No.581


 一条真也の映画館「ベルファスト」で紹介したアカデミー賞最有力候補映画を観た後、ヒューマントラストシネマ有楽町で映画「MEMORIA メモリア」のレイトショーを観ました。東京でしか鑑賞できない作品でしたが、なかなか観応えがありました。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「コロンビアを舞台に描くロードムービー。あるときから自分にだけ爆発音が聞こえるようになった主人公がコロンビアを訪れ、思いがけない体験をする。監督と脚本を手掛けるのは『ブンミおじさんの森』などのアピチャッポン・ウィーラセタクン。『フィクサー』などのティルダ・スウィントン、『バルバラ~セーヌの黒いバラ~』などのジャンヌ・バリバールのほか、エルキン・ディアス、ダニエル・ヒメネス・カチョらが出演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「ある日の明け方、大きな爆発音に驚いて目を覚ましたジェシカ(ティルダ・スウィントン)は、それ以来自分にしか聞こえない爆発音に苦悩する。彼女はコロンビアのボゴタに姉を訪ねて行き、そこで人骨の研究をしている考古学者のアグネスと知り合う。ジェシカはアグネスに会うために発掘現場の近くの町へ行き、そこで魚のうろこ取り職人のエルナンと出会う」

 先週も、同じヒューマントラストシネマ有楽町のシアター2で一条真也の映画館「ポゼッサー」で紹介した異色のSF映画を観ましたが、この日も同じ劇場の同じ席(最後列の一番左)で鑑賞しました。とにかく奇妙な映画で、時折、謎の爆発音が鳴り響きますが、主人公のジェシカ以外の人間には聞こえません。てっきりジェシカの精神が病んでいるというサイコ・ホラー的な展開を予想しましたが、大外れ。なんと、「ポゼッサー」とだいぶん毛色は違いますが、この「MEMORIA メモリア」も異色のSF映画だったのです! これ以上はネタバレとなってしまうので言及を控えますが、SF映画だということが判明する決定的シーンを観たとき、かなりの衝撃を受けました。

 この映画の上映時間は136分で、けっこう長いです。ワンショットで延々と撮影しているシーンも多く、正直言って「これは、もうちょっと編集できるのでは?」と思いました。また、カメラを引いて撮影するロングショットのシーンも多く、なんだかプライベートのビデオ動画を観ているような気になりました。でも、この独特のショットや間が、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の個性なのかもしれません。じつは、わたしは彼の監督作品を先週初めてDVDで鑑賞しました。第63回カンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールを受賞した話題作「ブンミおじさんの森」です。これは最高に素晴らしかった!

「ブンミおじさんの森」は、タイの僧侶による著書『前世を思い出せる男』を基に、ある男性が体験する輪廻転生の物語をファンタジックに描いた映画です。タイ映画として初めてパルムドールを獲得した、独特な世界観とストーリーに魅了されます。物語の主人公は、腎臓病を患い、自らの死期を悟ったブンミ(タナパット・サイサイマー)。彼は、亡き妻の妹ジェン(ジェンチラー・ポンパス)を自宅に招きます。昼間は農園に義妹を案内したりして、共にゆったりとした時間を過ごしますが、彼らが夕食のテーブルを囲んでいると、唐突に19年前に亡くなったはずの妻(ナッタカーン・アパイウォン)の幽霊が姿を現し、行方不明だった息子が猿人の姿で帰ってきたりします。死期を悟ったブンミは洞窟に向かうのですが、「死別の悲嘆」と「死の不安」を乗り越えるというグリーフケアの二大機能を見事に描いた大傑作でした。

 アピチャッポン・ウィーラセタクンは、1970年、タイのバンコク生まれ。両親は医者で、1993年に短編映画「Bullet(原題)」で監督デビュー。1994年、コーンケン大学で建築学士号を取得、1997年、留学先のシカゴ美術館附属美術大学で美術・映画製作の修士号を取得。1999年、映画製作会社キック・ザ・マシーンを設立。2000年、初の長編映画「真昼の不思議な物体」を発表。2002年、「ブリスフリー・ユアーズ」が第55回カンヌ国際映画祭のある視点部門に出品され、同部門のグランプリを受賞した。 また、第3回東京フィルメックスでも最優秀作品賞を受賞。2004年、「トロピカル・マラディ」が第57回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映され、審査員を受賞。第5回東京フィルメックスで2作連続となる最優秀作品賞を受賞。また、「カイエ・デュ・シネマ」の2004年の映画トップ10の第1位に選出されました。

 2006年、「世紀の光」が第63回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品。2010年、「ブンミおじさんの森」が第63回カンヌ国際映画祭でタイ映画史上初めてとなるパルム・ドール(最高賞)を受賞。審査員長のティム・バートンは「我々は映画にサプライズを求めている。この映画はそのサプライズを多くの人々にもたらした」と語りました。2011年、母校のシカゴ美術館附属美術大学より名誉博士号を授与。2012年、「メコン・ホテル」が第65回カンヌ国際映画祭のスペシャル・スクリーニングで上映され、第13回東京フィルメックスでも特別招待作品として上映。2013年、第24回福岡アジア文化賞芸術・文化賞を受賞。2020年、多摩美術大学特任教授。2021年、ティルダ・スウィントンを主演に迎えた自身初の英語作「MEMORIA メモリア」が第74回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映され、審査員賞を受賞しています。

 このように映画人として輝かしい人生を歩んでいるウィーラセタクンですが、最新作「MEMORIA メモリア」は、「ブンミおじさんの森」と同じく非常にスピリチュアルな作品です。「記憶」をテーマとした映画であり、ティルダ・スウィントン演じる主人公ジェシカが非常に痩せていることから、わたしはクリストファー・ノーラン監督の出世作である「メメント」(2000年)を連想しました。これは、前向性健忘(発症以前の記憶はあるものの、それ以降は数分前の出来事さえ忘れてしまう症状)という記憶障害に見舞われた男が、最愛の妻を殺した犯人を追う異色サスペンスです。主人公は、ロサンジェルスで保険の調査員をしていたレナード。ある日、何者かが家に侵入し、レナードの妻がレイプされたうえ殺害されてしまいます。その光景を目撃してしまった彼はショックで前向性健忘となってしまうのでした。彼は記憶を消さないためポラロイドにメモを書き、体にタトゥーを刻みながら犯人の手掛かりを追っていきます。
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宗遊」とは何か?



「メメント」のレナードは記憶障害者ですが、「MEMORIA メモリア」に登場するエルナンという男性は逆にすべての記憶を忘れないという能力の持ち主です。そのままでは「記憶の嵐」が彼を破壊してしまうので、テレビも映画も観ません。ひたすら土を掘り、魚の鱗を剥がす毎日です。そんなエルナンと出会ったジェシカは、彼の記憶がジェシカ自身の記憶となっているという奇妙な現象に気づきます。そして、彼女は謎の爆発音の正体をついに突き止めます。エルナンはジェシカに「自分はハードディスクで、君はアンテナだ」と言いますが、このセリフは儀式の本質に関わっていると思いました。この映画には、6000年前の少女の頭蓋骨に穴が開いており、それは儀式で使われた可能性があるという説明がなされます。この映画においては儀式は、情報をハードディスクからダイレクトに取得する技術としての儀礼・儀式の本質が描かれており、それはわたしが「宗遊」と呼ぶものと同じです。
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儀式論』(弘文堂)



 また、わたしが『儀式論』(弘文堂)にも書いたように、儀式、特に葬儀はメモリー(記憶)と密接に関わっています。さらに霊園のことを「メモリアル・パーク」と呼びますが、そこには墓石が並びます。この映画には「石は記憶する」というセリフが登場しますが、ゲーテやシュタイナー、それに宮沢賢治などは本当に「石は記憶する」と考えていました。この「MEMORIA メモリア」という映画は、儀式や霊園の秘密を明るみにする恐るべき映画だと思ったのは、わたしだけでしょうか? 宗教および宗遊の核心を知る鬼才アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の次回作が楽しみでなりません。