No.550


テレビ各局のニュース番組が「菅首相、退陣へ」と一斉に報道した3日の夜、その日から公開の映画「モンタナの目撃者」をシネプレックス小倉で観ました。フライデー・ナイトといえば、以前は必ず夜の街に出陣していましたが、最近はもっぱら映画鑑賞です。久々に映画館のスクリーンでアンジェリーナ・ジョリーの姿を見ましたが、「子どもを守る」という彼女の信条を示すような作品でした。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「アンジェリーナ・ジョリーが主演を務めたサバイバルスリラー。殺人現場を目撃し命を狙われる少年を保護した森林消防隊員が、少年を守るため奮闘する。監督・脚本は『ウインド・リバー』などのテイラー・シェリダン。共演には『トールキン 旅のはじまり』などのニコラス・ホルト、ドラマ『タイドランド』などのフィン・リトル、ドラマシリーズ『プロジェクト・ブルーブック』などのエイダン・ギレン、シェリダン監督作『ウインド・リバー』などのジョン・バーンサルらがそろう」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、「過去の体験からトラウマを抱える森林消防隊員ハンナ(アンジェリーナ・ジョリー)は、ある日異様な様子の少年コナー(フィン・リトル)と出会う。彼は父親が殺害される現場に遭遇したため暗殺者たちから追われており、父が命懸けで守り抜いた秘密を知る唯一の生存者だった。ハンナは彼を守ることを決意するも、コナーの命を狙う暗殺者たちの追跡に加えて、大規模な山火事が発生し二人は逃げ場を失う」です。

 最近はどんな映画を観てもグリーフケア映画であることに気づくのですが、この「モンタナの目撃者」も例外ではありませんでした。主人公のハンナは深いグリーフを抱えながら生きています。かつて、森林消防隊員であった彼女は山火事のときに風の流れを読み間違えて、少年たちの命を救えませんでした。そのことで彼女は自分を責め続けているのです。そんな彼女のもとに命を狙われている少年コナーが現れ、しかも再び山火事が発生します。「今度こそは、この子の命を助けたい」と願った彼女の行動は、そのまま過去の過ちに向き合うグリーフケアとなるのでした。

 この映画はモンタナの雄大な自然が舞台ですが、一条真也の映画館「すべてが変わった日」で紹介した1週間前に観た映画もモンタナが舞台でした。1963年、元保安官のジョージ(ケヴィン・コスナー)とマーガレット(ダイアン・レイン)夫妻は、モンタナ州の牧場での落馬事故で息子ジェームズを亡くし、深い悲しみを経験します。そう、この「すべてが変わった日」もグリーフケア映画でした。あと、両作品ともに馬が登場します。モンタナ州はアメリカ北西部に位置し、コロナ前は毎年多くの観光客がグレイシャー国立公園、リトルビッグホーン戦場跡国定保護区、およびイエローストーン国立公園を訪れていました。ワイオミング州にもかかるイエローストーン国立公園には州内に3か所の入り口があります。

 そのモンタナの大森林に大規模な山火事が発生します。山火事をリアルに描いた映画といえば、2017年のアメリカ映画「オンリー・ザ・ブレイブ」を思い出しました。「オブリビオン」のジョセフ・コジンスキー監督が、森林消防士たちの実話をもとに映画化した人間ドラマです。学生寮で堕落した日々を送っていた青年ブレンダン(マイルズ・テラー)は、恋人の妊娠をきっかけに生き方を改めることを決意し、地元の森林消防団に入隊します。地獄のような訓練に耐えながら、ブレンダンはチームを率いるマーシュ(ジョシュ・ブローリン)や仲間たちとの絆を深め、彼らに支えられながら少しずつ成長していきます。そんなある日、山を丸ごと飲み込むかのような大規模な山火事が発生するのでした。

「モンタナの目撃者」に話を戻します。前に子どもたちの命を救えなかった苦い思い出のあるハンナは、暗殺者たちから追われているコナーと出会い、なんとか彼の命を救うばく全力で挑みます。その子どもを必死で守るハンナの姿は、彼女を演じたアンジェリーナ・ジョリーの生き様と重なりました。彼女は、2000年の映画「トゥームレイダー」の撮影で、ロケ地のカンボジアを訪れたことをきっかけに、人道問題に興味を持ちます。撮影が終わってからは人道支援の現場に赴き、国際的支援を精力的に訴え、本格的に慈善活動を始めました。慈善活動の一環として、2002年3月にカンボジア人の男児、2005年7月にエチオピア人の女児、2007年3月にベトナム人の男児をそれぞれ養子として引き取っています。

 2006年5月、ナミビアで俳優ブラッド・ピットとの間の実娘を出産。2008年7月、フランス南部のニースで男児と女児の双子を出産。その後、実子たちの初公開写真の掲載権を米「ピープル」誌や英「ハロー」誌と高額で契約し、慈善事業へ契約金を寄付ししました。2014年4月、ジョリーとピットが交際7年目にして正式に婚約したことをピットの代理人が明らかにしました。2013年、人道支援活動を通じた映画界への貢献を讃えられ、アカデミー賞のジーン・ハーショルト友愛賞を同賞史上最年少で受賞。2014年、英国政府が「名誉デイム」の授与を決定。同年10月、エリザベス女王に夫ピットや子供たちとともに謁見し、称号を授与されています。しかしながら、「ハリウッドで最もパワフルなカップル」とまで呼ばれたピットと2016年に離婚しました。

 ブラッド・ピットといえば、一条真也の映画館「マリアンヌ」で紹介した2017年の主演映画があります。第2次世界大戦下を舞台に、ある極秘任務を通じて出会った男女が愛し合うものの、過酷な運命に翻弄されるさまを描いたラブストーリーです。ブラピふんする諜報員と惹かれ合うヒロインをオスカー女優マリオン・コティヤールが演じました。この映画には、「たとえ自分の命が失われるとしても、愛する我が子を託することのできる相手を得たことは幸福な人生であった」と思わせる場面があるのですが、わたしはそれを観たとき、『論語』の「託孤寄命章(たっこきめいのしょう)」を連想しました。

論語』の「託孤寄命章」とは何か?
孔子は、君子とは何よりも他人から信用される人であると述べました。信用とは全人格的なものです。『論語』「泰伯」篇には、以下のような一文があります。「曾子曰く、以て六尺(りくせき)の孤を託すべく、以て百里の命を寄すべく、大節に臨みて奪うべからざるや、君子人か、君子人なり」 意味は、「曾子が言った。孤児を託すことのできる者、百里四方ぐらいの一国の運命を任せうる人、危急存亡のときに心を動かさず節を失わない人、そういう人が君子人であろうか、君子人である」。これが、有名な「託孤寄命章」と呼ばれる一章です。確かに、幼い子どもを誰かに託して世を去っていかねばならないとき、これを託すことができるのは最も信頼できる人物だというのは事実です。ということは、自分はそのとき誰を選ぶだろうと考えてみれば、真に信頼できる人が誰かがわかります。


 この人は、自分が一人子を置いてこの世を去っていくとき、その子を託せる人だろうか。常にこれを念頭に置けば、いずれの社会であれ、人に裏切られることはない。これが、孔子のメッセージであると思います。そして、「マリアンヌ」で感じた孔子のメッセージを、わたしは「モンタナの目撃者」でも感じたのです。「託孤寄命章」は、「人間にとって究極の信用とは何か」を説くものですが、最初にハンスに出会ったとき、コナーは「パパは『信用できる相手としか話すな』と言った。あなたは信用できる?」と問います。それに対して、ハンナは真顔で「完全に信用できるわ」と言うのでした。離婚したとはいえ、一時は夫婦だったブラピとアンジーがともに孔子のメッセージに通じるシーンを演じることに、わたしは彼らの深い縁を感じました。

「モンタナの目撃者」は、サバイバル・ドラマでもあります。コナーと父親が暗殺者たちに道路で襲撃されたとき、死ぬ直前に父は「逃げろ。小川は川に通じるし、川は町に通じる」と言い残します。その言葉に従って、コナーは逃げたわけですが、この「小川は川に通じるし、川は町に通じる」というファクトを知っているのと、知っていないのとでは大違いです。わたしは、一条真也の読書館『サメに襲われたら鼻の頭を叩け』で紹介した本を連想しました。「最悪の状況を乗り切る100の解決策」というサブタイトルがついたサバイバル・ガイドブックで、「こんなに現実の世界で役に立つ本はない」と思える内容です。

『サメに襲われたら鼻の頭を叩け』には、「スカイダイビングでパラシュートが開かない」「遊泳中、足がつって溺れそうだ」「駅のホームから転落した」「走行中、急に車のブレーキが効かなくなった」「乗った飛行機が今にも墜落しそうだ」などの具体的なシチュエーションとその対処法が書かれています。人間生きていると、さまざまな危機に遭遇します。予期せぬトラブルに襲われたとき、果たしてどう対応するのは切実な問題です。同書は、我々が直面してもおかしくない100のシチュエーションと、そこを乗り切るための術とヒントを解説した1冊です。どんな絶望的な状況でも、決してあきらめてはいけません。わたしは、本書の「駅のホームから線路に転落したら」という項目を読んで、「線路脇の『退避スペース』に転がれ」ということを知りました。今までは「退避スペース」などというものの存在自体を知らなかったのですが、もう、これからは駅のホームから線路に落ちることなど怖くありません。「知識」は必ず「ピンチ」を救うのです!