新宿は花園神社の向かいにある「テアトル新宿」で日本映画「おじいちゃん、死んじゃったって。」を観ました。セレモニーホールを活用する「修活映画館」プロジェクトのプロデュ-サー・内海準二さんと一緒でした。いやあ、面白かったです。今年の「一条賞」の有力候補です!

 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。 「それぞれに事情がある家族が葬儀のため久しぶりに集まり、やがて未来へと歩き始めるさまを描いたホームドラマ。ソフトバンクやローソンなどのCMを手掛けてきた森ガキ侑大監督の長編デビュー作で、人間の生と死、家族の在り方が描かれる。映画やドラマ、舞台などで活躍する岸井ゆきのが主演を務め、岩松了、美保純、岡山天音、水野美紀、光石研らが共演」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。 「とある地方都市に暮らす吉子(岸井ゆきの)の祖父が亡くなり、葬儀のため祖父の長男・昭夫(岩松了)、次男で吉子の父である清二(光石研)、長女・薫(水野美紀)とそれぞれの家族が久しぶりに集合する。祖父の死を悲しむ間もなく準備に追われる中、各自の複雑な事情が明らかになっていく。やがてひょんなことから、一人一人の赤裸々な本音があぶり出され・・・・・・」

 正直言って、わたしはこの映画を観るのを楽しみにしていたというよりも、「葬儀をテーマにした映画なら、観ておかないと」という仕事感覚でとらえていました。ところが観てみると、非常に面白く、ユーモアも満点で何度も爆笑させられました。「悲劇と喜劇は紙一重」とはよく言ったものですが、ドリフターズの「葬式コント」のような下品なものではなく、葬儀にまつわるドタバタを描きながら、人間として生きることの哀しさといったものを見事に表現していました。多くのヒットCMを世に送り出してきた森ガキ侑大監督だけあって、冒頭からラストまで退屈させずに一気に観せてくれました。
 冒頭から、岸井ゆき演じる吉子のセックスシーンがスクリーンに映し出されます。そのとき電話が鳴り、吉子の祖父が亡くなった報せが届いたのでした。訃報を受け取った吉子が父に叫んだ言葉が映画のタイトルである「おじいちゃん、死んじゃったって。」でした。このセックスシーンは伊丹十三監督の「お葬式」(1984年)を連想させました。あの映画では、高瀬春奈の濡れ場が登場しました。おそらく、監督は、エロスとタナトスが表裏一体であると言いたかったのでしょう。また、「身内の死によって遺族の生の営みが途切れることはない」というメッセージも込められているように感じました。

 さて、吉子は「おじいちゃんが死んだとき、わたしはセックスしていた」と自己嫌悪に陥ります。彼女いわく「飢え死にした人の前でお腹いっぱい御飯を食べたような罪悪感」を覚えたというのです。それを聴いた若い僧侶は「大切な人が亡くなるときもお腹も空けば、笑いたくもなれば、セックスもします。その一方で、そのとき、人が殺されたり、子どもが生まれたりもする。それが世のならいです」と悩める吉子を諭すのでした。

 セックスをしている最中の吉子の頭上には、部屋の天井に貼った1枚の写真がありました。それは、人間の死体が犬に食われているという衝撃的な写真でした。わたしのブログ記事「藤原新也さん」で紹介した写真家がインドで撮影したもので、一条真也の読書館で紹介した『メメント・モリ』に掲載されています。 同書はもともと情報センター出版局から刊行され、センセーショナルな話題となりました。それから25年にわたって読み継がれた後、三五館から21世紀エディションとして蘇りました。

 わたしが最初に、この本を読んだのは、たしか大学生の終わり頃でした。ものすごい衝撃を受けました。なにしろ、インドで撮影したという人間の死体が写っているのです。それも、人間の死体が犬に食われている写真まである。しかも、「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」というコピーがついているのです。もう、ぶっ飛びました!
 この写真、映画の最後にも登場しました。吉子はこの写真を手にインドに赴き、「なんだ、死体ないじゃん」とつぶやきます。エンドロールには「三五館」の名も登場し、わたしの胸は熱くなりました。このエンドロールそのものが、三五館の葬送儀礼のように思えました。
 わたしのブログ記事「グリーフケアの言葉」で紹介したように、いま、「誰が亡くなっても悲しくない」時代を訪れを感じています。吉子も「家族の誰も、おじいちゃんが死んでも悲しそうにしていない」と言っていました。やはり、大切な人が亡くなったら、きちんと悲しむことが大事です。吉子が祖父の死にショックを受け、きちんと悲しみ、涙も流します。そして、祖父が死後に行く世界について想いを馳せます。

 吉子は居酒屋で働く恋人に「死後の世界は天国か地獄しかないのか?」と問います。恋人は「それは死んだ人しかわからないけど、死んだ人は答えられないよ」と言います。吉子は「ガンジーとかならわかる?」と言いますが、「ガンジーはもう死んでいるよ」と返されます。吉子は「じゃあ、誰ならわかる?」と問い、恋人は「ダライ・ラマとかかなあ?」と答えるのでした。生死の秘密を語ることができる究極の聖人としてガンジーやダライ・ラマの名前が出るところが面白いと思いました。2人ともゴーダマ・ブッダのイメージを受け継いでいるのでしょう。

 わたしは、「死後の世界」とは一種のイメージ・アートだと考えています。
 臨死体験者の報告を聞いても、亡くなった人は、「死んだら、こんな世界に行くのだ」という生前のイメージ通りの世界に行くのではないかと思います。だから、キリスト教徒は天国に行くし、仏教徒は浄土へ行く。この楽園をいつも想い続けている人は、この楽園へ行く。くだんの『メメント・モリ』には、「死のとき、闇にさまようか 光に満ちるか 心がそれを選びとる」というコピーが出てきます。そう、「死後の世界」とは、心が選びとった世界、心が編集したイメージではないでしょうか。

 吉子の祖父の葬儀は通夜が自宅で、告別式がセレモニーホールで行われました。祖父の死に顔を見た孫たちは、「死体を見たの初めて!」などと言い合います。本当は「死体」ではなく「遺体」と言うべきですが、今どきの若者にそれを求めるのは無理なのでしょうか。
 わたしが一番最近で接した御遺体は、熊本に本拠を置く冠婚葬祭互助会のセルモグループの安田会長のそれでした。同社が誇るエンバーミングが施され、とても綺麗なお顔をされていましたが、じつは映画「おじいちゃん、死んじゃったって。」の舞台は熊本市の郊外で、登場するセレモニーホールはセルモさんの「玉泉院」でした。この名をエンドロールで見たとき、お元気だった頃の安田会長を思い出しました。

 この映画を観て、わたしは拙著『儀式論』(弘文堂)の第13章「家族と儀式」に書いた内容を思い出しました。「おじいちゃん、死んじゃったって。」で描かれる葬儀は、家族だけでなく、隣保の人や遺族の仕事関係者なども参列しています。熊本という九州の街では、血縁だけでなくまだ地縁や職縁も生きているのです。しかし、現代日本の葬儀はどんどん薄葬化しています。わたしは儀式にもアップデートが必要だと思っていますが、アップデートにも人々を良き方向に導くものと、悪しき方向に導くものとがあります。

 冠婚葬祭の場合で後者の代表的な例の1つが「家族葬」です。
 新聞の死亡欄で「葬儀は近親者のみで行います」という案内をよく見かけます。続けて、「後日、お別れの会を開催します」といった場合もあります。いま、「葬儀は家族葬で」というのが主流になりかけています。家族葬を選ぶ理由としては、次の4点があげられます。
 1.家族が高齢者
   業者に葬儀を依頼しても、見送る側の負担を最小限にしたい
 2.長期闘病生活を送った
   遺族が長期の看病をした場合など、遺族の健康状態を考慮したい
 3.死の理由を公開したくない
   自殺や特別な事故死など、最小限の参列者にとどめたい
 4.あまり人付き合いがなかった
   親類の参列者が少ないし、近所や職場での交流が少ない

 これらの理由を見ると、「葬儀に来てくれそうな人たちが、みんなあの世に逝ってしまった」「長い間、闘病してきたので、さらに家族へ迷惑はかけたくない」、そんな思いが家族葬を選択させているようです。そこには「ひっそりと葬式を行いたい」という思いが見え隠れしています。 しかしながら、本音の部分は一体どうなのでしょうか?
 お世話になった方々、親しく交際してきた方々に見送られたいというのが、本当の気持ちなのではないでしょうか。その気持ちを押し殺して、故人が遺族に気を遣っているのではないでしょうか。

『葬式は、要らない』を書いた宗教学者の島田裕巳氏のように、葬儀は「贅沢」であり「不要」だと断言する人がいます。果たして、本当に葬儀は不要でしょうか。人生の最期のセレモニーにおいて、故人はお世話になった方々にお礼を言いたいのではないでしょうか。短い時間ではありますが、自分のことを思い出してもらい、ともにすごした時間を共有したいのでは?
 わたしは、よく講演などで「自分の葬儀にどれくらいの人に来てもらいたいかをイメージしてください」という話をします。多くの人にとって、「自分の葬儀に何人くらい来てくれるのか」を考えることは、辛いことかもしれません。さらには、「ひっそりと少人数の葬儀で」という言葉の裏には、「自分には人望があるのだろうか」という不安もあるのではないでしょうか。

 わたしはこうした理由で家族葬が選択されることに、大きな不安を感じています。先の4つの分類でいえば4.に当たるでしょう。いま、日本の社会を表現して「無縁社会」などという言い方がされます。血縁、地縁、社縁といったすべての「縁」が絶たれた絶望的な社会だというのです。わたしは無縁社会を解決するひとつの方法は、葬式について積極的に考えることだと確信します。自身の葬儀をイメージし、「自分の葬儀は寂しいものにはしない。お世話になった方々に、わたしの人生の卒業式に立ち会っていただくのだ」と思うだけで、人は前向きに生きていけるのでないでしょうか。葬儀を考えることは、今をいかに生きるかということにつながってくるのです。

「おじいちゃん、死んじゃったって。」では、久々に再会した遺族たちが対立し、傷つけ合う場面がたくさん描かれます。わたしは、小津安二郎監督の「東京物語」(1953年)を連想しました。わたしは小津映画が昔から大好きで、ほぼ全作品を観ています。黒澤明と並んで「日本映画最大の巨匠」であった彼の作品には、必ずと言ってよいほど結婚式か葬儀のシーンが出てきました。小津ほど「家族」のあるべき姿を描き続けた監督はいないと世界中から評価されていますが、彼はおそらく、冠婚葬祭こそが「家族」の姿をくっきりと浮かび上がらせる最高の舞台であることを知っていたのでしょう。それを「おじいちゃん、死んじゃったって。」がしっかり踏襲しています。

 数多い小津映画の中でも最高の名作とされるのが「東京物語」です。この映画を若い頃に観たときは「どこがいいのか、さっぱりわからない」という人でも10年たち、20年たって「東京物語」を再見すると、その素晴らしさがわかってくるといいます。その理由は「家族のなかから葬式を出す経験をした」からだといいます。つまり「死」というものがより身近になったからなのです。静かに流れていく時間の中で、今、自分が生きている世界から、ものが少しづつ消えていくことの寂しさ、虚しさ、無常観を心から感じるのです。その意味で、小津映画とは、年をとればとるほど分かってくる映画の典型なのでしょう。

 「東京物語」では、葬儀が終わった後の描写も見事です。葬儀が終わり、遺族は料亭で会食をします。杉村春子扮する長女の志げは、「ねえ、京子、お母さんの夏帯あったわね。あれ、あたし形見に欲しいの」と言い出します。その志げも、長男の幸一も、三男の敬三(大阪志郎)も、次々に帰っていきます。実家に一堂に集まった人たちが、1人減り、また1人減っていきます。「東京物語」について、映画監督の篠田正浩氏は「何かが無くなっていく映画」と述べたといいますが、まさに、去っていく者、残されていく者が残酷にも区分けされていくのです。そして最後まで老父(笠智衆)の側にいたのは、戦死した二男の嫁である紀子(原節子)でした。老父は、血を分けた子どもたちよりも親切な紀子に感謝の言葉を述べ、亡き妻の形見である女物の懐中時計を贈るのでした。「おじいちゃん、死んじゃったって。」でも、もう少し葬儀後の余韻のようなものがあると良かったと思いました。

「おじいちゃん、死んじゃったって。」は大家族の物語ですが、主要な登場人物10人のキャラがすべてしっかりと立っています。特に長男の昭夫(岩松了)と次男で吉子の父である清二(光石研)の大喧嘩が見ものでした。二人は妹である長女の薫(水野美紀)を交えて、互いに罵り合い、けっして口にしてはならないような暴言を吐きます。それは相手の人間性やこれまでの人生そのものを否定する激しい言葉でしたが、翌朝、亡き父に向かって合掌する彼らの顔は穏やかでした。

 この映画館で紹介した日本映画「お盆の弟」でも、兄弟が罵り合って傷つけ合いますが、最後は和解します。親子にしろ、兄弟にしろ、血が繋がった者同士というのはいくら傷つけ合っても最後は関係を修復することが可能なのだと思います。これが血の繋がっていない他人では、到底無理な話でしょう。
 そういえば、「おじいちゃん、死んじゃったって。」で次男を演じた光石研は、「お盆の弟」では長男のほうを演じていました。 最後に、「お盆の弟」を観たのも新宿でした。劇場は「 K's cinema(ケイズ・シネマ)」でしたが、こういう血縁映画が限りなく「無縁社会」の香りがプンプンする新宿の映画館で上映されるというのも面白いものですね。