No.0319


 日本映画「羊の木」を観ました。

 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

「山上たつひこといがらしみきおによる、第18回文化庁メディア芸術祭優秀賞(マンガ部門)に輝いた問題作を、アレンジを加え実写映画化。殺人歴のある元受刑者の移住を受け入れた町を舞台に、移住者の素性を知らされていない町の人々の日常がゆがんでいくさまを描く。『桐島、部活やめるってよ』などの吉田大八監督がメガホンを取る。お人よしな市役所職員を錦戸亮、彼の同級生を木村文乃が演じるほか、元受刑者役で北村一輝、優香、松田龍平らが出演する」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。

 「刑期を終えた元受刑者を自治体が受け入れる新仮釈放制度により、閑散とした港町・魚深市に男女6人が移住してくる。市役所職員の月末一(錦戸亮)は彼らの受け入れ担当を命じられるが、移住者たちの過去を住民たちに知られてはならないという決まりがあった。やがて、全員に殺人歴がある犯罪者を受け入れた町と人々の日常に、少しずつ狂いが生じていき......」

 1月31日、ジャニーズ事務所は所属タレントの写真を、この日をもってネットで解禁することを発表しました。東京・有楽町の日本外国特派員協会で行われた映画「羊の木」の会見に登場した関ジャニ∞・錦戸亮(33)が解禁第1号になったわけですが、非常に喜ばしいことですね。同事務所は、これまではタレントの肖像や映像の使用制限をしていました。わたしがコラムを連載している「サンデー毎日」をはじめとする週刊誌の表紙などもネットではジャニーズ事務所のタレントの顔だけが黒塗りになっていました。映画ポスターなどもネットではNGでしたが、これでは映画の宣伝になりません。こちらもOKのようで安心しました。その意味で、ジャニーズ事務所にとって「羊の木」は記念すべき作品となりましたね。

 さて、「羊の木」はコミックが原作ですが、非常に面白かったです。直前に観た「不能犯」もコミックが原作ですが、こちらは内容が薄っぺらい感じがしました。さすがは、山上たつひこといがらしみきおの巨匠同士のコンビだけのことはあります。ちなみに、山上たつひこといえば『がきデカ』、いがらしみきおといえば『ぼのぼの』のイメージが強うですが、わたしは山上では『光る風』、いがらしでは『I(アイ)』という作品に感銘を受けました。ともにシリアスな社会派コミックです。

 わたしは、「羊の木」には「殺人者とは何か」といった深いテーマがあるように思いました。イギリスの評論家コリン・ウィルソンは、15世紀から1960年までの欧米の有名な事件を収録した『殺人百科』の「序文」で実行主義者としての立場から、「殺人者と他の人間との違いは程度の差であって、種類が異なるのではない」と述べています。このウィルソンの発言に同意する作家の佐木隆三は一条真也の読書館『わたしが出会った殺人者たち』で紹介した著書で、「日常の陰の隣人たち」という言葉を使っています。映画「羊の木」は、まさに「日常の陰の隣人たち」の物語でした。

「羊の木」の予告編を最初に観たとき、わたしが連想したのは一条真也の映画館「怒り」で紹介した日本映画です。「羊の木」も同じような群像サスペンスかなと思ったのですが、前半こそその要素はあったものの、次第にサスペンスというよりもサイコホラーの印象が強くなりました。ネタバレになるのでストーリーは詳しく追いませんが、魚深市に移住してきた6人はそれぞれ個性的です。というか、クセが強いです。その中で最もキーパーソンになる人物の行動はちょっと突飛すぎて、観客が置き去りにされた感もありましたが。

 また、優香が演じる太田という介護職員の女性はインパクト大でした。彼女と交際することになった老人はある意味で羨ましかったですが......。でも、それは演じているのが美しい優香だから羨ましいのであって、原作の太田という女性はそんなに美人ではありません。それにしても、優香の怪演は見事でしたね。女優として見直しました。

 優香といえば、Jホラーの名作として知られる清水崇監督の「輪廻」(2006年)に主演しています。35年前に起きた無差別殺人事件の映画化に取り組む関係者に襲いかかる恐怖の惨劇を描いた作品ですが、非常に怖かったです。優香は見事な絶叫クイーンを演じました。

 さて、「羊の木」には非常に興味深い祭が登場します。「のろろ祭」という奇祭です。「のろろ」は、魚深に祀られている神で、決してその姿を見てはならないと言われています。「のろろ祭」では、魚の頭をした「のろろ様」を先頭に異形の集団が町を練り歩きます。魚深の崖には巨大な「のろろ像」があります。言い伝えでは、祭りの日に2人の生け贄がそこから飛び込むと、1人は助かり、もう1人は沈んだまま死体が上がらないとされています。この「のろろ様」、一条真也の読書館『インスマウスの影』や同じく『ダゴン』で紹介した怪奇小説の巨匠であるH・P・ラヴクラフトの小説を連想させます。

 さらに、「のろろ祭」は1973年製作のイギリス映画「ウイッカーマン」を連想させます。スコットランドに古くから伝わる原始的宗教が生き残る島の奇祭を描いた怪奇映画で、ドラキュラ役者として有名なクリストファー・リーが主演しています。2006年にニコラス・ケイジ主演でリメイクされました。「ウィッカーマン」とは、カエサルの『ガリア戦記』に記述されている柳の枝で編まれた巨大な人型の檻のことです。ドルイド教徒は、この中に生贄となる人間を入れて燃やしたとされています。「のろろ像」は、この「ウイッカーマン」の巨大人形をヒントにしたように思います。

「羊の木」の原作では、「のろろ様」が各家の扉をたたいて回り、住人は「のろろ様」の姿を見ずに合言葉で追い返すという描写があります。このような奇祭は実際には存在しませんが、日本全国にはさまざまな奇祭が行われています。T-SITEが配給する「【ニッポンの奇祭】映画『羊の木』に登場する『のろろ祭』のヒントにも!?2月開催の奇祭3選」というネット記事には、今月開催される「おんだ祭」、「黒石寺蘇民祭」、「なまはげ柴灯祭」が紹介されています。

「おんだ祭」は飛鳥坐神社(奈良県高市郡明日香村)で開催され、開催日は毎年2月第1日曜日(今年は2月4日)です。子孫繁栄と五穀豊穣を祈った伝統行事として、毎年恒例の奇祭として知られています。この祭のメインイベントは、天狗とお多福が舞台上で披露する「結婚式」と称するリアルな夫婦のセックス劇です。キス、婚礼を経て、天狗がお多福を床にそっと寝かし、お多福の両足をグッと開きます。いかにも生々しい行為ですが、実際はいやらしさよりも滑稽さが勝って笑いが起こるそうです。行為後は、天狗とお多福が股間を拭いた紙を参拝者に対して投げつけます。これが「福の紙」とされ、手にすると子宝に恵まれるとされているとか。まさに「日本一の奇祭」ですね。

「日本三大奇祭」の1つとして有名な「黒石寺蘇民祭」は黒石寺(岩手県奥州市)で開催され、開催日は今年は2月3日でした。毎年、旧暦の1月7日に行われる五穀豊穣・無病息災を願って行われます。蘇民祭は岩手県南部地方を中心にいくつかの場所で行われていますが、黒石寺の蘇民祭はじつに1000年以上の歴史を持ち、国の無形民俗文化財にも登録されています。男性たちがフンドシ一丁で氷の張った池に入り身を清める「裸参り」をはじめ、蘇民袋を裸の若者たちが奪い合う姿など迫力満点です。極寒の中で繰り広げられる「男の中の男の祭」と言えるでしょう。

 最後の「なまはげ柴灯祭」は真山神社(秋田県男鹿市北浦)で開催され、開催日は毎年2月の第二金・土・日の3日間、今年は2月9日~11日です。真山神社の正月の神事「柴灯祭」と、伝統的な風習である「なまはげ」を組み合わせ、神社境内で開催されます。「なまはげ」は男鹿に古くから伝わる民俗行事で、年に一度、各家々を巡り、悪事に訓戒を与え、災禍を祓い、祝福を与えて去っていくと言われます。「怠け者はいねが、泣ぐ子はいねが」と練り歩く姿はあまりにも有名ですね。その「なまはげ」が、真山神社境内に焚き上げられた柴灯火のもとで乱舞するのです。


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儀式論』(弘文堂)


 拙著『儀式論』(弘文堂)の第3章「祭祀と儀式」では、「まつり」の本質について言及しました。「まつり」は、超自然的存在に対する祈願、崇敬、感謝、謝罪の意思を表明する行為です。現在でも、年中行事や通過儀礼として「まつり」は暮らしに息づいています。また「まつり」は、民俗学の「ハレとケ」の概念でも知られる。「まつり」は「ケ(褻)」(=日常)に対する「ハレ」(=非日常)です。「ケ」が続き、日常の生命力が枯渇すると「ケガレ(褻枯れ、気枯れ)」となります。そこで定期的に神を迎え、神の力にふれて生命力を振るい起こすためにも「まつり」が必要となるのです。つまり祭りは日常生活のエネルギーを補給するための特別な空間と時間を象徴するものとなっていたと言えるでしょう。「羊の木」に登場する「のろろ祭」という奇祭は「まつり」の本質を見事に表現していたと思います。