No.570
2月25日の夜、日本映画「焼け跡クロニクル」をシネスイッチ銀座のレイトショーで観ました。同劇場では一条真也の映画館「夢見る小学校」で紹介した作品を鑑賞しましたが、またしても異色のドキュメンタリー映画を観ました。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『20世紀ノスタルジア』『あなたにゐてほしい』などの監督の原將人と妻の原まおりが共同で監督を務め、自宅の火事からの再起を記録したドキュメンタリー。火事でやけどを負った原監督に代わりまおり氏がスマートフォンを用いて、2018年夏に京都の自宅が全焼した当日から一家が再起に向けて進んでいく過程を撮影した」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「2018年7月、京都にある映画監督の原將人の自宅が全焼し、原はやけどを負って入院する。家族は公民館へ避難したが、家財道具や映画フィルム、機材などを焼失し、生活や仕事に必要なものを全て失ってしまう。次の日の朝、妻に電話した原は彼女が現場の様子をスマートフォンで撮影していたことを知る」
舞台挨拶のようす
大いに語る原監督
上映前、原監督夫妻が登場し、舞台挨拶が行われました。まるで楳図かずおみたいな髪型とファッションの原監督が、この映画が生まれた経緯を話しました。原まおり夫人の服装は黒で統一されていましたが、わたしを含めて劇場には約10名ほどしかいなかったにも関わらず、お二人は何度も「今日は、初日にお越しいただいて、ありがとうございます」と繰り返し感謝の言葉を述べられ、最後列の右端の席に座っていたわたしは好感を持ちました。ただ、この映画にかける想いが強すぎるのか、原監督のトークが止まらず、司会者から「監督、そろそろお時間です」と促される一幕もありました。
トークショーの最後には、まおり夫人が「この映画は他にない種類の映画です。そこから何かを感じていただけたら幸いです」と言って退場されましたが、確かにいまだかつて観たことのない前代未聞のドキュメンタリー映画でした。なにしろ、火事がテーマであるのに、肝心の火事のシーンがまったく写っていないのです。消防車が駆け付け、焼き出された家族が呆然としているシーンから映画は始まります。やけどを負った原監督の顔や身体が痛々しいですが、日が経つにつれ、やけどが治癒されてゆく様子がよくわかりました。
自宅が燃えてしまった直後の家族の行動は非常に興味深く、いろいろと参考になりました。やけどを負った原監督、中学生の長男、5歳の双子の女の子を抱えて、母であるまおり夫人は「みんな、頑張ろう!」と激を飛ばし、家族を勇気づけていきます。夫婦を核とする家族というものは世界で一番小さな互助会なのだということがよくわかりました。焼き出された直後から双子は「わたし、お腹ペコペコなのよ」と言います。兄が「後でクッキーか何か買ってきてやるから」と言えば、「いちごクッキーがいい!」などと言って、笑いを誘います。このような非常時にあっても、いちごクッキーを欲しがる子どもの生命力の凄さを感じました。
それにしても、生活の基盤である自宅が焼失するというのは、多大なグリーフを家人に与えます。一条真也の読書館『悲しんでいい』で紹介した本で、上智大学グリーフケア研究所の前所長である髙木慶子先生は、「悲嘆を引き起こす7つの原因」について、①愛する人の喪失―死、離別(失恋、裏切り、失踪)②所有物の喪失―財産、仕事、職場、ペットなど③環境の喪失―転居、転勤、転校、地域社会④役割の喪失―地位、役割(子どもの自立、夫の退職、家族のなかでの役割)⑤自尊心の喪失―名誉、名声、プライバシーが傷つくこと⑥身体的喪失―病気による衰弱、老化現象、子宮・卵巣・乳房・頭髪などの喪失⑦社会生活における安全・安心の喪失......以上の7つを挙げています。火事で自宅を失うことは②の所有物の喪失③環境の喪失⑦社会生活における安全・安心の喪失に相当します。
『のこされた あなたへ』(佼成出版社)
拙著『のこされた あなたへ』(佼成出版社)にも書きましたが、阪神・淡路大震災や東日本大震災の被災者の方々は、家を失い、家族を失い、仕事を失い、故郷を失い、さらには「思い出」や「生きがい」も喪失するという多重喪失を経験しました。もちろん火事は避けるべき「不幸」ですが、家族が全員無事だったのは「不幸中の幸い」でした。また、焼けたのが自宅だけで、隣家に延焼しなかったのも「不幸中の幸い」でした。原宅の出火原因は漏電だったそうですが、わが家も築80年以上のボロ家なので「怖いな」と思いました。この映画を観た人は誰でも、火災保険の必要性を痛感するのではないでしょうか?
映画中で、自宅の焼け跡を訪れるシーンがあります。そこで、二体の日本人形が無傷で発見されたのには驚きました。それも有名なお菊人形みたいな市松人形なので、ちょっとゾッとしましたが、原監督の双子のお嬢さんの誕生日に夫人のお父さんが贈ってくれた人形だそうです。なんで、他のモノはすべて焼けてしまったのに市松人形だけが残ったのかは不思議です。原監督は第1回「東京ドキュメンタリー映画祭」長編部門グランプリを受賞した「双子暦記・私小説」(2018年)も作っていますが、双子というのも神秘的な存在です。ブログ「牛首村」で紹介したホラー映画では双子の闇の側面を描いていましたが、この「焼け跡クロニクル」のラストで双子の姉妹が♡を作る場面では、双子は限りなく聖なる存在に見えました。