No.365


 映画「クワイエット・プレイス」を観ました。「全米No.1! ホラー映画史に残る社会現象級大ヒット!」「新体感サバイバルホラー、解禁」との触れ込みですが、正直、そんなに怖くはありませんでした。


 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。 「『ボーダーライン』『ガール・オン・ザ・トレイン』などのエミリー・ブラントらが出演したホラー。音に反応し人間を襲う何かが潜む世界で、音を立てずに生き延びようとする一家を映す。ドラマシリーズ「ザ・オフィス」などのジョン・クラシンスキーが監督と出演を兼ね、『ワンダーストラック』などのミリセント・シモンズ、『サバービコン 仮面を被った街』などのノア・ジュープらが共演する。生活音が未曽有の恐怖を生み出し、一家に次々と危機が訪れる」

 ヤフー映画の「あらすじ」には、こう書かれています。 「音に反応して襲撃してくる何かによって、人類は滅亡の危機にさらされていた。リー(ジョン・クラシンスキー)とエヴリン(エミリー・ブラント)の夫婦は、聴覚障害の娘ら3人の子供と決して音を立てないというルールを固く守ることで生き延びていた。手話を用い、裸足で歩くなどして、静寂を保ちながら暮らしていたが、エヴリンの胎内には新しい命が宿っていた」

「クワイエット・プレイス」は、公開初週に一条真也の映画館「ゲット・アウト」で紹介した映画を超える記録的大ヒットオープニング記録を打ち立て、その後も並み居る歴代のホラー映画の記録を累計で打ち破り、全米で社会現象とも呼べる熱烈な盛り上がりが拡がっているそうです。「バラエティ」、「ハリウッド・リポーター」、「ローリング・ストーン」、「タイム」などの名だたる媒体も大絶賛したとか。一条真也の映画館「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」で紹介した映画の原作者で、「ホラー小説の帝王」と呼ばれるスティーヴン・キングをはじめとする多くの有名人もSNS上で絶賛。世界最大映画批評サイトである「Rotten Tomatoes」では、近年のホラー映画最大のヒットとなった「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」をはるかに超える驚異の95%を現在も維持しているそうです。それは、大したものですね。

 しかしながら、この「クワイエット・プレイス」という映画、じつにツッコミ所が多いのです。舞台は、音に反応し人間を襲う"何か"によって人類が滅亡の危機に瀕した世界です。ある1組の家族が生き延びるために、さまざまな方法を駆使します。手話を使い、道には砂を敷き詰めて裸足で歩く周到ぶりでした。しかしながら、地下室へ降りる階段には剥き出しの釘が飛び出ており、それが物語で重要な役割を果たすのですが、これはどう考えても不自然でした。これほど用心深い一家が、剥き出しの釘を放置しておくとは!

 また、ツッコミ所といえば、こんな非常時に母親が妊娠・出産というのが信じられません。「映画史上最恐の出産」という触れ込みですが、実際にはあり得ないと思います。赤ちゃんだって、もっと大きな声で泣き叫ぶはずですよ。 「映画史上最恐の出産」といえば、一条真也の映画館「マザー!」で紹介した映画で、ジェニファー・ローレンス扮する詩人の若妻が出産するシーンはけっこう怖かったですけどね。いま思い出しても、「マザー!」は胸糞悪い映画でした。

 それにしても、「クワイエット・プレイス」で母親役のエミリー・ブラントは美しかったですね。彼女は、50ヵ国で空前のベストセラーとなったミステリー小説を映画化した「ガール・オン・ザ・トレイン」にも主演しています。あのときはそんなに感じなかったのですが、今回の彼女は魅力たっぷりのクール・ビューティーに見えました。この映画の監督で父親役も演じたジョン・クラシンスキーとは本物の夫婦ですが、夫婦で主演した低予算映画が大ヒットするとは、2人とも笑いが止まらないでしょうね。

「クワイエット・プレイス」が大ヒットした要因は、アイデアでしょう。「音を立てたら、即死。」というのは、「ドント・ブリーズ」を連想させます。クラシンスキー監督は先行した「ゲット・アウト」を徹底的に研究したそうです。わたしも両作品は同じようなシチュエーションではないかと想像していましたが、まったく違う内容でした。 「ドント・ブリーズ」は、サム・ライミ&フェデ・アルバレスというホラー映画の金字塔「死霊のはらわた」(2013年版)チームが仕掛けるショッキング・スリラーでした。並外れた聴覚を持つ老人が荒れ狂うホラーでしたが、閉塞した密室劇である「ドント・ブリーズ」とは異なり、「クワイエット・プレイス」は緑豊かな田園地帯で繰り広げられるサバイバル・ホラーです。映画評論家の高橋諭治氏は「音さえ立てなければ、家の外でひなたぼっこするのもハイキングするのも自由。これほどうららかで、緑豊かな田舎の景色が広がるサバイバル・ホラーも珍しい」と述べています。

「音を立てたら、即死。」というだけあって、「クワイエット・プレイス」にはほとんど会話が登場しません。手話などで音を出さない備えをしても、完璧な沈黙を保つのは容易でありません。ひとたび不注意で物音を立ててしまったら、確実に死をもたらす"何か"を招き寄せてしまうのです。高橋氏は「かくして私たち観客は静寂に包まれた映像世界に没入し、アボット家の平穏な日常が一瞬にして極限の恐怖に変わる様を体感することになるのだ。そんな否応なく集中力が高まる濃密な映画体験は、派手なビジュアルと音響のスペクタクルが氾濫している今どき貴重ですらある」と述べていますが、同感です。

「クワイエット・プレイス」では手話が重要な役割を果たします。終盤に父親が娘に伝えるメッセージも、手話のジェスチャーだからこそ心を揺さぶり、感動をおぼえました。その娘のレーガン役を演じたミリセント・シモンズは実際に聴覚障害を持つ子役です。クラシンスキー監督は、「ミリー(ミリセント・シモンズの愛称)を見つけたことは、この映画にとって指折りの、素晴らしい出来事だった。驚くほど優れた女優であるだけでなく、彼女が賢く、本当に天使のようであるからだけでもなく、彼女が聴覚障害や手話の経験や知識に対してオープンだったからだ。彼女は決して臆せず、レーガンならきっとこうするとか、こうコミュニケーションをとるはずだと、とても率直に語ってくれたんだ」と語っています。また、クラシンスキー監督は撮影を振り返って、「撮影に入った初め頃、彼女が歩いて橋を渡るとき、ぼくは彼女に言ったんだ。『不安、怒り、罪悪感、この家族のなかでのけ者だという感覚を、歩きながら全部表現して』。そして彼女は見事にやり切った。ぼくにはできないような形で、彼女はレーガンを理解していた」と称賛しています。

 さて、映画「クワイエット・プレイス」の全体的な印象ですが、ホラーというよりはホラー&SFという感じでした。物語の舞台は、すでに人類の大半が死滅した2020年。人里離れた農場の一軒家に暮らすアボット家が、隕石で地球にやってきた盲目で音にだけ反応するクリーチャー(エイリアン)の襲撃を逃れるサバイバル・ストーリーですが、この設定からしてホラーというよりSF色が濃いですね。それにしても、全世界が滅亡の危機に瀕するほど危険なクリーチャーが意外とショボイのです。一条真也の映画館「シン・ゴジラ」で紹介した映画のように、人類存亡の危機ならそれ相応の災害級の怪物が登場しないと困ります。あの程度の怪物で米軍が壊滅したというのもリアリティがなさすぎです。

 クリーチャーがどの程度の音量に反応するのかも曖昧で、ストレスを感じました。加て、クリーチャーの造形もH・R・ギーガーというか、「エイリアン」シリーズの影響受け過ぎでしょう。ラストも「エイリアン2」そのものでしたし......。この映画、アイデア自体は悪くないのですが、隕石が落ちて1年以上後の荒廃した世界ではなく、隕石が落ちた直後にクリーチャーが人類のほとんどを滅亡させる様子を見せたほうが絶対に面白くなったと思います。まあ、それではCGなどもふんだんに使って、予算が膨大にかかるでしょうけれど。結局、この映画は良くも悪くも低予算ホラー&SFを絵に描いたような作品だと言えるかもしれませんね。

 しかし、家族愛を描いた部分は意外と良かったです。 「父親は自分の命に代えても家族を守らなければならない」というメッセージもしっかり受け止めました。映画の冒頭で、家族は悲劇に見舞われます。物資を補充した帰り道、末っ子であるビューは音を立てたばかりに怪物に殺されてしまったのです。「クワイエット・プレイス」は大きなトラウマを負ったアボット家の葛藤と再生のドラマでもあるのです。ですから、この映画に「ホラー」と「SF」の他にもう1つカテゴリ・ワードを加えるなら、わたしは「グリーフケア」を加えたいです。 最後に、沈黙の場所としての「クワイエット・プレイス」とは映画館のメタファーであると思いました。「音を立てたら、即死。」の映画だけあって、劇場からはスマホの着信音も、おしゃべりの声も、ポップコーンを食べる音さえ聞こえてきませんでした。こんな体験は初めてかもしれません。静寂の中で息をこらしてみる緊張感は貴重なものでした。この映画だけは、映画館で観られることを強くおススメいたします。