No.545
TOHOシネマズ日本橋で映画「ラストナイト・イン・ソーホー」を観ました。いやあ、最高にわたし好みの映画で、シビれました!
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「ロンドンで別々の時代を生きる二人の女性の人生がシンクロするサイコスリラー。現代と1960年代のロンドンで暮らす女性たちが、夢を通して互いに共鳴し合う。監督と脚本を手掛けるのは『ベイビー・ドライバー』などのエドガー・ライト。『オールド』などのトーマシン・マッケンジー、ドラマ『クイーンズ・ギャンビット』などのアニャ・テイラー=ジョイ、ドラマシリーズ『ドクター・フー』などのマット・スミス、『コレクター』などのテレンス・スタンプらが出演する」
ヤフー映画の「あらすじ」は、「ファッションデザイナー志望のエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は、ロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学するが、寮生活に向かず一人暮らしをすることに。新しいアパートで暮らし始めた彼女は、1960年代のソーホーにいる夢を見る。エロイーズは夢の中で、歌手を夢見るサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)と出会い、肉体的にも感覚的にも彼女と次第にシンクロしていく」。
この映画、とても面白かったのですが、ネタバレになるので詳しいことは書けません。しかし、主人公のエロイーズが1960年代に多大な関心を抱いており、その時代に発生した殺人事件を幻視するところが興味深かったです。スピリチュアルの世界では、過去の特定の時代に異様な関心を持っている場合、その人の魂がその時代と深く関わっていることが多いとされます。たとえば、現代日本人で江戸時代や大正時代が気になって仕方がない人というのは、前世でその時代に生きていたというようなケースです。エロイーズは霊媒体質ゆえに60年代に亡くなった(であろう)霊魂を感じてしまいます。これは、まさに、スピリチュアリズム(心霊主義)が大流行した幽霊の街・ロンドンにふさわしいエピソードだと言えるでしょう。
霧の街・ロンドンは「幽霊の街」だけでなく、切り裂きジャックで知られる「殺人の街」であり、さらには彼の犠牲者のすべてがそうであったように「娼婦の街」でもあります。60年代に歌手を夢見たサンディは厳しい現実に直面しますが、彼女に「女優も娼婦も同じ。別の人間になり切るわけだから」と囁く者がいるのですが、芸能界の枕営業の汚さなどをよく耳にするわたしとしては、「その通りかもしれない」と思いました。しかし最近つくづく思うのですが、セクハラとかミートゥーとかいう以前に、若い女性に枕営業を求める男というのは完全にクズですね。人間としても、その道のプロとしても......。
ネタバレにならないように注意深く書くと、男性に身体を許す枕営業、あるいは身体を売る売春といった行為がその女性の本意でなかった場合、彼女は自らの魂を殺すことになります。この映画には顔のない男たちが登場するのですが、その不気味な姿は「魂を殺した」女性の心が生んだものだったと知って、納得しました。それにしても、この映画は男性に対する一種のヘイト映画の側面を持っており、男性不信の女性が観ると、トラウマになるかもしれません。男性に対する不信感や嫌悪感を強迫観念的かつグロテスクに描いているという点において、ロマン・ポランスキーが監督し、カトリーヌ・ドヌーヴが主演したイギリスのサイコホラー映画「反撥」(1965年)を連想しました。この映画の舞台も、ロンドンのアパートです。
「ラストナイト・イン・ソーホー」の画面は絵画的で美しいです。その美しい画面に、幻想的な物語が展開します。わたしは、デヴィッド・リンチが監督し、ナオミ・ワッツが主演したアメリカ・フランス映画「マルホランド・ドライブ」(2001年)を連想しました。夜のマルホランド・ドライブ道路で自動車事故が発生します。事故現場から1人生き延びた黒髪の女性は、助けを求めにハリウッドまでたどり着きます。女性が偶然潜り込んだ家は、有名な女優の家でしたが、そこから世にも不思議な物語が展開されます。不条理にして妖しいムードが「ラストナイト・イン・ソーホー」に通じる部分があります。
「ラストナイト・イン・ソーホー」の主役エロイーズを演じたトーマシン・マッケンジーは、とても美して魅力的でした。一条真也の映画館「オールド」で紹介したM・ナイト・シャマラン監督の新作映画に出演していた女優だと知って、ちょっと意外でした。あの映画では少女の役でしたが、ずいぶん大人っぽくなったものです。そのエロイーズは他人から薦められた飲み物を飲んで二度も痛い目に遭いますが、これはシナリオが陳腐と言うか、バレバレで白けましたね。エロイーズが幻視する60年代を生きる女性サンディは、アニャ・テイラー=ジョイが演じました。彼女も美しくて、非常に魅力的でした。その正体に関しては、一条真也の読書館『トムは真夜中の庭で』で紹介したファンタジー文学の名作、あるいは大林信彦監督の名作「さびしんぼう」のオチを連想してしまいましたね。最後に、映画を彩る60年代の歌の数々は名曲揃いで、いま聴いてもカッコいい!