No.626


 東京に来ています。9月5日、打合せの合間を縫って、TOHOシネマズシャンテでフランス映画「デリシュ!」を観ました。一条真也の映画館「ボイリング・ポイント/沸騰」で紹介したロンドンのレストランを舞台にした映画が非常に面白かったので、「デリシュ!」がフランスで生まれた世界初のレストランの映画と知って、ぜひ観たいと思った次第であります。ミステリーの要素もあって面白かった!

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「18世紀のフランスを舞台に、世界に先駆けてレストランを開いた男性の奮闘を描く人間ドラマ。元宮廷料理人が、息子とある女性の力を借りて誰もが楽しめるレストランをオープンする。監督などを手掛けるのは『ゴールド・ハンター 600キロの金塊を追え!』などのエリック・ベナール。『オフィサー・アンド・スパイ』などのグレゴリー・ガドゥボワ、『KOKORO』などのイザベル・カレらが出演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「フランス革命前夜の1798年。宮廷料理人のマンスロン(グレゴリー・ガドゥボワ)は、公爵(バンジャマン・ラヴェルネ)主催の食事会で創作料理『デリシュ』を提供するが、料理にジャガイモを使用して貴族たちの不興を買う。公爵に解雇され、息子(ロレンツォ・ルフェーブル)を連れて実家へ戻ったマンスロンのもとに、ルイーズ(イザベル・カレ)が料理を学びたいとやってくる」

 わたしはホテルや結婚式場を経営しているので、いわゆるグルメ映画の類は勉強をかねて努めて観るようにしていますが、この「デリシュ!」は美食の国・フランスで初めてレストランを作った男の人間ドラマとあって、非常に興味深かったです。冒頭から食欲がそそられる美しい映像は必見です。昔、プロの料理人というのは宮廷料理人ぐらいしかいませんでしたが、世界中にあった旅籠では旅人や兵士に食事を提供していました。長旅で疲れ果て、空腹を抱えた人々に食事を提供することは「ケア」そのものでした。料理というのはまずは「ケア」であって、その後、「サービス」としての飲食店が生まれたのです。この映画では、怪我をして動けない主人公マンスロンにルイーズが看護師のように食事を与えるシーンもあり、まさに「ケア」としての食事が見事に描かれていました。

 時は、フランス革命前夜。宮廷料理人であるマンスロンは、公爵主催の食事会で渾身の料理を振る舞いますが、自慢の創作料理「デリシュ」が貴族たちの反感を買い、公爵から解雇されてしまいます。マンスロンがジャガイモやトリュフを貴族たちに食べさせたところ、彼らは「わたしたちは豚じゃないぞ!」と激怒したのです。しかし、その頃、革命の火の手は上がり、庶民たちは貴族たちを追求し始めるのです。以前は貴族と庶民が同じ場所で食を共にすることが考えられませんでしたが、マンスロンによって「レストラン」が誕生してからは貴族も庶民も共に食事を楽しむ「食の革命」が生まれたわけです。「自由・平等・博愛」というフランス人の理想は、まさにレストランという場所に具現化していることを改めて痛感しました。

 グルメ映画といえば、1987年のデンマーク映画「バベットの晩餐会」を思い出します。19世紀後半、デンマークにある海辺の小さな村に、牧師と彼の美しい姉妹マーチーネとフィリパが暮していました。姉妹の美しさは有名で、あらゆる若者が求婚にきますが、父は娘二人に仕事を手伝ってもらいたいと願い、申し出をすべて断っていました。そんなある日のこと、たまたま村に滞在することになったスウェーデン軍人のローレンスが、姉のマーチーネを見初めます。しかし現在の恋よりも自らの将来を選んだ彼は、身を引いてしまうのでした。次いでフランスの有名な歌手パパンが休養の為にこの村を訪れ、フィリパに恋をします。パパンはフィリパに接近しますが、彼女は戸惑い、パパンと会うのを止めてしまいます。

「バベットの晩餐会」の体験記を書いた『遊びの神話



 そして月日が流れ、父親が亡き今も二人は夫を持たず、村人の世話をしたり信者たちの集いを催したりしながら慎ましく生活を送ってきました。そこにかつてフィリパに恋したパパンの書いた手紙を携え、フランス人女性バベットが現れる。 やがてこのバベットが姉妹を、そして村の人々の心と体を温かく包み込むことになるのですが、素晴らしい究極のグルメ映画でした。公開当時、今はもうないホテル西洋銀座のレストランで「バベットの晩餐会」のメニューが提供され、東急エージェンシーの新入社員だったわたしは会社の命で食べに行きました。そして、そのときの体験記は拙著『遊びの神話』(東急エージェンシー、PHP文庫)に詳しく書きました。そこで、お腹も心も満たす食事というのは最高にハートフルであると述べています。

龍吟」の前で

最初に好きな箸をチョイスします


わたしは紫の箸をチョイスしました


最初は立派なウニが登場


ウニの上にコーンスープをかける!


蛤料理に舌鼓


座布団に乗ったフカヒレ


鱧の汁は秋の香り


お造りも上品でした

蟹の甲羅の下には...

美味しい蟹料理が隠されていました


見事なマカが登場!


鰻の蒲焼にマカをのせて


箸休めの林檎のガリ


京都のお豆腐


カキフライも一味違う!


この山海の珍味を見よ!


山海の珍味がすべて入った究極のスープ


〆はスッポンの親子丼!


食事としてもボリューム満点!


デザートその1は、フルーツポンチ


デザートその2は、醤油の和菓子


最後は、お抹茶が出てきました



 さて、「バベットの晩餐会」とは違って、「デリシュ!」のメニューは食べることはありませんでしたが、この映画を鑑賞した夜、ある意味で世界一の料理を味わいました。場所は、東京ミッドタウン日比谷の7階にある「龍吟」という日本料理店です。グリーフケア映画の打ち合わせの後で、セレモニー社長の志賀司さんに連れて行っていただいたのですが、これまで食べたことのない最高のフルコースを体験しました。蛤や牡蠣の揚げ物、鱧の味噌汁、マカを載せた鰻の蒲焼、松茸から鮑、さらには鯨の舌まで、ありとあらゆる山海の珍味を入れた究極のスープ、そして最後の〆は、なんとスッポンの親子丼。もう、すごすぎる!

龍吟」の山本征治オーナーシェフと



 ここまで贅を尽くした料理を食べたのは、わたしも初めてです。ものすごく勉強になりましたし、「デリシュ!」というグルメ映画を観た夜に、究極の料理を味わうという得難い経験をすることができました。日本料理でありながら、すべてのコース料理が提供された時間は約3時間半で、フランス料理にも負けない極上の時間でした。「龍吟」さんはミシュランの3つ星で、世界に誇る美食の街・東京でも最高の人気店だそうです。帰り際、オーナーシェフの山本征治さんを志賀社長から紹介していただきました。わたしは、「人類の美食は、マンスロンに始まって山本征治に極まれり!」と思ったのであります。