No.610


 この日から公開されたホラー映画「Xエックス」をTOHOシネマズ六本木ヒルズで観ました。じつは、「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展」という展覧会もこの日から開催され、次回作の取材を兼ねて鑑賞しました。時間の関係で先に映画を観たのですが、内容はまあまあでした。日本の民主主義が危機に晒されているときに「ホラーどころではないな」とも思います。あくまで備忘録として、この記事を書きました。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「ある老夫婦が暮らす家に足を踏み入れた若者たちの運命を描くホラー。1979年のアメリカ・テキサス州を舞台に、3組のカップルが映画撮影のために訪れた農場で悪夢のような出来事に遭遇する。監督・脚本は『キャビン・フィーバー2』などのタイ・ウェスト。『サスペリア』などのミア・ゴスがヒロインを演じ、『ザ・ベビーシッター ~キラークイーン~』などのジェナ・オルテガ、『プロムナイト』などのブリタニー・スノウ、『スコットという名の男』などのスコット・メスカディらが共演する」

ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「1979年、アメリカ・テキサス州。女優のマキシーン(ミア・ゴス)、マネージャーのウェインをはじめ6人の男女は、映画『農場の娘たち』を撮影するために借りた農場を訪れる。そこで彼らを迎え入れた老人ハワードは、宿泊場所となる納屋へ一同を案内する。一方マキシーンは、母屋の窓から自分たちを凝視する女性に気付く」

 他の製作会社とは違う独特の作品を低予算で作りだしているインディペンデント系映画製作会社「A24」が仕掛けたホラー映画ということで、一条真也の映画館「ヘレディタリー/継承」「ミッドサマー」で紹介した作品のような傑作を期待して鑑賞しましたが、正直その2作の完成度には及びませんでした。「1979年」「アメリカ・テキサス州」という時代設定や舞台設定から、ホラー映画の歴史に燦然と輝くトビー・フーバー監督の「悪魔のいけにえ」(1974年)を連想してしまいます。また、同じくホラー映画史に残る「13日の金曜日」(1980年)を連想する人もいるでしょう。いずれも、若者たちが次々に正体不明の殺人鬼に殺されていく物語ですが、「Xエックス」はその伝統を受け継ぎつつも、さらに未知の要素が込められた怪作でした。というのも、1979年当時の開放的な若者のセックス観に加えて、高齢者の愛やセックスという問題が絡んでくるからです。1979年当時のアメリカ社会には、背景にカウンターカルチャーがありました。LOVE(精神的な愛情)とSEX(肉体的な愛情)を切り離して考えるのがカウンターカルチャーの特徴の1つですが、それがポルノ映画の隆盛とも関わっていました。

 テキサスの田舎を訪れた「Xエックス」の若者6人は、まさにポルノ映画の撮影部隊でした。そんな彼らに対し、待ち受ける老夫婦はセックスに対して古い価値観を抱いています。すなわち、厳格なキリスト教の教えを守っていて、男性主権で女性に対して課す規律が厳しいのです。現在のアメリカでも性についての思想的対立は続いており、中西部や南部における人工妊娠中絶や同性婚を禁止する法律が推し進められています。そのため、保守派とリベラル派での対立が加速しているわけですが、そんな流れの「始まり」がちょうど1979年頃でした。古い価値観によって自身の性欲をずっと抑制してきた老婆は、若者たちのポルノ映画の撮影現場を目撃します。長年封印されてきた性欲は爆発し、彼女は途轍もないモンスターと化すのでした。痴呆症の老人がガチで暴走したら、いかに危険な存在であるかということも思い知らされ、怖かったです。

 先に「悪魔のいけにえ」や「13日の金曜日」といったホラー映画の名作に言及しましたが、いわゆるアメリカ産のホラー映画には法則というものがあります。高橋酒造株式会社の公式HPに「ホラー映画の法則」という秀逸なコラムがあり(なぜ、お酒の会社がホラー映画を語る?)、以下のようにうまくまとめています。「●断崖絶壁沿いの細道を進む描写があったら、一行の誰かが、必ず谷底へ落ちる」「●怪物、怪人、ゾンビなどに追われて、逃げようと飛び乗った車は、キィを回してもエンジンがかからない」「●ヌードになると、おっぱいの形が今ひとつだったり、貧乳だったりという女性が怪物や殺人鬼の犠牲になる傾向がある」「●エッチなカップルから順に、怪物や殺人鬼に殺される傾向がある」「● だいたい不気味な音楽が流れ始め、登場人物が、怪物がいないかと、カーテンの後ろや物陰を覗き込む。しかし、そこには、いないことが多い。やあ、安全だ、と登場人物がホッとした瞬間に、怪物は突然襲ってくる」「●パーティーシーンがあれば、その会場は必ず、阿鼻叫喚のパニック状態になる」

「ホラー映画の法則」は、さらに以下のように続きます。
「●上映時間30分を過ぎないと、怪物、怪人は姿を見せない」「●B級C級ホラーの登場人物は、だいたい全員アホである。観客が観ていて、やるんじゃない!ということをやる。一人になるんじゃない!という場所で、仲間とはぐれたり、単独行動をとりたがる。音がしても見に行くな!というとき、アホだから、すぐに見に行き、殺される」「●登場人物の中で一番の美女が、最後まで生き残る」「●死んだはずの怪人、怪物、殺人鬼は、エンドマーク前に、実は生きているということを匂わせる。ちっとも意外じゃない」「●一番最初の犠牲者は、金持ちか、意地悪な中年か、ルールを無視する生意気な若者のいづれかである」「●主人公と敵対するキャラクターは、かなり最後まで生き残る率は高いが、必ず残虐な殺され方をする」「●怪物や怪人に追われるヒロインは、もう少しで助かるという場所まで来て、必ずコケる。だが、危ないタイミングで助かる」「●途中で怪物や殺人鬼を退治するために発明されたり、考案される解決策は、だいたい役に立たず効果がない。逆に、一層、悲惨な結果を招く」

「Xエックス」においても、この「ホラー映画の法則」の大部分が適用されていることに驚かされます。これらの法則は「死亡フラグ」などとも呼ばれることが多いですね。それから、一説によれば、ホラー映画を観ることで「幸福感と達成感」も得られるとか。少なくとも観たいと思う人にとっては、ホラー映画の視聴は気分を高揚させるものであることが分かっているそうです。アメリカの社会学者マーギー・カーは、「ホラー映画を見ることは、ドーパミンからアドレナリンまでの幾つもの神経伝達物質とホルモンの大量の放出を促し、軽い幸福感をもたらす」と述べています。また、カーによればこうした反応の一部は、「映画の制作者らが観客に投げつけた最悪の恐怖に耐え抜いた」という達成感によってもたらされるものでもあり、目標を達成したときのように、何かを成し遂げたことは鑑賞者の気分を明るくするといいます。ただし、これらのメリットは怖い思いをしたい人たちだけに与えられる限定的なものであり、そうでない人たちにはすぐに、マイナスの影響が及ぶことになるそうです。

 ホラー映画の観賞後は、平和な現実に戻った安心感から幸福度が高まるとも言われています。あと、変な話ですが、ホラー映画を観ることには殺人の方法や技術を学習する効果もあるように思えてなりません。「Xエックス」での最初の犠牲者は頸動脈をナイフで切られて死亡するのですが、人間の首はちょっとした攻撃ですぐ出血し、失血死に至るという事実をグロテスクに描いていました。そして、わたしには、そのシーンが安倍元首相が首と胸を銃撃されて失血死したという、この日の絶対的事実とどうしても重なってしまうのです。実際には、安倍首相は左右鎖骨下動脈の損傷によって失血死されたそうですが......。

 安倍元首相が銃撃を受けた事件の映像は、テレビでも繰り返し報道されています。報道とメンタルヘルスの関係に詳しい目白大学の重村淳教授(精神医学)は「誰もが知る元首相への銃撃という衝撃的な事件で、感情移入が起きやすい。不快と感じたら、その場で視聴をやめる勇気を」と呼びかけています。特にストレスを受けやすいのが、トラウマ体験や精神疾患のある人、子どもだといいます。また今回の事件では、政治関係者も注意が必要で重村教授は「選挙活動中の人が全国におり『自分だったかもしれない』という感情移入が起きやすい。情報収集の仕方をコントロールしてほしい」と話しています。どんなホラー映画も、実際に人が殺害された映像の恐怖にはかなわないということを思い知った1日でした。最後に、故安倍晋三氏の御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。

7月8日、TOHOシネマズ六本木ヒルズで鑑賞