No.424
映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」をレイトショーで観ました。劇場は、TOHOシネマズ日比谷のIMAXです。ストーリーの起伏に乏しい作品で、わたしの隣の席のおばあさんはイビキをかいて寝ていました。でも、タランティーノ監督のハリウッド愛が全篇に溢れた映画であり、わたしは161分の上映時間ずっと退屈しませんでした。けっして上から目線で言うわけではありませんが、この映画はある程度の映画史の知識がなければ楽しめないかもしれませんね。あと、ラストの展開は想定外で呆然としました。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『ジャンゴ 繋がれざる者』のレオナルド・ディカプリオ、『イングロリアス・バスターズ』のブラッド・ピットとクエンティン・タランティーノ監督が再び組んだ話題作。1969年のロサンゼルスを舞台に、ハリウッド黄金時代をタランティーノ監督の視点で描く。マーゴット・ロビー、アル・パチーノ、ダコタ・ファニングらが共演した」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「人気が落ちてきたドラマ俳優、リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)は、映画俳優への転身に苦心している。彼に雇われた付き人兼スタントマンで親友のクリフ・ブース(ブラッド・ピット)は、そんなリックをサポートしてきた。ある時、映画監督のロマン・ポランスキーとその妻で女優のシャロン・テート(マーゴット・ロビー)がリックの家の隣に引っ越してくる」
この映画、とにかく贅沢です。ダブル主演のレオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットに加え、タランティーノ組のマイケル・マドセン、カート・ラッセル、さらにはアル・パチーノまでも出演しており、豪華なキャスティングとなっています。1960年代の映画やTVショーに対するタランティーノの溢れんばかりの愛情が詰まった作品ですが、「カリフォルニア・ドリーミング」「ミセス・ロビンソン」などの当時の音楽もガンガン流れ、キャデラック、ポルシェ、VWカルマンギア、マスタング(1968年型)といった当時の名車たちが疾走し、ファッションも当然ながら当時流行したものがスクリーンに映ります。
タランティーノは「人生でいつか、ハリウッドを描く映画を作りたいと思っていました」と語っています。まさに今がその時で、映画という文化が移り変わる「1969年」という記念すべき年が、ちょうど50年後となる2019年に甦りました。タランティーノは、かねてから監督作を10本撮ったら引退すると公言していましたが、本作は通算9作目となります。ところが、一時は「評判が良ければ、もう10本目は撮らないかも知れません。これで終わりかも」とか、「もう映画では全てを出し尽くしました」などと言っていたそうです。その後、やはり10本目は撮ると決意したとか。
いずれにせよ、それほどの覚悟を込めて、鬼才タランティーノが全力で挑んだ映画人生の集大成が、この「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」です。そんな渾身の一作の主演に選ばれたのが、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの2人でした。彼らは「最後の映画スター」と呼ばれているそうです。この映画がワールド・プレミアを迎えた日、アメリカの「The Hollywood Reporter」は「レオナルド・ディカプリオはいかにしてハリウッド最後の映画スターになったのか」という記事でディカプリオを讃えました。マーティン・スコセッシの「レオは生まれながらの銀幕俳優。無声映画にも出られる。あの表情と、あの目線があれば、何も言わなくても成立する」と評したエピソードなどを紹介するこの記事は、「ハリウッドは人を変えてしまうが、しかしレオのことは変えなかった」と締めています。
じつは、わたし、タランティーノの名前はT.M.Revolutionの「WHITE BREATH」の歌詞で初めて知りました。1997年の歌ですが、「タランティーノぐらいレンタルしとかなきゃなんて、殴られた記憶もロクにないくせに♪」というやつです。「タランティーノって何だ?」と思って調べたところ、当時のアメリカで最もクールとされていた映画監督でした。早速、わたしは「レザボア・ドッグス」(1992年)、「パルプ・フィクション」(94年)、「ジャッキー・ブラウン」(97年)などのビデオソフトを求めて、一晩で一気に観ました。非常に暴力的でありながらも奇抜な娯楽作品という印象でしたね。その後はしばらく作品を発表しませんでしたが、久々の「キル・ビルvol.1」(2003年)、それから「キル・ビルvol.2」(04年)は楽しく観賞しました。寡作な監督ですが、その後も「デス・プルーフ in グラインドハウス」(07年)。そして、「イングロリアス・バスターズ」(09年)に主演したのがブラッド・ピットです。さらに、2012年に一条真也の映画館「ジャンゴ 繋がれざる者」で紹介した映画が大ヒット。この映画に出演したのがディカプリオでした。
ディカプリオといえば、「映画を愛する美女」こと映画ブロガーのアキさんが大ファンだそうです。彼女の「アキの映画な日々『人生は美しい』」という映画ブログの「人生で初めてファンになったハリウッドスター」という記事には、「洋画をたくさん観るようになって、一番最初に大ファンになった俳優さんは レオナルド・ディカプリオでした」と書かれています。そんな彼女にとって、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」はディカプリオの魅力が炸裂した主演作として、公開を心待ちにしていたことでしょう。
「日経電子版」2016年5月10日
しかしながら、わたしの場合は、もう1人の主演であるブラッド・ピットの存在が大きかったです。というのも、一条真也の新ハートフル・ブログ「誕生日には同級生のことを考える」でも紹介したように、ブラッド・ピットとわたしは同い年なのです。ちなみにジョニー・デップも同い年で、トム・クルーズが1歳上、キアヌ・リーヴスが1歳下です。「だから、どうした?」と言われても困るのですが、なんとなく同年代の彼らには親近感をおぼえ、彼らが出演する映画はなるべく観るようにしています。ディカプリオが現在44歳なので一回り下ですが、彼の出世作となった「ギルバート・グレイプ」(1977年)では、ジョニー・デップと兄弟役を演じています。ちなみに「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の製作が発表された当初、トム・クルーズも出演交渉に加わっていたそうです。いっそのこと、わたしの同年代4人(ハリウッド四天王?)が勢揃いしていたら素敵でしたね。それにしても、本作で上半身裸になったブラッド・ピットの56歳の肉体美には感服です。わたしも、もっと鍛えなければ!
ディカプリオとピットの2人に負けずに輝きを放っているのが、女優シャロン・テートを演じたマーゴット・ロビーです。ミニスカート姿のチャーミングな彼女ですが、じつはタランティーノの大ファンで、監督への手紙を書いていたそうです。「とにかく私がどれだけ彼の映画が大好きか、私の子供時代を占めていたかを伝えたかったんです」と語っていますが、タランティーノが脚本を書き終えた1週間半後に、その手紙は届きました。「是非、いつかお仕事をご一緒させてください」と書かれた手紙を受け取ったタランティーノは、マーゴットとランチを共にすることにしました。そのとき、「シャロン・テートって知ってます?」と尋ねたところ、「はい、知っています」と即答して、マーゴットの出演が決まりました。1通の手紙が本当に出演につながることまでは期待していなかったマーゴットは非常に驚きましたが、実際のシャロン・テートの魅力を見事に表現していました。
マーゴット演じるシャロン・テートは、「悲劇の女優」として知られています。1960年代にテレビの人気シリーズに出演し、その後、映画に進出しました。映画「吸血鬼」で共演したのが縁で1968年1月20日に映画監督のロマン・ポランスキーと結婚しましたが、翌1969年8月9日、狂信的カルト指導者チャールズ・マンソンの信奉者達ら3人組によって、ロサンゼルスの自宅で殺害されました。当時シャロンは妊娠8か月で、襲撃を受けた際に「子供だけでも助けて」と哀願したそうです。しかし、それが仇となって、ナイフで計16箇所を刺されて惨殺されたのでした。残された夫のポランスキーは、生まれることなく死んだわが子にテートと自らの父の名を取ってポール・リチャードと名付け、テートとともに埋葬しました。
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」と同じ8月30日に公開された「ハリウッド1969 シャロン・テートの亡霊」では、事件が起こる1年前のシャロンの姿が描かれています。「悪魔の棲む家 REBORN」などを手がけたダニエル・ファランズ監督が、事件の1年前となる68年8月にテートが事件を予知するかのような奇妙な夢の話をしていたインタビュー記事に着想を得て、手がけた作品です。シャロン役を人気歌手で女優のヒラリー・ダフが演じています。わたしも、シャロン・テートといえば、惨殺された「悲劇の女優」という負のイメージだけでしたが、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を観て、存命中は非常に魅力溢れる女優であったことを知りました。彼女を演じたマーゴットは、「あの悲劇を掘り下げる意図はありません。純真さの喪失を描いていて、彼女の素晴らしい一面は台詞なくとも充分に見せることができました」と語っています。タランティーノは、「これが彼女の、マンソン・ファミリーに奪い去られた、与えられなかった日常です」「ただ彼女の生活を見られるだけでも、特別なことじゃないか」と考えたといいます。
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」では、とにかく、マンソン・ファミリーが不気味な存在感を放っています。アメリカのカルト指導者であり犯罪者であるチャールズ・ミルズ・マンソン(1934年11月12日―2017年11月19日)は、1960年代末から1970年代の初めにかけて、カリフォルニア州にて「ファミリー(マンソン・ファミリー)」の名で知られるコミューンを率いて集団生活をしていました。シャロン・テート、ラビアンカ夫妻ら5人の無差別殺人を、自身の信者に教唆して殺害させたことで、共謀罪を宣告されています。共謀という目的の促進のため、彼の仲間の共謀者たちが犯した犯罪により、メンバーそれぞれが共謀罪として有罪となり、マンソンは連帯責任の規則で殺人罪による有罪判決を受けました。彼は売春婦だった母親が16歳で産んだ私生児で、戸籍もなかったそうです。一条真也の映画館「存在のない子供たち」で紹介した映画の主人公と同じく、社会から認められない存在だったわけですが、そのことが社会への憎悪へとつながっていったのだとしたら、これほど悲しい話はありません。
そのマンソン・ファミリーを描いた映画「チャーリー・セズ :マンソンの女たち」が9月6日から公開されます。チャールズ・マンソンとそのファミリーを、女性実行犯たちに焦点を当てて描いたドラマです。「アメリカン・サイコ」の監督メアリー・ハロンと脚本家グィネビア・ターナーが再タッグを組み、エド・サンダースによる犯罪ドキュメント「ファミリー シャロン・テート殺人事件」をベースに、女性実行犯レスリー・バン・ホーテンの獄中生活を記録したカーリーン・フェイスの手記も取り入れながら映画化。主要女性メンバー3人のファミリーへの加入から洗脳と狂信の果ての殺人、逮捕・収監まで、いかにして負のスパイラルに堕ちていったのかを描き出すそうです。
わたしたちは過去の出来事として、1969年8月9日に起こった悲劇を知っています。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」では、「その時」に向けて刻々とカウントダウンが進み、観客は惨劇を目撃する心の準備をしますが、ここで想定外の事態が起こります。この映画は絶対にネタバレ禁止ですので、詳しくは書けませんが、突如、バイオレンス全開のタランティーノ節が違う形で披露され、観客は呆然とするのでした。これはもう歴史を書き換えたというか、人間の運命を決めることができる映画監督という存在が「神」に等しいことを示したとしか言えません。この展開には、本当に仰天しました。しかし、今は亡きシャロン・テートにとっては最高の供養になったように思います。さらには、シャロンの遺族や友人やファンたちにとっても、半世紀越しのグリーフケアになったのではないでしょうか。
『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)
拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)において、わたしは映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の「不死への憧れ」があると述べました。映画と写真という2つのメディアを比較してみると、写真は、その瞬間を「封印」するという意味において、一般に「時間を殺す芸術」と呼ばれます。一方で、動画は「時間を生け捕りにする芸術」であると言えるでしょう。かけがえのない時間をそのまま「保存」するからです。「時間を保存する」ということは「時間を超越する」ことにつながります。さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。だからこそ、映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画が作られてきたのでしょう。映画の「時間を超越する」力は「歴史を変える」力にもなり、「死すべき運命から自由になる」力は「死ぬはずの人間を死ななくする」力ともなるのです。そのことを、わたしはタランティーノに教えられました。まさに、映画とは最大の魔術であると言えるでしょう。
他にも、弱冠10歳の子役、ジュリア・バターズがキュートで豊かな才能を見せてくれます。リックに役者としての自信を取り戻させる小さな共演者トルーディを演じていますが、リックに「プロの役者とは」を語ってみたり、「私が人生で見た中でも最高の演技だった」とリックの耳元で囁いたりします。ディカプリオはジュリアのことを「若い頃のメリル・ストリープのようだ」と評したそうですが、10年後が楽しみな人材が現れましたね。
あと、スティーブ・マックイーンをはじめ、1969年を彩った人物が多く登場します。当時、TVドラマシリーズ「グリーン・ホーネット」にカトー役で出演していたブルース・リーもその1人です。リーを「神」と崇めるマイク・モーが演じましたが、カシアス・クレイ(モハメド・アリ)へのリスペクトを語ってみたり、ブラッド・ピット演じるクリフとガチンコで対決してみたりと、奇妙な存在感を示していました。その他にも、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は見どころが豊富で飽きませんでした。タランティーノの次回作、運命の10作目が今から楽しみです!