No.451


 昨年は松本清張の生誕110年でした。その10年前の生誕100年を記念して発売された清張原作の映画を集めたDVD-BOX「松本清張セレクション」全3集、全15本を昨年末から鑑賞していました。10日の夜、ようやくすべて観終わりました。改めて清張ワールドの魅力を堪能しました。
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DVD-BOX「松本清張セレクション」全3集(表)



DVD-BOX「松本清張セレクション」は3集に分かれており、壱(1957~1961年作品集)には「顔」(1957)、「眼の壁」(1958)、「張込み」(1958)、「波の塔」(1960)、「ゼロの焦点」(1961)が、弐(1963~1974年作品集)には「風の視線」(1963)、「影の車」(1970)、「内海の輪」(1971)、「黒の奔流」(1972)、「砂の器」(1974)、が、参(1978~1984年作品集)には「鬼畜」(1978)、「わるいやつら」(1980)、「疑惑」(1982)、「天城越え」(1983)、「彩り河」(1984)が収録されています。
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DVD-BOX「松本清張セレクション」全3集(裏)



 松本清張は社会派ミステリーの巨匠として知られています。わたしはもともと江戸川乱歩や横溝正史といった怪奇幻想の作風を持った作家の探偵小説が好きで、清張の推理小説はあまり好きではありませんでした。しかし、50も半ばを越えてから不倫や汚職、そして殺人が渦巻く清張ワールドに触れると、昔では考えられなかったほどワクワクするようになりました。人生の哀愁が感じられて、たまりません。このトシになって、やっと清張の面白さを理解できるようになったようです。

 このDVD-BOXには松本清張の小説を原作とする松竹映画が集められていますが、特に感動的なのが野村芳太郎監督の「砂の器」です。あまりにも有名な作品なので、多くの方はすでにストーリーを知っているでしょうが、豪華な俳優陣の名演技に唸ります。わたしも生前に大変お世話になった丹波哲郎さんの熱演は涙なくして見れませんし、相棒の森田健作も素晴らしい。そして、加藤剛も緒形拳も加藤嘉も、子役の春田和秀もみんないい! 日本映画が最も輝いていた頃の奇跡のような名作だと思います。ただ、ピアニストなどの音楽家になるためには幼い頃から英才教育を受けるのが当然である現在、「いくら天才とはいえ、あのように悲惨な少年時代を送った少年が10年やそこらで世界的音楽家になれるものか?」という素朴な疑問が湧いてきます。

 同じく野村芳太郎監督の「鬼畜」は、途方もない怪作です。もはやカルトムービーと呼んでもいいでしょう。印刷会社を経営する男(緒形拳)が愛人に産ませた3人の隠し子を引き取って、本妻(岩下志麻)とともに暮らすという生き地獄。しかも腹を立てた本妻は子どもたちの面倒を一切見ず、乳飲み子の世話も含めて子どもたちの面倒はすべて父親が見ることになります。引き取った夫も辛いが、妻も辛い、子どもたちはもっと辛い・・・本当に、やりきれない映画です。現在の日本では、芸能人の不倫問題が騒がれていますが、夫を奪われたサレ妻たちは、この映画を観れば少しは気も安らぐのではないでしょうか。だって、東出昌大が2年半もの間、若い女優と不倫をしていたといっても、別に子どもは作っていないではありませんか。緒方拳が演じた「鬼畜」の主人公は、7年間にわたって不倫を続け、しかも子どもを3人も愛人に産ませているのですから!

「鬼畜」では、夫を寝取られるサレ妻を演じた岩下志麻が最高に良かったです。やはり野村芳太郎監督の「影の車」(原作は清張の短編「潜在光景」)で主演した岩下志麻はさらに素晴らしい。とにかく美しく、その色気はただごとではありません。妻のある平凡な男(加藤剛)が同郷の女と出会い、道ならぬ恋に落ちる物語です。その男に殺意を抱いたのは女の6歳の息子でした。6歳の男の子といえば、「鬼畜」に登場する3人の兄弟のうちで長男が6歳でした。同じ6歳の男児でも、「影の車」と「鬼畜」では置かれたシチュエーションがまったく違いますが、ともに大人のエゴによって運命を翻弄される点では共通しています。「砂の器」にも同年代の男児が主要な役で登場しますが、これは松本清張と野村芳太郎を繋ぐ「糸」なのかもしれませんね。

「影の車」は"少年による殺人"というテーマも秘めていますが、これは三村晴彦監督の「天城越え」にも見られます。14歳の少年と遊女が天城峠を旅しているとき起きた殺人事件と、30年間、事件を追い続けた老刑事の姿を描いた作品です。「天城越え」は1983年の作品ですが、1980年前後の松竹大船では野村芳太郎が絶大な影響力を持っており、三村監督はこれに対抗しようとした新人監督でした。結果は、野村作品にはないロマンティシズム溢れる名作が生まれました。一条真也の映画館「ひとよ」でも紹介しましたが、主演の田中裕子の遊女役には心からシビレました。尋常でないほどの色気を感じました。

 清張原作の映画には多くの女優たちが登場し、それぞれ名演技を披露するとともに、美を競っています。「顔」「黒の奔流」の岡田茉莉子、「波の塔」「ゼロの焦点」の有馬稲子、「張込み」の高峰秀子、「ゼロの焦点」の久我美子といった往年の名女優たちは、今回、「こんなにも美しく、存在感のある役者だったのか!」と彼女たちの魅力を再発見しました。現在も活躍している「天城越え」の田中裕子、「彩り河」の名取裕子なども同様です。しかし、ナンバーワンはやはり、岩下志麻です。「風の視線」「影の車」「内海の輪」「鬼畜」「疑惑」に出演している彼女の姿は最高に輝いていました。特に、「疑惑」の女弁護士役はカッコ良かった!

「秋日和」「秋刀魚の味」などの小津安二郎の監督作品も悪くないですが、清張原作の映画では彼女の「女」の部分が強調・増幅されて、その妖艶さはハンパではありません。わたしは、日本映画史上で最も艶っぽい女優だと思います。松本清張の小説がすごいのは、今でも映画化され続けていることです。21世紀に入っても、米倉涼子、広末涼子、堀北真希、武井咲といった人気女優たちが清張ワールドの女主人公を演じてきました。それでも、けっして岩下志麻を超える存在は登場しないでしょう。岩下志麻の前に岩下志麻なく、岩下志麻の後に岩下志麻なし・・・わたしは、本気でそう考えています。ご本人は現在80歳を目前とされていますが、できることなら、一度だけでもお目にかかりたいものです。
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松本清張記念館で求めた映画DVD



そんなわけで、清張原作の映画を観続けて、遅まきながら岩下志麻の魅力に開眼したわたしですが、清張原作の映画は今回観たDVD-BOXの15本だけではありません。かの有名な「点と線」もありますし、松本清張記念館のミュージアムショップで求めた「霧の旗」「球形の荒野」「花実のない森」「黒い画集」など、市販されているDVDが他にも存在します。それらもすべて観て、清張映画のコンプリートを目指したいと思います。そして、いつか、わが社の「友引映画館」で清張映画祭などを開催したいと考えています。

  • 販売元:松竹ホームビデオ
  • 発売日:2009/10/28
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