No.394


 9日に公開されたばかりの映画「マイ・ブックショップ」をシネスイッチ銀座で観ました。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『ナイト・トーキョー・デイ』などのイザベル・コイシェ監督が、イギリスのブッカー賞受賞作家ペネロピ・フィッツジェラルドの小説を映画化。田舎町で亡き夫との念願だった書店を開業しようとするヒロインを描く。主演は『レオニー』などのエミリー・モーティマー、共演に『ラブ・アクチュアリー』などのビル・ナイ、コイシェ監督作『しあわせへのまわり道』にも出演したパトリシア・クラークソンら」

 ヤフー映画の「あらすじ」には、以下の通りです。
「1959年、戦争で夫を亡くしたフローレンス(エミリー・モーティマー)は、書店が1軒もないイギリスの田舎町で、夫との夢だった書店を開こうとする。しかし、保守的な町では女性の開業は珍しく、彼女の行動は住民たちから不評を買う。ある日、40年以上も自宅に引きこもりひたすら読書していた老紳士(ビル・ナイ)と出会う」

「マイ・ブックショップ」は書店をテーマにした映画なので、三度の飯よりも本が好きなわたしは楽しく鑑賞しました。エミリー・モーティマー演じるフローレンスも、ビル・ナイ演じる老紳士も、こよなく本を愛しています。彼らは多くの本を読んでいますが、教養豊かな上品な人物として描かれています。わたしのブックレビューサイトである「一条真也の読書館」の扉には、「本ほど、すごいものはありません。自分でも本を書くたびに思い知るのは、本というメディアが人間の『こころ』に与える影響の大きさです。わたしは、本を読むという行為そのものが豊かな知識にのみならず、思慮深さ、常識、人間関係を良くする知恵、ひいてはそれらの総体としての教養を身につけて『上品』な人間をつくるためのものだと確信しています」と書かれています。

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2012年のクリスマスに開設された「一条真也の読書館

 40年間も引きこもって本を読み続けた老紳士はあっけなく亡くなってしまいます。死んでしまったら、彼の続けてきた膨大な読書はすべてムダになってしまうのでしょうか。わたしは、そうは思いません。拙著『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)にも書きましたが、教養こそは、あの世にも持っていける真の富だとわたしはは確信しています。あの丹波哲郎さんは80歳を過ぎてからパソコンを学びはじめました。ドラッカーは96歳を目前にしてこの世を去るまで、『シェークスピア全集』と『ギリシャ悲劇全集』を何度も読み返していたそうです。死が近くても、教養を身につけるための勉強が必要なのです。

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あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)

 モノをじっくり考えるためには、知識とボキャブラーが求められます。知識や言葉がないと考えは組み立てられません。死んだら、人は魂だけの存在になります。そのとき、学んだ知識が生きてくるのです。そのためにも、人は死ぬまで学び続けなければなりません。現金も有価証券も不動産も宝石もあの世には持っていけません。それらは、しょせん、この世だけの「仮の富」です。教養こそが、この世でもあの世でも価値のある「真の富」なのです。

 わたしは、読書した本から得た知識や感動は、死後も存続すると本気で思っています。人類の歴史の中で、ゲーテほど多くのことについて語り、またそれが後世に残されている人間はいないとされているそうですが、彼は年をとるとともに「死」や「死後の世界」を意識し、霊魂不滅の考えを語るようになりました。『ゲーテとの対話』では、著者のエッカーマンに対して、「私にとって、霊魂不滅の信念は、活動という概念から生まれてくる。なぜなら、私が人生の終焉まで休みなく活動し、私の現在の精神がもはやもちこたえられないときには、自然は私に別の生存の形式を与えてくれるはずだから」(木原武一訳)と語っています。

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永遠の知的生活』(実業之日本社)

 わたしは、ゲーテと同じく理想の知的生活を実現された、おそらく唯一の日本人に「稀代の碩学」と呼ばれた故渡部昇一先生と「読書」について対談させていただきました。その内容は『永遠の知的生活』(実業之日本社)として出版しました。わたしとの対談で、渡部先生は「キリスト教の研究家にこんなことを教えてもらいました。人間が復活するときは、最高の知性と最高の肉体をもって生まれ変わるということです」と言われました。わたしが「これらかもずっと読書を続けていけば、亡くなる寸前の知性が最高ということですね。そして、その最高の知性で生まれ変われるということですね」と言ったところ、先生は「そうです。それに25歳の肉体をもって生まれ変われますよ」と言われました。これほど嬉しい言葉はありません。わたしは「それを信じてがんばります。まさに『安心立命』であります」と述べました。

 さて、「マイ・ブックショップ」ですが、当然ながら舞台は書店です。書店を舞台とした映画といえば、すぐに「チャーリング・クロス街84番地」が思い浮かびます。ニューヨークに住む本好きの女性がロンドンの古書店にあてた1通の手紙から始まった20年にわたる心温まる交流が描かれた往復書簡集を映画化した作品です。書物への愛情が描かれているのはもちろん、ともにアカデミー賞俳優であるアンソニー・ホプキンズとアン・バンクロフトによる心温まる珠玉のラブ・ストーリーに仕上がっています。

 また、「マイ・ブックショップ」にはウラジミール・ナボコフの『ロリータ』やレイ・ブラッドベリの『華氏451度』といった実在の小説たちが登場します。『ロリータ』は「ロリコン」の語源となった問題小説ですが、『華氏451度』は本をテーマにした作品で、本の素材である)紙が燃え始める温度(華氏451度≒摂氏233度)を意味します。この小説は1966年にフランソワ・トリュフォー監督によって「華氏451」として長編SF映画化されました。非常にスタイリッシュで、わたしの大好きな作品です。

「華氏451」では読書が禁じられた独裁国家の恐怖が描かれています。読書家が隠し持っていた書物は当局から没収され、焼却されます。古代中国の始皇帝による「焚書坑儒」が有名ですが、古来、書物を燃やすことほど野蛮な行為はありません。そんな野蛮行為が20世紀にナチス・ドイツによって復活しました。それをテーマにしたのが、一条真也の映画館「やさしい本泥棒」で紹介した20世紀フォックスが2013年に制作した映画です。マークース・ズーサック原作のベストセラー小説『本泥棒』を基に、ナチス政権下のドイツを舞台に、孤独な少女が書物を糧に厳しい時代を乗り越えようとする姿を感動的に描いています。

 ネタバレを覚悟で書くと、「マイ・ブックショップ」のラストシーンでは書店が火事となり、大量の書物が焼けます。
 主人公にとっての至福の場所が炎に包まれるという設定は、ブログ「ニュー・シネマ・パラダイス」で紹介した1989年のイタリア映画を連想させます。主人公トトの愛した映画館「パラダイス座」はフィルムからの出火により、思い出とともに燃えてしまったのでした。この映画は、89年のカンヌ国際映画祭審査員特別賞および同年のアカデミー外国語映画賞を受賞しています。

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シネスイッチ銀座で上映された「マイ・ブックショップ」

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シネスイッチ銀座の「マイ・ブックショップ」コーナー

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『ロリータ』や『華氏451度』の原書も展示

「ニュー・シネマ・パラダイス」の日本における初公開は、1989年12月でした。東京・銀座4丁目にある「シネスイッチ銀座」で40週にわたって連続上映されました。わずか200席の劇場で動員数約27万人、売上げ3億6900万円という驚くべき興行成績を収めました。この記録は、単一映画館における興行成績としては、現在に至るまで未だ破られていません。奇しくも、わたしは同じシネスイッチ銀座で「マイ・ブックショップ」を鑑賞しました。

 シネスイッチ銀座で上映された映画に一条真也の映画館「マイ ビューティフル ガーデン」で紹介した2017年日本公開のイギリス映画があります。「植物恐怖症の女性が、偏屈だが卓越した園芸家である隣人男性からガーデニングの手ほどきを受けるうちに人生が輝き始める人間ドラマです。
 美しいイングリッシュガーデンから生まれた現代のシンデレラストーリーなのですが、わたしは「マイ・ブックショップ」を観ながら、ずっと「マイ ビューティフル ガーデン」のことを考えていました。

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花咲く庭で読書するのが最高の幸せ!

 両作品はイギリスを舞台にしているだけではなく、「本」と「花」という人生を豊かにしてくれる宝物の素晴らしさを描いています。かくいうわたしは「読書」と「ガーデニング」が最高の趣味であり、書斎と庭園という二大マイ・ユートピアを合わせた「書庭」という言葉をひそかに使っています。ああ、できるものなら、わたしはどこにも行かず、わが理想郷である「書庭」にずっと潜んでいたい!
 改元まで、あと52日です。