No.532
6月19日、シネプレックス小倉で映画「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」を観ました。一条真也の映画館「クワイエット・プレイス」で紹介した映画の続編です。ホラー映画史に残る社会現象級大ヒットとされた前作に続いて、新体感のサバイバル・ホラー映画でした。今回は、子どもの成長や家族愛の描き方が見事で、とても感動しました。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「音に反応して人間を襲う何かが支配する世界で暮らす一家のサバイバルを描いた『クワイエット・プレイス』の続編。夫を失いながらも生き延びた母子が、新たな脅威に遭遇する。前作に続きジョン・クラシンスキーがメガホンを取り、母役のエミリー・ブラント、娘役のミリセント・シモンズ、息子役のノア・ジュープが続投。新たに『プルートで朝食を』などのキリアン・マーフィ、『ブラッド・ダイヤモンド』などのジャイモン・フンスーが出演する」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「世界は、音に反応し人間を襲う何かによって荒廃していた。夫のリー(ジョン・クラシンスキー)と家を失ったがかろうじて生き延びた妻のエヴリン(エミリー・ブラント)は、赤ん坊と2人の子供(ミリセント・シモンズ、ノア・ジュープ)と一緒に、新たな避難場所を探しに行く」
2018年10月に日本公開された前作「クワイエット・プレイス」は、音に反応し人間を襲う何かが潜む世界で、音を立てずに生き延びようとする一家を描いて、大反響を得ました。生活音が未曽有の恐怖を生み出し、一家に次々と危機が訪れます。リーとエヴリンの夫婦は、聴覚障害の娘ら3人の子供と決して音を立てないというルールを固く守ることで生き延びていました。手話を用い、裸足で歩くなどして、静寂を保ちながら暮らしていたのですが、エヴリンの胎内には新しい命が宿っていたのでした。
正直言って、「クワイエット・プレイス」という映画を観たとき、じつにツッコミ所が多いと感じました。地下室へ降りる階段には剥き出しの釘が飛び出ており、それが物語で重要な役割を果たすのですが、これはどう考えても不自然でした。これほど用心深い一家が、剥き出しの釘を放置しておくのも信じられませんでした。さらには、こんな超弩級の非常時に母親が妊娠・出産というのが信じられませんでしたね。「映画史上最恐の出産」という触れ込みですが、実際にはあり得ないと思います。赤ちゃんだって、もっと大きな声で泣き叫ぶはずですよ。「映画だからいいじゃないか」というわけにはいきません。ホラーやファンタジーやSFのような非日常の物語にこそ、その細部にはリアリティが求められると思います。
しかし、続編ではそんなツッコミ所や違和感も気にならず、非日常の物語にスッと入っていけました。冒頭シーンがテンポが良くて成功していましたね。「クワイエット・プレイス」は映画館でポップコーンを食べる音、コーラを飲む音、さらには呼吸の音さえ恐怖と感じる極度の緊張感を観客に強いる新感覚ホラーでしたが、何よりも理不尽に人間を襲う「何か」の存在が最大の恐怖でした。続編となる「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」では、その「何か」が出現した最初の1日の様子が克明に描かれます。それから物語は一気に474日後に飛び、父親と住む家をなくしたエヴリン一家に立ちはだかる危険の数々が観客を再び恐怖に打ち奮わせます。
母親役のエミリー・ブラント、相変わらず美しかった!
現在38歳の彼女は、わたしの大好きな女優さんの1人なのですが、10歳から吃音症の症状が気になり始め、なかなか治らず苦しんだそうです。12歳の頃には、話すことを諦めてしまうほどだったとか。しかし、その後、「違った声で何か演じてみて」と学校の先生に言われて、北部訛りで話したことがきっかけとなり克服したとのこと。この経験から「もっと誰か他の人を演じてみたい」と志望するようになり、女優の道に進んだといいます。ゴールデングローブ賞助演女優賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門)を受賞したテレビ映画「ナターシャの歌に」(2005年)のナターシャ役、ロンドン映画批評家協会賞助演女優賞を受賞した「プラダを着た悪魔」(2006年)のエミリー・チャールトン役で一躍注目されました。
エミリー・ブラントは、50ヵ国で空前のベストセラーとなったミステリー小説を映画化した「ガール・オン・ザ・トレイン」(2016年)で英国アカデミー賞および全米映画俳優組合賞の主演女優賞にノミネートされています。「ガール・オン・ザ・トレイン」はわりと好きな映画でしたが、当時はそんなに感じなかったのですが、2年後の「クワイエット・プレイス」での彼女は魅力たっぷりのクール・ビューティーに見えました。この映画の監督で父親役も演じたジョン・クラシンスキーとは本物の夫婦ですが、夫婦で主演した低予算映画が大ヒットしたわけで、2人とも笑いが止まらなかったでしょうね。
「クワイエット・プレイス」と同じ2018年には、彼女はミュージカル映画「メリー・ポピンズ・リターンズ」で主役のメリー・ポピンズを演じました。同作は、第37回アカデミー賞の5部門で受賞した名作「メリー・ポピンズ」のおよそ半世紀ぶりとなる続編でした。前作の20年後の大恐慌時代を舞台に、再び現れたメリー・ポピンズが起こす奇跡を描いています。この作品で、彼女はゴールデングローブ賞をはじめ、各映画賞の主演女優賞にノミネートされました。ミュージカル映画といえば、「イントゥー・ザ・ウッズ」(2014年)でもパン屋の女房役を演じて、ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門)にノミネートされています。ミュージカルからホラーまで、役柄の広い女優さんですね。
「メリー・ポピンズ」はディズニーの楽しいミュージカル映画ですが、母親を亡くした子どもたちの悲しみに寄り添うグリーフケア映画でもありました。そして、「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」もグリーフケア映画の要素が強いです。というのも、前作で勇敢に家族を守った父親の不在を描いているからです。耳の不自由なろう者の長女が「君はお父さんに似ている」と言われて涙ぐむシーンがあるのですが、全篇を夫を亡くした妻の悲しみ、父を亡くした子どもたちの悲しみが覆っています。そして、この映画、とにかく女性たちが強い。母親も長女も信じられないほどのストロングハートで「何か」と果敢に戦います。
一方、父の死によって家族で唯一の男となった長男は怯えてばかりで、また怪我をしてしまって家族の足手まといになります。スクリーンを観ながら、わたしは「おまえ、男なんだから、もっとしっかりしろ!」と心の中で何度も叫んだのですが、最後の最後で、彼が成長を遂げて、家族を守るシーンには思わず感動してしまいました。別の場所では同時並行で、長女も大活躍していたのですが、子どもたちの成長の陰にはおそらく死者である父親の見えないサポートがあったように思えてなりません。「生者は死者によって支えられている」というのはわが信条ですが、父親というものは死ぬまで、また死んだ後も家族を守り続ける存在であると思います。そういえば、20日は「父の日」。2人の娘たちから何かメッセージが届くといいな!