No.622


 タイ映画「プアン/友だちと呼ばせて」を観ました。アジアの巨匠ウォン・カーウァイと『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』の監督がタッグを組んだことで話題となりサンダンス映画祭で絶賛された「One For The Road(原題)」が、「プアン/友達と呼ばせて」の邦題で公開。予告編から予想していたように、グリーフケア映画と呼べる内容でした。ちなみに「プアン」とは、タイ語で「友」のことですね。

 ヤフー映画の「解説」には、「『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』などのナタウット・プーンピリヤ監督による人間ドラマ。余命宣告を受けた青年とその親友の旅を描き、サンダンス映画祭ワールドシネマドラマティック部門で審査員特別賞に輝いた。『花様年華』などのウォン・カーウァイが製作総指揮を担当。『ゴースト・ラボ:禁断の実験』などのトー・タナポップ、『ハッピー・オールド・イヤー』などのチュティモン・ジョンジャルーンスックジン、アイス・ナッタラットらが出演する」とあります。

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「アメリカ・ニューヨークでバーを営むボスの元に、タイ・バンコクで暮らす友人ウードから久々に電話が入る。がんに侵され余命宣告を受けたという親友の頼みを聞くためタイに帰国したボスは、元恋人たちを訪ねるウードの旅のドライバーを任される。彼の体調を気遣いながらも楽しい時間を共にし、旅も終わりにさしかかったころ、ウードがある秘密を打ち明ける」

 わたしは、この映画を「グリーフケア映画」だと書きました。グリーフケアには、2つの働きがあります。1つは、死別の悲嘆を軽くすること。もう1つは、自身の死の不安を乗り越えることです。白血病で余命宣告を受けた青年・ウード(アイス・ナッタラット)は、父親の葬儀にも参列できなかったという悲嘆と、自分はもうすぐ死んでしまうという不安の両方を抱えています。そんなウードには、死ぬ前に3人の元カノに会って、大切な忘れ物を彼女たちに届けたいという願いがありました。しかし、必ずしも彼女たちは再会を喜んではくれません。「死ぬ前に愛した人に会いたい」というのはウードのエゴであって、彼女たちにとっては過去の辛い思い出が蘇って傷つくこともあるのです。また、当然ながら、彼女たちには新しい恋人や夫もいるかもしれません。会いに行くなら、元カノや元カレは止めた方がいいかもしれませんね。ウードが元カノとの再会を果たすたびに、スマホで相手の連絡先を削除するシーンはいかにも現代的で印象に残りました。

死ぬまでにやっておきたい50のこと



 拙著『死ぬまでにやっておきたい50のこと』(イースト・プレス)には、「お世話になった人に会いに行く」という項目があります。お世話になった人とは、恩師や上司や先輩だけでなく、同級生や同僚もいれば、後輩や部下などもいるでしょう。その他、1人の人間が長い人生の中でお世話になる人の数は無数とも言えます。その人たちに会いに行って伝えることは「謝」の一文字だと思います。二文字ならば、「謝罪」と「感謝」です。すなわち「ごめんなさい」と「ありがとう」です。人生を卒業する前に、「「ごめんなさい」と「ありがとう」だけは言うべき相手に伝えてから旅立ちたいものです。ちなみに「ありがとう」は「有難う」と書きます。人と人との出会いはすべて奇跡的であり、有難い、あり得ないことなのです。その奇跡を「縁」と呼びます。そして、目に見えない「縁」が見える化されるのが葬儀に代表される冠婚葬祭です。

 元カノ巡りをしたいウードは、ニューヨークでバーを経営する親友のボス(トー・タナポップ)に連絡して、彼にバンコックまで来てもらいます。2人は車で旅しますが、その終着点で思わぬ出来事が起きます。映画の予告編で、「クライマックスから、新たなストーリーが始まる」とありましたが、まさに意表を衝かれる展開でした。「男と男の友情」がテーマだと思っていたら、急に「男と女の恋愛」にテーマが変わるのですが、この構成は非常に新鮮で、脚本も素晴らしかったです。
「人間関係は酒と同じ。気を緩めると、飲まれてしまう」とか「誰かと関わったら、その時間が長くても、短くても、思い出が心に残ることは変わらない」などの名言が印象に残りました。ウードからの思わぬ告白で、ボスの過去が明らかになり、その未来も大きく変わります。ラストシーンは、なかなか感動しました。


 また、この映画ではバーが主要な舞台で、各種のカクテルが登場します。中でも最もよく登場した「ニューヨーク・サワー」というカクテルが美味しそうでした。いつか、マンハッタンのバーで、ニューヨーク・サワーを飲んでみたいと思いました。そして、この映画、音楽が素晴らしかったです! ウードの父親が伝説のDJという設定で、彼のラジオ番組を録音したカセットテープが大活躍します。ボスのカクテル作りのBGMとして流れるのは、一条真也の映画館「セッション」で紹介した映画でも流れた「Whiplash」です。他にも、エルトン・ジョン、フランク・シナトラ、キャット・スティーブンス、ザ・ローリング・ストーンズといった歴史に残るミュージシャンたちの名曲が続々と流れますが、これらはプーンピリヤ監督がチョイスしたそうです。これらの音楽が友情と恋愛とグリーフケアを主軸とした物語、ニューヨークやバンコックやパタヤを背景にした美しい映像と見事にマッチしています。音楽映画としても秀逸な作品でした。