No.434


 ヒューマントラストシネマ有楽町で映画「ボーダー 二つの世界」を観ました。奇妙な味わいの映画でした。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「第71回カンヌ国際映画祭『ある視点部門』でグランプリを受賞したミステリー。驚異的な嗅覚を持つ孤独な女性が、生活が一変する事件に巻き込まれる。監督のアリ・アッバシが、『ぼくのエリ 200歳の少女』の原作者ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの著作を基にして、リンドクヴィストと共に脚本を手掛けた。出演はエヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフら」

 ヤフー映画の「あらすじ」は以下の通りです。
「違法なものを持つ人をかぎ分けることができる税関職員のティーナ(エヴァ・メランデル)は、ある日、勤務中に風変わりな旅行者のヴォーレと出会う。彼を見て本能的に何かを感じたティーナは、後日自宅に招いて離れを宿泊先として貸し出す。ティーナはヴォーレのことを徐々に好きになるが、彼はティーナの出生の秘密に関わっていた」

 この映画、じつにジャンル分けが難しいです。ホラー、ファンタジー、スリラー、ミステリー、SFのようでもありながら、厳密には違います。かといってヒューマンドラマかというと、まったく違います。ネタバレ覚悟で書くと、ティーナもヴォーレも人間ではないのですから......。内容は一言で表現すると「みにくいアヒルの子」の現代版なのですが、ともかく「奇妙な味の映画」とでも言うしかありません。わたしは基本的に映画のスクリーンでは美男美女を堪能したいほうなので、その意味では主人公がフリーキッシュな風貌をしたこの映画はまったくダメでした。でも、けっして美しいとは言えない男女が織りなすドラマには超弩級の迫力がありました。

 この映画は「トロル」の伝説に基づいています。
 トロルとは北欧神話や民話に出てくる精霊です。山、湖、川などに住み、巨大で醜怪な姿をしているが,小さく姿を変えることもできるといいます。Wikipedia「トロル」の「概要」には、こう書かれています。
「北欧ではトロルド、トロールド、トラウ、トゥローと呼ばれる。当初は悪意に満ちた毛むくじゃらの巨人として描かれ、それがやがて小さい身長として描かれている。変身能力があるのでどんな姿でも変身できる。どのような存在であるかについては様々な描写があり、一定しない。ただし、鼻や耳が大きく醜いものとして描かれることが多い。(中略) 一般的なトロルについてのイメージは、巨大な体躯、かつ怪力で、深い傷を負っても体組織が再生出来、切られた腕を繋ぎ治せる。醜悪な容姿を持ち、あまり知能は高くない。凶暴、もしくは粗暴で大雑把、というものである」

 トロルは、J・R・Rトールキンの『ホビットの冒険』では、初代冥王の被造物として登場します。「ロード・オブ・ザ・リング」として映画化された続編の『指輪物語』では、冥王サウロンによって生み出された凶暴な上位種『オログ=ハイ』が登場。その身を巨大な剣や鎧で武装しており、知能、戦闘能力も向上します。また太陽光を浴びても石化しません。サウロン配下の中でも単純な近接戦闘においては無類の強さをみせ、兵士というより洗脳された生物兵器として運用され、前線突破や城壁破壊などに投入されました。「1つの指輪」が破壊され力の源泉たるサウロンが滅びると、共に滅びました。さらには、J・K・ローリングの『ハリー・ポッターシリーズ』でも、トロルは巨漢の一種族として登場し、悪臭を放つとされます。

 トロルといえば、ヨーロッパでは「取り替え子」の伝説が有名です。自分の子供が、トロルによって醜い子供に取り替えられるというヨーロッパの伝承ですが、このテーマで作られたハリウッド映画が「チェンジリング」(2008年)です。クリント・イーストウッドがアンジェリーナ・ジョリーを主演に迎え、1920年代のロサンゼルスで実際に発生したゴードン・ノースコット事件の被害者家族の実話を元に映画化されました。いるはずの人間がいなくなる恐怖というのは「実存的恐怖」そのものであり、人が亡くなっても葬儀を挙げないことにも通じると思うのですが、とにかく怖い映画でした。

「ボーダー 二つの世界」は本当に奇妙な映画でレビューが書きにくいのですが、一言でいうと「大人のおとぎ話」です。「大人のおとぎ話」といえば、「スウェーデンのスティーヴン・キング」と呼ばれている同じ原作者の映画「ぼくのエリ 200歳の少女」(2010年)もそうでした。孤独な少年がバンパイアと初めての恋に落ち、戸惑いながらもその現実を受け入れていく過程を詩情豊かに綴ります。カーレ・ヘーデブラントとリーナ・レアンデションという無名の子役たちが主役を演じましたが、彼らのピュアな魅力が光りました。残酷ではかなくも美しい愛の物語に魅了されました。

 また、この映画はヒューマントラストシネマ有楽町の最後列の右端の席で鑑賞したのですが、一条真也の映画館「A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー」で紹介した映画のときも同じ劇場の同じ席でした。この映画は、斬新ながらもどこか懐かしさを感じさせるシーツ姿のゴーストが主人公の物語です。これまでありそうでなかった、ゴーストの視点から見た「死後の世界」が描かれています。自分のいなくなった世界で、残された妻を見守り続ける、ひとりの男の切なくも美しい物語なのですが、これも「大人のおとぎ話」と言えるかもしれません。

 吸血鬼や幽霊も、人間ならざる者という意味で「異人」ですが、「ボーダー 二つの世界」に登場するティーナとヴォーレはまさしく異人でした。映画で明かされた彼らの種族は現実を超越したものですが、わたしには「ユダヤ人」であり、「朝鮮人」であり、はたまた日本の江戸時代に生まれた被差別民の人々のことを連想しました。優れた物語というのは、観る者の心象にあわせて変幻自在のところがありますが、この映画もそうだと思いました。映画館を出たとき、呆然とした表情の内海さんが「いやあ、こんな映画、初めて観た。すごくショックを受けた」とつぶやいているのが印象的でした。内海さん、別れ際は放心状態のように見えましたが、無事に帰宅できましたか?