No.425
6日から公開されている映画「アス」を観ました。一条真也の映画館「ゲット・アウト」で紹介した映画で監督デビューを果たし、ホラー映画としては異例のアカデミー賞主要4部門ノミネート(脚本賞を受賞)の快挙を成し遂げ、一躍時の人となったジョーダン・ピールの最新作です。わたしも、ホラーにはかなりうるさい方ですが、この「アス」は非常に怖く、とてつもなく不気味な映画でした。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「第90回アカデミー賞で脚本賞を受賞した『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール監督と、製作を務めたジェイソン・ブラムが再び組んだスリラー。休暇で海辺にやって来た一家が、自分たちにそっくりな人物に遭遇する。『それでも夜は明ける』で第86回アカデミー賞助演女優賞に輝いたルピタ・ニョンゴが主演を務め、『ブラックパンサー』などのウィンストン・デューク、ドラマシリーズ「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」などのエリザベス・モスらが共演」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「アデレードは夏休みを利用して、夫と2人の子供たちと一緒に幼い頃住んでいたカリフォルニア州サンタクルーズの家を訪問する。彼女は友人一家と落ち合いビーチへ出掛けるが不可解な出来事に見舞われ、過去のトラウマがフラッシュバックする。やがて夜になると、自分たちとうり二つの不気味な4人組が家の前に現れる」
「アス」を観終わって、基本的には前作「ゲット・アウト」と同じテイストのホラー映画だと思いました。「ゲット・アウト」では、恋人の実家を訪ねた黒人の青年が、そこで想像を絶する恐怖を体験します。ニューヨークで写真家として活動している黒人のクリス(ダニエル・カルーヤ)は、週末に恋人の白人女性ローズ(アリソン・ウィリアムズ)の実家に招かれて歓待を受けます。彼は、そこに黒人の使用人がいることに違和感を覚えるのですが、次第に異常な世界に巻き込まれていきます。今回の「アス」では、‟次第に"ではなく、‟一気に"主人公が異常な世界に巻き込まれた印象でした。
この「アス」ですが、全米では、初週に「ゲット・アウト」の2倍以上となる7100万ドルを稼ぎ、初登場1位を獲得しました。この数字は一条真也の映画館「クワイエット・プレイス」で紹介したヒット作を抜き、オリジナルホラーにおける歴代1位のオープニング成績となりました。興行面だけでなく、米批評家サイト「Rotten Tomatoes」では94%フレッシュ(8月15日時点)の高評価でした。これは2019年公開映画において、「アベンジャーズ エンドゲーム」を超えるNo.1スコアです。「アス」は圧倒的な興行成績を記録し、批評家たちも唸らせまくったことになります。
「アス」の主人公は、黒人女性であるアデレードです。彼女は裕福な夫、長女、長男とともに夏のバカンスに繰り出し、幼少期に住んでいた西海岸の別荘に泊まります。深夜、そこに囚人服風の赤いジャンプスーツをまとった4人組の奇妙な訪問者がやってきます。彼らはアデレードの一家に酷似した風貌の持ち主でした。そこからドッペルゲンガーとホーム・インベージョン(家宅侵入スリラー)の要素が合体した悪夢が展開されます。
映画評論家の高橋諭治氏は「映画.com」で、アデレード家を襲ったドッペルゲンガーたちについて述べています。
「ここでのドッペルゲンガーは幽霊のようにおぼろげな存在ではなく、生々しい実体のある攻撃的なモンスターとして描かれている。US(私たち)とそっくりの怪物が襲ってくる不条理な状況そのものが恐ろしいわけだが、ピール監督は経済的に満たされたアデレード一家と底知れない怨念をみなぎらせた分身たちの対決劇に、貧富の格差が拡大し、社会が分断したUS(アメリカ)のダークな現実を投影している。(中略)奇想天外なアイデアで人種差別を扱った『ゲット・アウト』が実は知性に裏打ちされていたように、本作もまたリアルな視点を秘めた"社会派"ホラーなのである」
分身たちがUS(アメリカ)のダークな現実を投影した存在であろうとも、侵入者は侵入者です。アデレードたちは、何としてでも自分たちの身を守らなければなりません。この不条理な家宅侵入者たちの姿は、一条真也の映画館「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」で紹介した映画に登場するマンソン・ファミリーを彷彿とさせました。彼らの赤い囚人服のようなユニフォームも、限りなくカルト集団を連想させます。こういう不条理な侵入者に対しては、徹底的に抗戦しなければなりません。ここで「暴力はいけない」とか「過剰防衛にならないか」などと思っては負けです。とにかく、相手を完膚なきまでに攻撃しなければなりません。そして、ネタバレに注意しながら書けば、この点では、アデレード一家は合格でした。
わたしは、少し前に起こった高速道路での「あおり殴打事件」を思い出しました。「あおり殴打男」こと宮崎文夫容疑者が被害者の男性を5発殴ったドライブレコーダーの映像が公開され、宮崎容疑者は連れのガラケー女とともに逮捕されました。彼はとんでもない野郎なので、しっかりと罪を償ってもらいたいものですが、わたしは被害者にも言いたいことがあります。あえて言わせてもらえれば、あの人は5発も殴られてはいけません。1発殴られた時点で、すでに正当防衛が成立しますし、助手席には女性もいたようですので、彼女の身を守る必要もありました。この点はダウンタウンの松本人志さんも指摘していましたね。
松本さんといえば、プロレスラーばりのマッチョな肉体で知られていますが、そもそも彼が体を鍛えるようになったのは、「結婚して、子どもができて、守りたいものができたから」だそうです。いざという時に、自分が身を呈して家族を守るということです。松本さんが同じ目に遭ったとしたら、むざむざ5発も殴られることはなかったでしょうが、それは彼と同い年であるわたしも同じです。わたしなら絶対に車の窓は開けませんし、もし開けて1発殴られたら、すぐに相手を腕をつかんで窓を閉め、その腕を窓で挟んだだままアクセルを踏みます。そこで相手は必ず転倒しますから、そこで再びアクセルを踏んで走り去ればいいのです。
そもそも、車以上の武器(凶器)はないのです。映画「アス」でも車から降りて、相手を攻撃する場面がありましたが、これはナンセンスのきわみ。車に乗ったままアクセルを踏めばいいのです。わたしの言うことを暴論と思う人は、きっと平和ボケしているのでしょう。マンソン・ファミリーとか、「アス」のドッペルゲンガーみたいなイカれた連中に襲われた時は、すでに戦場にいるのと同じですから、死に物狂いで闘わなければなりません。そこで「暴力はいけない」とか「日本は法治国家だから」などと呑気なことを考えていては、必ず命を落とすでしょう。現在公開中の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」で、ある登場人物が侵入者を撃退するために、なんと火炎放射器を使います。「いくらなんでも、やりすぎでは?」と思った人も多いでしょうが、あれは、まったくもって正しいのです。
わたしは、「アス」を観て、 一条真也の映画館『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』で紹介した本の内容を思い出しました。著者である漫画家の荒木飛呂彦氏は「かわいい子にはホラー映画を見せよ」と訴えています。 一般に人間は、かわいいもの、美しいもの、幸せで輝いているものを好みます。しかし、世の中すべてがそういう美しいもので満たされているということはありません。むしろ、美しくないもののほうが多い。そのことを、人は成長しながら学んでいきます。現実の世の中には、まだ幼い少年少女にとっては想像もできないほどの過酷な部分があるのです。それを体験して傷つきながら人は成長していくのかもしれません。つまり、現実の世界はきれい事だけではすまないことを誰でもいずれは学んでいかざるをえないのです。そして、そこでホラー映画が必要となります。
荒木氏は、同書で以下のように述べています。
「世界のそういう醜く汚い部分をあらかじめ誇張された形で、しかも自分は安全な席に身を置いて見ることができるのがホラー映画だと僕は言いたいのです。もちろん暴力を描いたり、難病や家庭崩壊を描いたりする映画はいくらでもありますが、究極の恐怖である死でさえも難なく描いてみせる、登場人物たちにとって『もっとも不幸な映画』がホラー映画であると。だから少年少女が人生の醜い面、世界の汚い面に向き合うための予行演習として、これ以上の素材があるかと言えば絶対にありません。もちろん少年少女に限らず、この『予行演習』は大人にとってさえ有効でありうるはずです」
まさに、「アス」はさまざまな不測の事態の「予行演習」となる優れたホラー映画であると思いました。ジョーダン・ピール監督の次回作が楽しみです!