No.621

 

 5日は夕方から埼玉県大宮市にお通夜に行きましたが、朝一番で編集者と打ち合わせした後、シネスイッチ銀座に向かい、この日から公開のドキュメンタリー映画「長崎の郵便配達」の初回上映を観ました。「広島原爆の日」の前日に公開されたわけですが、タイトルからもわかるように、これは長崎原爆についての映画です。ブログ「長崎原爆の日」に書いたように、長崎に落とされた原爆は、もともと小倉に落ちるはずでした。小倉生まれで小倉育ちのわたしは、祈るような気持ちでこの映画を観ました。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「ピーター・タウンゼントさんのノンフィクション『ナガサキの郵便配達』を基に、娘のイザベル・タウンゼントさんが長崎で父親の足跡をたどるドキュメンタリー。2018年に来日したイザベルさんが、父親のボイスメモに耳を傾けながら長崎を訪ね歩く。『あめつちの日々』などの川瀬美香が監督などを手掛け、『親密な他人』などに携わってきた大重裕二が構成などを担当する。ピーターさんや核廃絶活動家の谷口稜曄さんらが出演している」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、「元イギリス空軍所属のピーター・タウンゼントさんは、後にジャーナリストとなり長崎を訪れる。彼はそこで、16歳のときに郵便配達中に被爆し核廃絶のための運動に生涯をささげてきた谷口稜曄さんと出会い、1984年に谷口さんへの取材をまとめたノンフィクションを出版する。2018年8月、ピーターさんの娘である女優のイザベル・タウンゼントさんが長崎を訪問し、父親の本に登場する場所をめぐる」です。

 わたしは、ピーター・タウンゼントという人を知りませんでした。英王室の元侍従武官で、マーガレット王女との世紀の恋で有名だそうです。映画「ローマの休日」でオードリー・ヘプバーン演じるアン王女が恋をした新聞記者のモデルだとか。新聞記者を演じたグレゴリー・ペックは知的な風貌をしていますが、モデルとなったタウンゼントもなかなかの知的なハンサムです。王女が恋に落ちたのも納得できます。そのタウンゼントの娘であるイザベル・タウンゼントさん、さらにそのお嬢さんたちも気品のある容貌をしていました。やはり、知性や人間性は顔に表れますね。映画「長崎の郵便配達」は、イザベルさんが亡き父親の面影を求めて、長崎の街を巡るドキュメンタリーです。父であるピーター・タウンゼントが来日してインタビューを重ねた相手が、谷口稜曄(スミテル)でした。

 Wikipedia「谷口稜曄」の「概要」には、「1929年(昭和4年)1月26日、福岡県糟屋郡志賀島村で谷口家の三人目の子供として生まれる。『光が届かない場所を隅々まで照らす』という意味を込めて、稜曄と名付けられた。翌年母が亡くなり、父は一人満州に渡り南満州鉄道(満鉄)に就職。稜曄を含む三人の子供は長崎市の母方の実家に預けられる。1943年(昭和18年)、淵国民学校(高等科)を卒業し、本博多郵便局で働き始める。1945年(昭和20年)8月9日、16歳のとき自転車に乗って郵便物を配達中、爆心地から1.8km地点の長崎市東北郷(現:長崎市住吉町)で被爆。原爆の爆風で自転車は大破し、激しい熱線により背中と左腕に大火傷を負う」と書かれています。彼の被爆直後の写真は有名ですが、あまりに無残で正視に堪えません。この写真が、核廃絶運動に与えた影響は計り知れないと思います。

 谷口は、戦後、原爆によって被害を受けた自らの体験をもとに、核兵器廃絶のための活動を続けました。2012年8月8日、ハリー・S・トルーマンの孫のクリフトン・トルーマン・ダニエルと面会した際に、谷口は服を脱ぎ、被爆で背中などに負ったやけどの痕を見せました。 ダニエルは「この星に住む全ての人が見るべきだ」と述べ、核兵器廃絶の決意をあらためて示しました。谷口は「原爆を投下したのは戦争を早く終わらせるためだったと聞いている。広島の後、なぜ長崎にも落としたのかが疑問」と話し、「被爆の事実を知ってほしい」との思いから服を脱ぎました。面会後、ダニエルは「心が破れるような思いをした」と述べています。2017年8月30日、谷口稜曄は十二指腸乳頭部がんにより長崎市で死去。享年88歳。

 ピーター・タウンゼントは、「自分は戦争で人を殺した。物書きとして、その責任を取りたい」と語っています。彼にとっての責任の取り方が、長崎を訪れて谷口稜曄を取材し、『ナガサキの郵便配達』を書くことでした。そして、彼の娘がその映画化を実現します。郵便配達とは、誰かの想いを誰かに届ける職業のことですが、その意味で作家も映画監督も女優も、その本質はみんな郵便配達なのかもしれません。長崎の高校生(長崎県立東高等学校生徒)が制作した「長崎の郵便配達」上映会の予告映像があります。2021年8月9日に、彼らが企画に参加した「中高生上映会」が開催予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により直前に中止になってしまっていました。そこで、映画の全国公開決定を受けて、2022年6月29日に【ジャパンプレミア高校生試写会】としてリベンジ開催されたのです。ここで、平和への想いを胸に刻んだ多くの新しい郵便配達が誕生したことだと思います。
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挨拶する川瀬美香監督




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挨拶するイザベル・タウンゼントさん



 この日、シネスイッチ銀座に入場しようとしたら、入口で行列ができていました。公開初日の初回上映につき、「長崎の郵便配達」の舞台挨拶があるということでした。上映が終了した後に、川瀬美香監督とイザベル・タウンゼントさんが登壇して、舞台挨拶が行われました。複数のマスコミも取材に来ていました。わたしは最後列の中央通路側のO-11(シネスイッチ銀座でのわが指定席)から舞台挨拶を眺めましたが、川瀬監督もイザベルさんもマスク姿のままで淡々と映画への想い、そして平和への想いを語りました。前日は、同じシネスイッチ銀座で一条真也の映画館「島守の塔」で紹介した日本映画を観ました。長崎原爆も、沖縄戦も、後世に必ず語り継いでいかなければならない出来事ですが、それらの映画を同時に上映しているのは素晴らしいことだと思いました。
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舞台挨拶のようす



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頑張れ、シネスイッチ銀座!



 わたしは、正直言って、シネスイッチ銀座という映画館が苦手です。施設は老朽化しているし、トイレも和式だし、何よりもスタッフが愛想も糞もないからです。また、この映画館の代名詞ともなった一条真也の映画館「ニューシネマ・パラダイス」で紹介したイタリア映画も、世間では過剰なまでの高評価を受けているようですが、わたしはまったく評価していません。観たい映画の上映館がシネスイッチ銀座だと知ったとき、ちょっと憂鬱な気分にもなります。それでも、ウクライナで戦争が行われているこの時期に、沖縄戦と長崎原爆の映画を上映するというのはやはり素晴らしい。日本で公開される映画の70%は全映画館のスクリーンのわずか6%を占めるだけのミニシアターでしか公開されません。もし、ミニシアターがなくなったら、シネコンで上映される大作映画しか観れなくなってしまいます。その意味で、日本におけるミニシアターの先駆的存在であるシネスイッチ銀座には、いつまでも頑張ってほしい!