(ともに講談社)で連載されていた「ちひろ」の続編です。「ちひろ」では売れっ子風俗嬢のちひろの日常を描き、「ちひろさん」では元風俗嬢だったちひろが海辺の小さなお弁当屋で働き、恋愛、仕事、自分自身のことなど様々な悩みを抱える人々に寄り添う姿を描きました。「ちひろ」「ちひろさん」ともに作者の安田の代表作です。2024年1月時点で紙と電子書籍を合わせた累計部数が100万部を突破しています。
「ちひろさん」を観て、わたしは「これはケアについての映画だ!」と思いました。主人公ちひろは元風俗嬢ですが、サービス業というケア業に従事している人であると感じました。サービスは提供する側とされる側がタテの関係にありますが、ケアは両者ともに平等なヨコの関係です。学生のアルバイトに代表されるようにサービス業はカネのためにできますが、医療や介護に代表されるようにケア業はカネのためにはできません。ケアすることは、自分のさまざまな欲求を満たすために、他人を単に利用するのとは正反対のことであり、相手が成長し、自己実現することを助けることだと思います。それが「ちひろさん」には見事に描かれていました。
ちひろは自分が風俗嬢をしていたことを隠しません。そのことは彼女の人間性を語る上で大きな要素となっています。映画のラストでは、弁当屋を辞めた後に勤めた牧場で、牛たちの世話をかいがいしくする彼女の姿が描かれます。ケアの資質に富んだ彼女は人間だけでなく、牛の世話も上手でした。そこで前の仕事について訊かれたとき、彼女は「単なる弁当屋です」とだけ答えて、風俗嬢のことには触れませんでした。これも、いろいろと解釈のできるシーンだと思いますが、わたしが想像するに、これまで恥じずに示してきた「元風俗嬢」というレッテルさえも忘れて、1人の人間として生きてみたかったように思います。
ちひろは、人間でも動物でも分け隔てなく接します。小学生たちからいじめられていたホームレスの老人にも優しく接します。そこには、わたしが提唱する「CSHW」が描かれていました。これは、Compassion(思いやり)⇒Smile(笑顔)⇒Happiness(幸せ)⇒Well-being(持続的幸福)と進んでいくサイクルです。そして、Well-being(持続的幸福)を感じている人は、Compassion(思いやり)をまわりの人に提供・拡大していくことができます。これが、「CSHW」のハートフル・サイクルです。本作には、このサイクルが見事に描かれていました。
ちひろの元には、彼女を慕う人々が集まります。「オカジ」と呼ばれる瀬尾久仁子もその1人です。彼女は眼鏡をかけた地味な女子高生で、豊嶋花が演じました。彼女はちひろに興味を惹かれて近づき、ちひろに気に入られます。ちひろに感化されて良い子でいるのをやめ、家族に反抗したり、仲のいい女オタクグループに本音を言って孤立したりもします。家の食事は味がしないと言うオカジに対して、ちひろは「1人で食べても、おいしいもんは おいしいよ」とさらりと言います。それを聴いて、母子家庭の小学生である佐竹マコトは「うちの母ちゃんの作る焼きそばもムチャクチャうまいよ!」と言うのでした。
マコトは、自転車のタイヤをパンクさせる、公園の砂場に釘を巻くなど問題行動を繰り返していましたが、ちひろにきつく咎められ大人しくなります。母親のヒトミはシングルマザーで夜の店で働いています。深夜まで客と酒を飲んで帰宅は遅いため、どうしてもネグレクト気味になっています。それで腹を空かせたマコトは「のこのこ弁当」で弁当をもらう常連になるのですが、それがヒトミには気に入らず弁当屋に怒鳴り込みに来るのでした。ヒトミを演じているのは佐久間由衣で、ちひろ役の有村架純とはブログ「ひよっこ」で紹介した2017年の名作ドラマで共演した仲です。集団就職した工場で共に働いた2人が一緒にいる姿を見て、「ひよっこ」の大ファンだったわたしも嬉しくなりました。
映画「ちひろさん」では、物語の舞台となる海辺の街の風景がすごく良かったです。主なロケ地は静岡県焼津市だそうです。特に「小川港」周辺が物語の海辺の街として多く登場します。また、一部のシーンは静岡市内でも撮影されています。撮影は2022年3月から4月頃にかけて、焼津市と静岡市を中心に行われ、焼津市内だけでも十数か所がロケ地になっています。ちひろの勤務先である「のこのこ弁当」の場所は静岡県静岡市葵区駒形通にあり、実際は精肉店「ミートショップ・アイコウ」の建物をベースに撮影されたそうです。焼津市東小川にある「那閉神社(熊野神社)」は、幼少期のちひろがチヒロと出会い、海苔巻きを食べた思い出の場所として登場します。
元風俗嬢でみんなから慕われるという、ある意味で難しい役を有村架純は見事に演じました。「ひよっこ」でNHK朝ドラのヒロインを務めたのはもう9年前ですが、すっかり日本を代表する女優に成長しました。そういえば、「ひよっこ」でもたびたびイジラレていましたが、彼女は典型的なタヌキ顔です。わたしは、もともと中山美穂のようなネコ顔が好みなのですが、有村架純の顔を見ていると本当に癒されますね。「ちひろさん」という映画も観客に癒しを与えてくれる内容でした。仕事や人生において、誰でも多くのストレスが付きものです。わたしも同様です。「負の感情」にとらわれないためには心のケアが必要ですね。わたしの場合は、心をケアしてくれる最高の友は映画です。
わたしは、映画から「幸せ」や「思いやり」の本質を学んできました。これまで数え切れないほどの映画を観ましたが、そのメッセージは結局、「生きろ」と「人に優しくあれ」の2つに集約される気がします。本作「ちひろさん」は、まさに「生きろ」と「人に優しくあれ」の映画でした。最後に多くの人々に思いやりをかけ、笑顔にさせたちひろでしたが、実の母の葬儀に参列しなかったことだけは残念でした。映画の中にマコトの花束を捨てようとするヒトミに対して、ちひろが「それを捨てたら、あんたは一生後悔するよ」と言うシーンがあるのですが、どんな許しがたい過去があったにせよ、実母の葬儀に出なかったことを彼女は必ず後悔するように思います。海岸で海鳥の亡骸を見つけてお墓を作ってあげる優しい彼女なら、なおさら後悔することでしょう。


