No.537
7月22日は休日でした。「海の日」だそうです。帰省している(東京都も福岡県も、ともに緊急事態宣言が発令されていない時期に帰りました)長女と一緒に、シネプレックス小倉でアニメ映画「竜とそばかすの姫」を観ました。まったく未知の映像体験で、驚くとともに非常に感動しました。なぜなら、100%のグリーフケア映画だったからです。最近は、どんな映画もグリーフケア映画です!
ヤフー映画の「解説」には、「『おおかみこどもの雨と雪』や、アカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされた『未来のミライ』などの細田守が監督を務めたアニメーション。"もうひとつの現実"と呼ばれる巨大インターネット空間の仮想世界を舞台に、心に傷を抱え自分を見失った17歳の女子高生が、未知の存在との遭遇を通して成長していく。企画・制作は、細田監督らが設立したアニメーション制作会社・スタジオ地図が担当する」とあります。
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「高知の田舎町で父と暮らす17歳の女子高生・すずは周囲に心を閉ざし、一人で曲を作ることだけが心のよりどころとなっていた。ある日、彼女は全世界で50億人以上が集うインターネット空間の仮想世界『U』と出会い、ベルというアバターで参加する。幼いころに母を亡くして以来、すずは歌うことができなくなっていたが、Uでは自然に歌うことができた。Uで自作の歌を披露し注目を浴びるベルの前に、ある時竜の姿をした謎の存在が現れる」
まず、この映画、Uというインターネット空間の豪華絢爛なビジュアルに圧倒されます。ジブリアニメにも新海誠作品にも見られない仮想空間の光景は、細田守監督の独壇場と言えます。なぜなら、彼は「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」(2000年)、「サマーウォーズ」(2009年)と約10年おきにインターネット世界を題材にした映画を手がけてきたからです。今回の「竜とそばかすの姫」に登場する仮想空間は途方もないスケールですが、想像を絶するエネルギーが注ぎこまれた手描きと3DCG両輪のアニメーションから成立した世界です。スタッフの卓越した技術と情熱があったからこそ実現できたわけですが、本当に素晴らしかった!
この映画、声優陣も信じられないほど豪華です。
竜の声は佐藤健、しのぶくんは成田凌、カミシンは染谷将太、ルカちゃんは玉城ティナ、主人公すずの合唱仲間で彼女を見守る吉谷さんは森山良子、喜多さんは清水ミチコ、奥本さんは坂本冬美、中井さんは岩崎良美、すずの父親は役所広司なのですから、贅沢極まりないですね。この役所広司演じる父親がまた優しくて素敵なお父さんなのです。この映画には、妻を亡くした男性が2人登場しますが、彼らの生き方はまるで対照的でした。ネタバレになってしまうので、これ以上詳しく書くのは控えます。
主人公の「すず」という、いっぷう古風な名前は、映画の世界でよく聞くようになりました。一条真也の映画館「海街diary」で紹介した是枝裕和監督作品、「この世界の片隅に」で紹介したアニメ映画の名作の主人公も名前が「すず」でした。芸能界でも、広瀬すず、山之内すずが活躍していますし、この「竜とそばかすの姫」によって、すっかり「すず」が人気の名前になった観があります。その「すず」は仮想空間Uでは「ベル」という名前になります。主人公が同じ名前である「美女と野獣」そのものの物語が展開されていきますが、「美女と野獣」へのオマージュ作品としては最高の出来になっているように思えました。
さらに、この映画、なんといっても音楽が最高に素晴らしい! 「すず」や「ベル」の声を担当したミュージシャン・中村佳穂の歌声は聴く者の魂を震わせるような力を持っており、神々しささえ感じます。わたしは、聴いているだけで泣きたくなってきました。そして、無性に歌いたくなってきました。わたしは会社を経営したり、本を書いたりしていますが、じつは一番好きなのは歌うことなのです。生まれ変わるなら歌手になりたいとさえ思っているのですが、Uという仮想空間は実在するならば、わたしは「シン」という名を名乗って思う存分歌ってみたいです。
コロナ以前はカラオケで好きな歌を歌うのが最高のストレス発散でしたが、コロナ以後はそれもできません。Uの中で、自由に歌うベルの姿を見て、わたしは「ああ、歌って素晴らしいなあ!」と思いました。ベルの歌声が神々しかったと言いましたが、MISIAの「Everything」を初めて聞いたときの感動や、英国のオーディション番組で「レ・ミゼラブル」の劇中歌「夢やぶれて」を歌ったスーザン・ボイルの歌声に驚愕したときに近い経験だったと言えば、少しはおわかりでしょうか。
そして、この映画はグリーフケアが大きなテーマになっています。すずは、幼い頃に水難事故で母親を亡くします。すずの母は、見ず知らずの子どもを救出するために自身が命を落としたのでした。「お母さんは、知らない子を助けて、わたしを残して死んでしまった」と考えるすずは暗くなる一方で、歌うこともできなくなっていました。そんな彼女がインターネット空間のUでは、別人格のベルとして軽やかに歌うのです。
グリーフケアにおいては、音楽力とともに、仮想力とでもいうべきものが大きな影響力を持つように思いました。すずと同じように母を亡くし、父を愛せない者が実体である竜もグリーフの中にあります。グリーフを抱える者同士が最後に抱き合う姿には、隣に娘がいるにもかかわらず落涙しました。そこには、最高のグリーフケアの実現があったからです。グリーフケアといえば、拙著『愛する人を亡くした人へ』を原案とするグリーフケア映画「愛する人へ」の作道雄監督が中村佳穂さんと旧知の仲だそうで、彼女の音楽性を絶賛していました。ぜひ、「愛する人へ」の主題歌は中村佳穂さんに歌っていただきたいです!
この日は、久々に長女と映画鑑賞をしました。前に観たのは、一条真也の映画館「未来のミライ」で紹介したアニメ映画です。奇しくも「竜とそばかすの姫」と同じ細田守監督の作品ですが、鑑賞したのは2018年7月22日。つまり、ちょうど3年前です。以前はよく2人で映画を観たものですが、彼女も遠くない将来に結婚して家庭を持つことと思います。もしかしたら、今回が最後の父娘での映画鑑賞かもしれません。そう考えると、この「竜とそばかすの姫」がとてもかけがえのない映画のように思えてきました。最後に、北九州市内のシネコンではわが社のCMをシネアドとして流しているのですが、この日も映画の上映前に流れました。それを観た長女はかなり驚いて、「すごい・・・」とつぶやいたのですが、そのときのわたしがマスクの下でドヤ顔をしたことは言うまでもありません。