No.587
4月22日の夜、フィンランド映画「ハッチングー孵化―」をシネプレックス小倉のレイトショーで観ました。2番目に大きなシアターにわたしを含めて3人しかいませんでしたが、なんとも奇妙な味の作品でした。一条真也の映画館「シャドウ・イン・クラウド」で紹介した映画と同じく、現代のカルトムービーだと思います。
ヤフー「映画」の「解説」には、こう書かれています。
「北欧フィンランドに暮らす少女が見つけた謎の卵のふ化をきっかけに、誰もがうらやむ幸せな家族の真の姿があぶり出されるホラー。主人公を約1200人のオーディションから選ばれたシーリ・ソラリンナ、自分の理想を家族にも強いる母親をソフィア・ヘイッキラが演じるほか、ヤニ・ヴォラネン、レイノ・ノルディンらが共演する。監督は短編などに携わってきたハンナ・ベルイホルム。サンダンス映画祭で上映されたほか、ジェラルメ国際ファンタスティカ映画祭でグランプリを受賞した」
ヤフー「映画」の「あらすじ」は、以下の通りです。
「北欧フィンランドのとある街。12歳の少女ティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は、幸せな家族の姿を発信することに必死な母親(ソフィア・ヘイッキラ)を喜ばすため、自分の感情を抑え込み、母が望む体操大会の優勝を目標とする毎日を過ごしていた。そんな中、彼女は森で見つけた奇妙な卵を家族に内緒で温める。やがて卵はふ化し、卵から出てきた『それ』は、誰もがうらやむ完璧な家族の実像を暴き出していく」
映画の冒頭から幸せそうな家族が登場しますが。すぐに母親が動画投稿者であることがわかります。彼女は「素敵な毎日」という動画を投稿しているのですが、とにかく自己承認欲求の塊のような女です。そして、家族を自分の自己承認ための道具に使い自己中心的な女です。さらには不倫まで楽しもうとする貪欲な女で、わたしは一発で嫌いになりました。日本でも、自分の生活ぶりなどを見せびらかすYouTuberなどにロクな人間はおらず、正直言って「犯罪者予備軍」だと思っているくらいです。その一方で、シーリ・ソラリンナが演じる少女ティンヤはあまりにも美しく、まるで天使のようでした。
そんな胡散臭くも幸福そうな家族団欒の場に、一羽のカラスが飛び込んできます。カラスはリビングルームを飛び回って、置物やグラスやついには天井のシャンデリアまでも破壊します。ティンヤが毛布をかけて捕獲したカラスを、くだんの母親は首をへし折って殺してしまいます。このへんから、すでに狂気のカルトムービーの匂いがしました。ある夜、森でカラスの卵を拾ったティンヤは、自分の部屋で温め始めます。小さい卵がどんどん大きくなって、出てきたのは、世にも恐ろしいモンスターでした。
この映画、カラスの死骸が登場します。わたしは、まず、そこにインパクトを受けました。なぜなら、今から30年前に『カラスの死骸はなぜ見あたらないのか』矢追純一著(雄鶏社)という本を読んでから、カラスの死骸は見れないものと思っていたからです。同書では、「カラスは死ぬと、その死骸は一瞬にして消滅する」「カラスの死骸は反物質と対消滅反応を起こして消滅する」などと書かれていましたが、思えば完全にトンデモ本でした。実際、カラスの死骸は田舎などで見ることはあるそうですが、都市部でなかなか見れないのは、仲間のカラスから喰われてしまうからだそうです。「カラスの死骸がない理由」という動画を観ると、街でよく見かけるのは「ハシブトガラス」とか、カラスはお葬式をする鳥 であるとか、カラスは人の顔を忘れないとかの情報を紹介しており、興味深いです。
「ハッチングー孵化―」を観ながら、いろんな映画を連想しました。まず、ティンヤが森で拾った卵を孵化させて誕生した生き物を家族に内緒で飼う場面は、「ドラえもん のび太の恐竜」を思い出しました。藤子・F・不二雄のSF漫画『ドラえもん』中のエピソードの1つを元に1980年3月15日に公開されたドラえもん映画作品です。大長編・映画ともに第1作でした。また、2006年にリメイク作品である「ドラえもん のび太の恐竜2006」が公開されました。この作品で「恐竜」と称されるピー助(フタバスズキリュウ)は学術的には恐竜とは全く異なる水棲爬虫類(首長竜)だそうです。
また、ネットなどを見ると、ティンヤが生き物を内緒で飼う場面が、「ビバリウム」(2020年)というホラー映画を連想させるという意見がありました。この作品、わたしは未見なのですが、新居を探す夫婦が、ふと足を踏み入れた不動産屋から、全く同じ家が並ぶ住宅地を紹介される話です。内見を終え帰ろうとすると、ついさっきまで案内していた不動産屋が見当たりません。不安に思った2人は、帰路につこうと車を走らせるが、どこまでいっても景色は一向に変わりません。2人はこの住宅地から抜け出せなくなってしまったのだ。そこへ送られてきた1つの段ボール。中には誰の子か分からない生れたばかりの赤ん坊。2人はこの奇妙な赤ん坊という生き物を強制的に育てさせられることになるのでした。
また、毒親ともいえる母親から受けたストレスを暴力として外部に放つという点では、「キャリー」(1976年)も思い浮かびます。いじめられっ子のキャリーは初潮を迎えて動揺しますが、狂信的なキリスト教徒の母親から生理現象は汚れの象徴だと罵られます。しかし、その日を境にキャリーは念じることで物を動かせる超能力に目覚めていきます。一方、いじめっ子たちは陰惨な嫌がらせを思いつき、高校最後のプロムパーティの場でキャリーを陥れますが、怒りを爆発させたキャリーの超能力が惨劇を招きます。キャリー役のシシー・スペイセクと母親役のパイパー・ローリーが、それぞれアカデミー主演女優賞、助演女優賞にノミネートされました。2013年には、クロエ・グレース・モレッツ主演でリメイクされています。
この映画の監督を務めたハンナ・ベルイホルムは、2018年に短編「Puppet Master(原題)」でモントリオールのファンタジア国際映画祭、オースティンのファンタスティック・フェストなどに選出された新鋭女性監督です。そんな彼女の初長編監督・原案作品となるホラー映画がこの「ハッチングー孵化―」。彼女は、「この映画はホラーです。でも、それ以上に、ホラーの形を借りたおとぎ話です」と語っていますが、確かにダーク・ファンタジーの要素が満点です。
グリム童話に代表されるおとぎ話には「ほんとうは怖い」秘密が隠されているのは有名ですが、少女への性加害をテーマにした「赤ずきん」、変態の性愛を描いた「白雪姫」、子殺しをテーマにした「ヘンゼルとグレーテル」などにならえば、この「ハッチングー孵化―」のテーマとは? ずばり、有害な母性だと思います。ラストで生き物に危害を加えようとした母親に対して、ティンヤは「わたしが育ててしまったの!」と叫ぶのですが、この一言は自己実現のために家族を犠牲にしてきた母親への痛烈な抗議でもありました。冒頭から、子守唄が定期的に流れますが、その効果もあってか、北欧の怖いおとぎ話を見ているような印象でした。そんなに怖くはなかったですけど。