No.767
東京に来ています。9月9日の夜、一条真也の映画館「アステロイド・シティ」で紹介した映画に続いて、イスラエル=アメリカ映画「6月0日 アイヒマンが処刑された日」を観ました。葬儀と宗教に関わる内容で、非常に考えさせられました。
映画ナタリーの「解説」には、「第2次世界大戦でユダヤ人大量虐殺に携わった、重要人物アドルフ・アイヒマンの処刑の裏側を描いた歴史映画。イスラエルの定めに基づいて行われた処刑を、ホロコースト生存者たちの目を通して描きだす。監督はジェイク・パルトロウ。撮影にはスーパー16mmフィルムが使用された。出演はツァヒ・グラッド、ヨアブ・レビ、ロテム・ケイナンら」とあります。
映画ナタリーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「第2次大戦中にユダヤ人大量虐殺に関わったアイヒマンは、戦後、潜伏先で捕らえられた。1962年にイスラエルの定めにより、5月31日から6月1日の深夜に死刑が執行される。処刑後、遺体焼却のため、火葬が忌避されるイスラエルで焼却炉を作ることに」
この映画のタイトルにみある「アイヒマン」とは、オットー・アドルフ・アイヒマン(1906年3月19日~1962年6月1日)のこと。ドイツの親衛隊隊員で、最終階級は親衛隊中佐でし。ゲシュタポのユダヤ人移送局長官で、アウシュヴィッツ強制収容所 (収容所所長はルドルフ・ヘス)へのユダヤ人大量移送に関わりました。「ユダヤ人問題の最終的解決」 (ホロコースト))に関与し、数百万人におよぶ強制収容所への移送に指揮的役割を担ったとされています。第2次世界大戦後はアルゼンチンで逃亡生活を送りましたが、1960年にイスラエル諜報特務庁 (モサド))によってイスラエルに連行。1961年4月より人道に対する罪や戦争犯罪の責任などを問われて裁判にかけられ、同年12月に有罪、死刑判決が下され、翌年5月に絞首刑に処されました。
アイヒマンに関する映画は多く、中でも「アイヒマンを追え! ナチスが最も畏れた男」(2016年)が有名です。ドイツ映画賞を最多6部門受賞した作品で、アウシュビッツ裁判へと繋がる極秘作戦が半世紀を経て初めて明かされました。ホロコーストの中心的役割を担い、戦後は南米に逃亡していたナチス戦犯、アドルフ・アイヒマンを捕らえるまでの孤立無援の戦いを映画化しています。1950年代、経済復興に沸き戦争の記憶が風化しつつあったドイツで、信念を貫き通した男がいました。ドイツの検事長フリッツ・バウアーです。彼は祖国の未来のためには過去と向き合うことが大切だと考え、ナチスによる戦争犯罪を徹底追求。命の危険にさらされながらも、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンを捕らえるため、戦い続けるのでした。
ドキュメンタリー映画「スペシャリスト〜自覚なき殺戮者〜」(1999年)も有名です。アイヒマンを絶滅収容所への強制移送の専門家(スペシャリスト)として捉え、その裁判の模様を記録しています。ハンナ・アーレントの『エルサレムのアイヒマン』を下敷きに、アドルフ・アイヒマンに関する既存の映像アーカイブを編集して構成されています。この映像アーカイブは、シヴァンが新たに発掘したもので、アイヒマン裁判の一部を記録したビデオテープ350時間に及ぶものでした。1999年のベルリン国際映画祭の正式招待作品として、2月13日に初公開。以降、1999年から2000年にかけて、各地の国際映画祭などで上映されました 。
また、「アイヒマンショー/歴史を映した男たち」(2014年)もよく知られています。アイヒマン裁判の模様をテレビで放送しようと奔走したテレビ関係者たちを描いた実録ドラマです。強制収容所解放70周年を記念して制作されました。世界がホロコーストを理解するための出発点となった、世界初となる貴重なTVイベントの実現のために奔走した制作チームの情熱と葛藤、信念の物語です。これまで一度も語られることのなかった衝撃の実話がスクリーンに再現されました。政治の壁、技術的な問題、さらにはナチの残党による脅迫などさまざまな壁を乗り越え、撮影隊は裁判の初日を迎えます。それから4ヵ月間、フルヴィッツらによって撮影された映像は、世界37カ国でTV放映されました。アメリカの3大ネットワークでも放映され、イギリスのデイリーニュースは速報で伝えました。ドイツでは人口の80%がこの放映を観たそうです。
「6月0日 アイヒマンが処刑された日」に話を戻します。イスラエル諜報特務庁により、1960年に捕らえられ、61年12月に有罪が確定。全ての訴状で有罪となったアイヒマンの処刑は、イスラエルの《死刑を行使する唯一の時間》の定めに基づき、1962年5月31日から6月1日の日が変わる真夜中に執行。処刑後アイヒマンの遺体を焼却するため、秘密裏に焼却炉の建設が進められます。宗教的・文化的にも火葬を行わないイスラエルで、この「世界史の大きな節目」に深く関わることとなった焼却炉を作る工場の人々、そこで働く13歳の少年、アイヒマンの刑務官、ホロコーストの生存者である警察官、市井に生きる人々を通して、これまで描かれることのなかったアイヒマン最期の舞台裏がドラマチックに描かれます。
「6月0日 アイヒマンが処刑された日」のテーマが火葬と宗教ということで、わたしは、一条真也の映画館「サウルの息子」で紹介した2016年の映画を思い出しました。第68回カンヌ国際映画祭にてグランプリに輝いた大傑作です。強制収容所でユダヤ人の同胞をガス室に送り込む任務(ゾンダーコマンド)につく主人公サウルに焦点を当て、想像を絶する惨劇を観客に見せます。ある日、サウルは、ガス室で生き残った息子とおぼしき少年を発見します。少年はサウルの目の前ですぐさま殺されてしまうのですが、サウルはなんとかラビ(ユダヤ教の聖職者)を捜し出し、ユダヤ教の教義にのっとって手厚く埋葬してやろうと、収容所内を奔走します。ユダヤ教では火葬は死者が復活できないとして禁じられているのです。そんな中、ゾンダーコマンドたちの間には収容所脱走計画が秘密裏に進んでいました。
「サウルの息子」の主人公サウルは強制収容所のガス室の特殊任務としての「ゾンダーコマンド」でした。ゾンダーコマンドとは、同胞であるユダヤ人の死体処理に従事する特殊部隊であり、およそ考えうる中でこの世で最も恐ろしい仕事とされています。ゾンダーコマンドだった生存者シュロモ・ヴェネツィアは、自身の体験を著書『私はガス室の「特殊任務」をしていた』(鳥取絹子訳、河出書房新社)で赤裸々に語っています。彼は作業の内容を知らされないまま選抜され、それがわかった時にはすでに拒否することはできませんでした。同書でヴェネツィアは「1、2週間すると、結局慣れてしまいました。すべてに慣れました。むかつくような悪臭にも慣れましたね。ある瞬間を過ぎると、何も感じなくなりました。回転する車輪に組み込まれてしまった。でも、何一つ理解していない。だって、何も考えていないんですから!」と語っています。
ゾンダーコマンドの存在を知らなかった日本人は多いと思いますが、わたしも2001年に製作され、2003年に日本で公開されたアメリカ映画「灰の記憶」を観るまでは知りませんでした。ティム・ブレイク・ネルソンが監督・脚本を務めた「灰の記憶」は実在のユダヤ人医師、ミクロシュ・ニスリの手記を基に映画化されました。アウシュヴィッツ強制収容所のガス室で奇跡的に生き残った少女の命を守るユダヤ人たちの葛藤と勇気を描いた作品です。「サウルの息子」において、サウルが「わたしの息子だ」という少年も、アウシュヴィッツ強制収容所のガス室で奇跡的に生き残ります。そのとき、少年の強い生命力に驚いた人々は「以前も少女が生きていた」と言いますが、その少女こそ「灰の記憶」の主人公のことだったのです。
「サウルの息子」のネメシュ・ラースロー監督は、インタビューで1985年のソ連映画「炎628」に大きなインスピレーションを受けたと述べています。1943年の東部戦線を舞台に、1人の少年が旧ソ連でドイツ軍による集団虐殺を体験する作品です。鮮烈かつ陰惨な戦闘・虐殺シーンで知られ、クエンティン・タランティーノは「史上最高の戦争映画」と絶賛しました。「炎628」の舞台となったモスクワの西、白ロシア(現ベラルーシ共和国)地域は、第2次世界大戦中ドイツ軍にいちばんひどい目に遭ったとされています。じつに、628の村が虐殺の犠牲になったのです。当時、地下組織に加わっていた主人公の少年が村に戻ってくると、そこには死体の山がありました。次の村では、筆舌に尽くしがたい地獄のような体験をしました。ドイツ兵たちが女子供を大きな納屋に詰めこみ、火をつけたのです。
少し前に、日本で「0葬」というものが話題になりました。通夜も告別式も行わずに遺体を火葬場に直行させて焼却する「直葬」をさらに進めた形で、遺体を完全に焼いた後、遺灰を持ち帰らずに捨ててくるのが「0葬」です。わたしは、「0葬」は「炎628」や「灰の記憶」、そして「サウルの息子」で描かれた人間の狂気に通じる行為であり、その背後にはナチスが抱いていた全体主義・根絶主義の影響を感じます。
「0葬」の危険性を考える上で、『〈凡庸〉という悪魔』藤井聡著(晶文社)という本が参考になります。「21世紀の全体主義」というサブタイトルがついた同書は、京都大学大学院工学研究科教授(都市社会工学専攻)である藤井氏が、ナチスの蛮行を批判し続けた哲学者ハンナ・アーレントの全体主義論で現代日本の病理構造を読み解いた本です。今日、「新自由主義」と呼ばれる考え方が注目を集めています。藤井氏は、その考え方の大きな特徴は「道徳論が不在」であり、「市場に任せさえすればそれでよい」と考える市場原理主義という、思考停止を半ば強要するような極めて「全体主義的」な色彩を強く帯びたものであると指摘しています。
「道徳論が不在」で、歪んだ新自由主義がはびこっているといえば、わたしは日本の葬祭業界が思い浮かびます。家族葬、直葬、0葬......一連の「薄葬」の背後には、親が亡くなったら子がきちんと送り出すといった「道徳論」が決定的に欠けています。わたしは、「葬式は、要らない」とか「0葬」といった考え方は一種の全体主義であると思います。そこには明らかに「思考停止」と「全否定」による根絶主義があるからです。1995年3月20日、地下鉄サリン事件が発生しました。1945年が終戦ですから、日本が敗戦した50年後にオウム真理教事件が起こったことになります。思想家の小浜逸郎氏に『オウムと全共闘』という著書がありますが、オウム事件とは一種の革命であったという見方ができます。麻原彰晃は「ナチス」に異様な関心を抱いており、自身をヒトラーに重ね合わせていたことは有名ですが、ナチスやオウムは、かつて葬送儀礼を行わずに遺体を焼却しました。ナチスはガス室で殺したユダヤ人を、オウムは逃亡を図った元信者を焼いたのです。いずれも、鬼畜の所業と言えるでしょう。
2015年になって、「イスラム国」と日本で呼ばれる過激派集団「ISIS」が人質にしていたヨルダン人パイロットのモアズ・カサスベ中尉を焼き殺しました。わたしは、湯川遥菜さんや後藤健二さんの斬首刑以上の衝撃を受けました。イスラム教では火での処刑は禁じられており、火葬さえ認められていません。遺体の葬り方は、土葬が原則です。イスラム教において、死とは「一時的なもの」であり、死者は最後の審判後に肉体を持って復活すると信じているからです。イスラム教における「地獄」は火炎地獄のイメージであり、火葬をすれば死者に地獄の苦しみを与えることになると考えます。よって、イスラム教徒の遺体を火葬にすることは最大の侮辱となるのです。イスラム国は、火での処刑を正当化する声明を発表しましたが、自分たちの残虐行為を棚に上げてイスラム教を利用するご都合主義が明らかとなりました。わたしは、葬儀を抜きにして遺体を焼く行為を絶対に認めません。イスラム国が生きた人間をそのまま焼き殺したことを知った瞬間、わたしの中でイスラム国の評価が定まりました。
『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』
イスラム教が生まれた母胎はユダヤ教です。かつて、わたしは『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(だいわ文庫)で、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三大一神教のことを「三姉妹宗教」と表現しましたが、好戦的な次女のキリスト教に比べて、長女のユダヤ教と三女のイスラム教は非常に似ている部分が多いと言えます。イスラム教が火葬を禁じているルーツは、ユダヤ教にあります。ユダヤ教では、死後、救世主メシアが死者を復活させるために死体をそのままの状態に保つ必要があり、火葬は禁忌です。現在の日本では、通夜も告別式もせずに火葬場に直行するという「直葬」が増え、あるいは遺灰を火葬場に捨ててくる「0葬」までもが注目されています。しかしながら、「直葬」や「0葬」がいかに危険な思想を孕んでいるかを知らなければなりません。葬儀を行わずに遺体を焼却するという行為は「礼」すなわち「人間尊重」に最も反するものであり、ナチス・オウム・イスラム国の巨大な心の闇に通じているのです。
『唯葬論――なぜ人間は死者を想うのか』(三五館)
「0葬」への反論の書である『永遠葬』(現代書林)、同時期の戦後70年となる2015年に上梓した『唯葬論』(三五館、サンガ文庫)にも書きましたが、わたしは、葬儀という営みは人類にとって必要なものであると信じています。故人の魂を送ることはもちろんですが、葬儀は残された人々の魂にも生きるエネルギーを与えてくれます。もし葬儀が行われなければ、配偶者や子ども、家族の死によって遺族の心には大きな穴が開き、おそらくは自殺の連鎖が起きるでしょう。葬儀という営みをやめれば、人が人でなくなります。葬儀という「かたち」は人間の「こころ」を守り、人類の滅亡を防ぐ知恵なのです。
『儀式論』(弘文堂)
しかし、映画「サウルの息子」を観たとき、頑なに火葬を拒み土葬に執着するサウルの姿に深く考えさせられました。一神教の信者である人々にとって、葬儀という宗教儀式は故人が神の御許に帰ることができるかどうかという最重要問題です。わたしたち日本人は、葬儀というと、すぐに残された人びとの心の問題を考えてしまいますが、一神教の人々からすれば、そんなことは二の次であり、あくまでも神と人間との関係が最優先されるのです。そして、この作品ではサウルが必死になって、ユダヤ教の聖職者であるラビを探していました。ラビを見つけたサウルは「息子を埋葬したい」と頼み込みます。困惑したラビたちは、とりあえず祈るしかないのですが、このような場面を観て、わたしは「儀式とは何か」「祈りとは何か」ということを考えさせられました。それらの問題について考え続けた結果、書き上げたのが『儀式論』(弘文堂)です。
アイヒマンの遺骨は海に散骨されましたが、これはナチス信奉者に祭祀の場を与えないと意味だと感じました。それゆえ、ユダヤ人の憎しみの大きさを感じさせるシーンでした。ユダヤ人は、ヒトラーもアイヒマンも未来永劫にわたって憎み続けるでしょう。そこで、思い出した記者会見があります。ブログ「ジャニーズ事務所の社長交代に思う」で紹介したように、ジャニーズ事務所は7日午後2時から、都内で故・ジャニー喜多川氏による性加害問題についての記者会見を行いました。そこで、東山紀之氏がジャニーズ事務所の新社長となることが発表され、東山氏はジャニー喜多川氏の性加害について「人類史上最も愚かな事件」と発言しました。その東山氏にも、ジャニーズJr.の少年たちに電気あんまをかけたなどの疑惑があります。
会見では、「ジャニーズ」の屋号を今後も存続させる方針が示されました。しかし、元博報堂社員でノンフィクション作家の本間龍氏が「ジャニーズ事務所といえばジャニー喜多川さんが作った会社。今後も名前を冠するのはあまりにも常識外れでは。ヒトラー株式会社とかスターリン株式会社に匹敵するほどの罪を犯した自覚が足りないのでは」と指摘しました。わたしも本間氏の意見に全面的に賛成です。これまで報道されてきた内容を見る限り、ジャニー喜多川氏の少年たちへの性加害は被害者の数が数千人とも言われています。「前代未聞の大規模児童強姦事件」であり、まさに「史上最大の性犯罪」と呼ぶべき行為です。東山新社長も「人類史上最も愚かな事件」と言っているではありませんか。それなのに、ジャニーズ事務所の社名を残すとは! わたしは「ジャニーがヒトラーなら、ヒガシはアイヒマンになるのか」と思いました。